#426 侵攻イベント②
「さて、良サポートで知られる(L&Cの)運営が、この事態をどう対処するか……」
蹂躙される村。それまで何気ない日常を繰り返していた村民が、串刺しになり、首を刎ねられ、生きたまま焼き尽くされる。その光景に慈悲は無く、嬉々として蹂躙する者と、される者、単純な暴力がその場に残された唯一の秩序であった。
「ひでぇな。皆殺しか」
「好き勝手やりやがって。なんだお前たち、ペナルティーが怖くないのか!?」
「「…………」」
補給だろうか、たまたま村に立ち寄った冒険者が、恐れることなく立ちはだかる。
「黄色のID、セカンドアバターか」
「お前たちに恨みは無いが、だからってNPCを無差別に殺されちゃぁ、補給も出来やしないんだ」
「俺たちはカンストアバターだぞ? 育成途中のアバターで、勝てると思っているのか??」
「ハハ! 笑わせてくれる。L&CはPSが重要な事、知らないのか?」
「言ってくれるな。俺だってハードモードで無双してきたプライドがある。お前ら本家の実力、見せて貰おうじゃねぇか!!」
早々にNPCを蹂躙した
「ほら、どうした黄色名! カカシ相手じゃねぇと、実力は発揮できないってか!?」
「チッ! 連携プレイか」
「PTで戦うって事が、どういうことか、思い知れ!!」
レベルに勝る黄色名が、連携して守り、手堅く攻める冒険者たちに苦戦する。そこにはMMOで長く仲間や行きずりの相手と共闘してきた、ベテランのなせる業が息づいていた。
「よし、交代だ! 1班はログアウトしてキャラをリセットしろ」
「OK~」
「なぁ! ふざけんな!!」
「ここまで来て逃げるつもりか!!」
「ハハッ! 悔しかったら瞬殺してみろよ!!」
体力の削れた黄色名が、次々と入れ替わり、交戦判定外に離れていく。
離れていった黄色名は、村人や見張りの兵士を殺しており、当然ながら指名手配されている。しかし、指名手配自体にゲームオーバーの意味は無く、装備を仲間に預け、アバターをリセットする事で指名手配の判定も解除できてしまう。この仕組みを利用して、黄色名の一団は各地のイベント施設や村を襲い、多くのプレイヤーの進行を妨害していた。
「それじゃあ、一旦お別れだ。来世で、また会おう!!」
「待て!」
「待てと言われて、待つ馬鹿が…………あれ? ログアウトできな…………い!!?」
ログアウト操作をしていた黄色名の胸から、突然"矢"が生え、操作ウインドに矢じりが重なる。
「敵襲! 上だ!!」
視線の先には弓や杖を構える集団。彼らは隠密スキルを駆使して黄色名の射程内に潜み、ログアウトを妨害した。
「クソッ! 誰か援護しろ! 今のでかなり削られた!!」
「油断しすぎだバカ! 今は(装備も外れて)無防備だ。さっさと離れてログアウトしろ!!」
「やっている! ……ダメだ! 連中、まだ居るぞ!!」
ログアウトは、一定距離に交戦可能なPCが居るとキャンセルされる。例え相手が、屋根や壁越しに姿を隠していても、その範囲内に居るだけで、ログアウトは不可能になるのだ。
「やはり、トワキン組は集団戦闘に慣れていない様ですね」
「弱い者イジメは趣味じゃないんだけど…………まぁ、今回は仕方ないか」
「なんだお前たちは!!?」
屋根の上から、数名の女性PCが姿を現す。直ちに黄色名は構えるが、その思わせぶりな態度に、思わず言葉を聞き入ってしまう。
「お姉ちゃん、ここは、"何だかんだと聞かれたら"って返すところだよ」
「え? そうなの??」
「私が耳打ちしたとおりに応えて」
「おいおい、妹。姉に変な事、吹き込むなよ」
「え? えぇ??」
現れた女性4人のやり取りに、思わず周囲が見入ってしまう。もしこれが生配信されていたら、投げ銭が飛び交っていた事だろう。
「見入ってる場合か! 負傷者は逆方向から村を出てログアウトしろ!!」
「お、おう!」
「残念でした。こっちも封鎖済みよ」
「しまっ!?」
逃げ出す黄色名の足が鞭に絡み取られ、黄色い"男性"PCの胸の中へと吸い込まれる。
「ふふふ、可愛い顔。体はカンストしているのに、腕や心は幼い。私そう言うの、嫌いじゃないわ」
「ちょ、やめろ! 顔! ちかいちかいちかい!!」
鞭で拘束された黄色名がパニックに陥る。その潤んだ瞳に見守られ、黄色名が光になって消えていく。
「あら、もうイッちゃったの? 早すぎ~」
「「ヒっ!!」」
青ざめる黄色名たち。そのプレイングに特別なものは無かったが、その光景は若い彼らにとって異様な嫌悪感を与え、軽い錯乱状態へと誘う。
「姐さん、そろそろ詰めますか?」
「姐さん言うなし! まぁいいや。チャンスみたいだから、やっちゃって」
「ウッス!!」
次々と物陰から姿を現し、黄色名に襲い掛かる一団。錯乱状態の黄色名を次々と襲い、連携してキルを稼ぐ。
