#438 バーチャル事務所・ユンユン
「あぁ、お兄ちゃん。ちょうどイイところに!」
「人違いです」
ギルドホームに顔を出すと、今日も自称アイドルが居ついていた。
「もう、失礼な事考えてないで、ちょっと"コレ"見てよ!」
「ナチュラルに人の脳内を察しないでくれ」
そんなやりとりをしながらも見せられたのは、動画投稿サイトの収益ページだった。これは会社員にとっては給与明細みたいなものだと思うのだが……。
「何年同じようなやり取り繰り返してると思ってるのよ。それより、コレ! とうとう、収益が100万ポイントを突破しました! はい、はくしゅ~。ヨクデキマシタ」
「あぁ、これって月計算だよな? 凄いじゃないか」
年単位の付き合いは無いのだが…………そんな事にツッコみを返す余裕を与えないほどに、100万の数字は大きい。俺もビッチの一件で何度か明細を見せてもらったが、これなら最終的に手元に入る額も"かなり"期待が持てる。
「投げ銭無し、案件無しで、月100万はマジで凄いんだよ! まぁ、最終的には手数料や税金で、ションボリするほど減っちゃうんだけど」
よく見れば、この管理画面はL&Cの攻略情報を掲載しているチャンネルのものであり、ユンユン個人のチャンネルではない。かなり再生数を稼げているのは聞いていたが、どうやらようやく換金できる状態になったようだ。
「それで、これを俺に見せて、どうしたいんだ?」
「せっかくだし、オフ会でパ~っと……」
「ご自由に」
「ツレないな~。まぁ、半分冗談だけど」
「だろうな」
ユンユンは、これでもバーチャルアイドルとして堅実に活動している。本来のバーチャルアイドルは、もっとコラボ企画で横の繋がりを強化して、最終的には生放送の投げ銭機能で稼ぐのが一般的らしいのだが…………ユンユンは編集動画がメインで、コラボ企画もかなり絞っているらしい。
「それでなんだけど…………ほら、
「まぁ、そうだな」
攻略サイトの運営は、自由連合に加入している連中が演者となり、各種武器の立ち回りをショート動画で紹介する形になっている。一応、サイトに解説を記載する手間はあるが、それでも動画自体は無機質なもので編集の手間は少ない。それでいて(L&Cはオープンアクションなので)動画を見返す必要があり、再生数は稼ぎやすい。
このような動画の纏めサイトは以前からあるにはあったのだが、そういった所は運営がL&Cとは無関係な業者が利益目的で用意しており、登録ユーザーに無償で情報を募る形になっている。当然、情報は偏るし、そのシステム自体を嫌うユーザーも多い。
しかしユンユンの攻略サイトは、ユンユンが責任をもって管理しているので情報の幅・質・信頼性・行進速度、どれをとっても受け身な業者サイトを凌駕しており、何より情報提供者の意欲が違った。そんなわけで瞬く間に利用者は増え、早くも『とりあえずこのサイトを見ておけば間違いない』と言われるほどに成長した。
「だからね、ちゃんと人を雇って、正式に事業としてサイトを運営しようかなって」
「そうか(アイドル)卒業、おめでとう」
「いや、まだ止めないから! むしろ続けるための商業化だから!!」
普段、ちょいちょい愚痴を零している割にはアイドルとして信念や執着を持っているユンユン。ほかのバーチャルアイドルに面識は無いが、ユンユンほど"アイドル"と言う職業に真面目に向き合っている人を、俺は知らない。まぁ、その真面目過ぎる内容が、動画としてウケるかは別にして。
「まぁ、手間がかからないって言っても、あくまで"比較的に"ってだけだからな。利益的にも専属で管理してくれる人が欲しいか」
「そうなのよ。すでに皆には手伝ってもらっているけど…………それでも足りない感じだし」
「猫やメイドの手だけではな」
そんなわけでサイトの纏め作業には、ニャン子やスバルも参加している。演者として出演しているのは殆ど自由連合の連中だが、2人はある程度突っ込んだ部分の管理にも携わっており、"幹部"と言って差し支えないポジションになっている。
「いや、ニャンコロさんにはサイトデザインから協力してもらって、本当に頭が上がらないって言うか…………さすがにもう、無償で頼んでいい仕事量を超えちゃっているのよね」
「ギルドホームのデザインも、そう言えば無償でやらせていたな」
そのあたり、個人の趣味として好きにやらせていたが…………この手のデザインは業者に頼むと結構するらしい。そのあたり、ソッチ系の大学って事以外は知らないのだが、そこまで儲けたなら"分け前"は分配するべきだろう。
「あれって業者に頼むと、軽く数十万とかするのよ?」
「だろうな」
今やバーチャルデザインは、歴とした職業の1つ。もちろん、個人で無償に近い形態でやっている人も大勢いるが…………動画投稿がビジネスとなる以上、その素材には1つ上の完成度や権利関係の配慮が求められ、それに伴って利用料が驚くほど増加する。
「それで、なんでその事を俺に言うんだ?」
「いや、それはだって…………ねぇ」
「なにが、ねぇ、だ。俺が一声かければ、アイツラは二つ返事で着いてくるとでも思っているのか?」
「ねぇ~」
何時になくムカつく表情を見せるエセアイドル。ともあれ、そこまで金額が動いているのなら放置もしておけない。なにより、これはオママゴトではない。人の人生がかかった大事な決断なので、俺も真摯に対応する必要があるだろう。
そんなわけで魔王誕生クエストの合間に、ユンユンが事務所を立ち上げる事になった。
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