巻き込まれた冒険者は、呆気に囚われながらもソノ光景を見守る。
「な、なんなんだお前たち」
「えっと、何だかんだと聞かれたら?」
「だからソレはいいから。私たちはギルド・ロートカンパニーよ。今、ネスの信者が各地で荒らしまわっているから、その対処をしているの。悪いけど、もし同じように暴れている黄色名を見かけたら、ココの掲示板に連絡をちょうだい」
「あ、あぁ。お前たちが、あの…………いや、なんでもない。分かった。見かけたら連絡するよ」
冒険者は思った言葉を飲み込み、素直に了承する。ロートカンパニーは、悪徳行為で名を轟かせたEDや魔王・ベンザロックに縁のあるギルド。そして普段は、ルートを問わずPK行為を行う、忌み嫌われたギルドの名だ。
そんな相手に助けられたことに彼は困惑するも、ここは素直に引き下がる事が"賢明"だと判断した。
*
「くそっ、まさかセインが刺客を送り込んでくるとは。ヘイトは気にしないんじゃなかったのか?」
一人の黄色名が、上手く混乱に乗じてその場を切り抜ける。彼は最初から戦闘には参加せず、距離を置いて指示に専念していた。
「ここまで来れば大丈夫だろう。まぁいい。"捨て駒"はいくらでもいる。次は…………チッ!!」
即座に剣を抜き、壁を背にして黄色名が構える。
「にしし、お前が信者を扇動していた真犯人かにゃ?」
「…………」
「猫耳と、黒の女騎士…………これは中々の大物が釣れたな」
現れた2人の女性PCは、特別珍しい姿はしていない。しかし、黄色名は2人に最大の警戒を向ける。
「猫。手出しは無用です。兄さんに仇なす輩は、須らく私が、潰し、刎ね、捌きます」
「うん、いつになくブチギレていて、猫はチビってしまいそうなのにゃ」
「どうぞ」
「いや、比喩だからね!?」
「…………」
繰り広げられる夫婦漫才を、黄色名が脂汗を流しながら聞き流す。彼もまた実力者であり、相対する2人の力量を、僅かながらにも感じ取っていた。
「さて、どうせ殺人判定は持っていないでしょうが、とりあえず死んでもらいます」
「ここで俺を殺しても、装備以外に失うものは無いぞ?」
黄色名は、あくまで扇動していただけで、NPC狩りには参加していない。故に"非犯罪者"であり、一方的にキルすれば相手に"殺人判定"がついてしまう。
「黄色名は無所属、殺すことに何か問題はありますか?」
「フっ、だよな」
ゲームの仕様上、ギルドに加入していない無所属のPCは盗賊などのNPCのモブと同列に扱われる。聖職者や一部のイベントに殺人の有無が影響するものは存在するが、基本的にセカンドアバターを殺してもデメリットは無い。
「刀使いですか。いいでしょう」
「盾と斧の鈍足コンビで、俺の速さについて来られるかな?」
お互い構え、間合いを調整する。黄色名には『装備を諦めてそのまま倒される』選択肢もあった。しかし相手は、謎の多い"商人の妹"の方であり、情報を得るために交戦する選択を選んだ。
足を使い、黄色名が左右に揺さぶりをかける。刀は、速さと強力な斬撃が持ち味であり、勝負は『防御の隙をつけるか』にかかっている。
「…………」
「反応なし。カウンター狙いか」
「…………」
対する女騎士は動かない。すり足で僅かな調整はしているようだが、素早く動き回る黄色名の動きを捉えるには、あまりにも足らない。
「嫌な感じだ。しかし、勝つのは…………俺だ!!」
背後から、黄色名が仕掛ける。ココで相手を倒せれば、セインの脇を固める主要メンバーにペナルティーをかせられる。その魅力が、彼の背中を押してしまった。
「そうですか」
絶妙なタイミングで女騎士が振り返り、手にした盾が切っ先をイナす。最速の斬撃は"く"の字に曲がり、慣性が彼の体を直進させる。
その勢いを利用し斧が彼を掬い上げる。その光景は、英雄の像が掲げる槍に串刺しになる悪党の様で、映画のワンシーンを見ているような…………美しくも、残酷な光景であった。
「ははっ、腕には、自信があったんだけどな」
「…………」
斧が眩い光を放ち、切っ先の上に乗せた黄色名を軽く浮かせる。やがて彼の体はゆっくりと落下し、その斬撃へと吸い込まれる。攻撃力に特化した斧の一撃は、防御を捨てた刀使いの体を斬り裂くには、余りある威力があった。
「アイにゃん。おつかれちゃん」
「猫、いたんですか」
「うん、最初からいたよ?」
「てっきり……」
「??」
「ショーツを交換しに行ったものだと」
「比喩だから!!」
こうして、ネスの信者はNPCを襲い、そのいくつかは有志の活躍により退けられた。しかし、それでも無尽蔵に現れる黄色名を止めきるには、まだ足りなかった。
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