#422 呪千湯イベント④

「そろそろ、試合が動き出すようです!」

「セインに試合けんかを売ったデフォルト顔の実力や如何に!?」


 闘技場控室では、セインと名も無きPCの戦いに注目が集まる。


 闘技場での戦いは"公開性"になっている。これは施設を盛り上げると同時に、不正を抑制する為の機能となる。レート戦のマッチングはランダムであるものの、エントリーするタイミングを合わせる事である程度マッチングを操作できてしまう。しかし、そういった軽度の不正を完全に禁止しないのがL&C。MMOは自由であり、監視やモラルの問題は極力ユーザーに委ねる方針となっている。


「おっと、早速"名無し"が遠距離から弓で削りにかかります」

「ベタなトワキン組の戦術ですね。しかし、セインのPSはチート級。神業で全弾斬り落としてくれるでしょう」


 闘技場での戦いは、多種多様な魔物と違って装備が"対人一択"で済む。よって、予備の武器を用意する重要度が低く、『サブウェポンの枠を遠距離攻撃に割く』派と、『アクセサリーでの底上げに勤める』派の二極となっている。


「ところでトワキン組のビルドには詳しくないのですが…………彼らって、魔法や弓系のスキルを使いませんよね? 使えば少しはマシになるものを」

「そこはステータスやスキルスロットの兼ね合いですね。トワキン組も、後衛に特化したビルドは存在するようですが、基本1人プレイなので前衛系のスキルの重要度がどうしても高くなるんですよ」


 後衛職は『頼りになる前衛が居る』事が前提となる。高火力の遠距離攻撃で近づかれる前に勝負を決めにいくスタイルも存在するにはするが、ソコを強くしてしまうとPSに頼らないジャンケンで勝負が決まってしまう。よって、IBも含めて遠距離攻撃、特に速射系は火力に制限が加えられている。


「おっと、ここで弓を撃ちきり、名無しが距離を詰めます」

「流石セイン、全弾切伏せてしまいましたね。この試合に限った話ではありませんが、やはり上級者を相手にするなら遠距離武器は捨てた方が建設的ですね」

「そのあたり、IBの世界大会はどうなんですか?」

「あっちは逆に、遠距離専用ビルドの選手も居て、絶対では無いですがジャンケンの様な構図になっていますね」


 IBは"武器あり"をコンセプトにしており、近接格闘の読みあいを重視しているインフィニットファイターと違い、近距離・防御・魔法・物理中~遠距離で相性差がある程度出る構図となっている。


「なるほど、差別化ですね」

「はい。それで試合に戻りますが、おかしいですね。セインが珍しく序盤からオシています」

「確かに。セインは無暗に速攻を仕掛けないスロースターターですからね。これは、それほど相手が弱かったって事でしょうか?」

「相手はセインが"本人"だと確証を持って挑んでいるので、それは考えにくいですが…………はたして」





「なるほど、対人最強と呼ばれるだけの事は、あるようだな」

「そういうアンタは、恐ろしく弱いな。これは、俺の勘違いだったか?」

「何の事かわからないが、まだ戦いは終わっていない。このままノーダメでクリア出来ると、思うなよ!」


 仕込みはこれで充分だろう。


 セインは噂通りの強者だった。しかし、動きを見たところ近距離特化のパッシブ型であり、一撃はどれも軽い。『対人最強』と言われているからどれ程のものかと期待したが…………対人戦に特化したIBでは通用しない。あくまでRPGゲームのオマケ要素としてのPVを極めただけの素人だった。


「クッ! 今のは回避できたと、思ったんだがな」

「ハハッ! 素人のラッキーパンチも馬鹿にできないだろ?」

「そうだな」


 加えて、セインには俺の"舐めプ"を充分に焼き付けた。対人戦は何よりも"駆け引き"が重要であり、最後に体力をゼロにした方が勝者となる。


 だから俺は矢と、体力を半分差し出してセインを油断させた。矢が1発も当たらなかったのは予想外であり、そのためクリティカルKO圏内まで削る必要がでたが、それも誤差の範囲。このまま『業界関係者の素人』を装い、急所破壊で一気にトドメをさす。





「L&Cの対人最強が、これ程だったとは……」

「オマエも、際どい所で急所を避けている。まぁ、そこは凄いと思うよ」

「そりゃどうも」


 ナナシとの戦いは、駆け引きを重視する展開で、お互いに即死圏内まで削り合う形になった。


 しかし、日本代表だと言うから期待したが、正直ガッカリだ。まぁ、あくまで代表止まり、それも今年は選考で落とされているので…………結局、コネや話題性だけのプレイヤーだったって事だろう。


「さて、そろそろ終わりにするか」

「上等!」


 くだらない削りあいも終わり。1度距離を取ってスタミナを全回復した後、一気に距離を詰めてワンインチでキルまでもっていく。


「そこだ!」

「ふふっ」


 強引に飛び込む俺の姿を見て、ナナシの口元が不敵に吊り上がる。





 貰った!!


 セインが不用意に飛び込んでくるのを、俺は待ち望んでいた。すかさず初撃をイナしながら跳んで回避する。人は、上空からの攻撃に弱い。加えて俺は、今まで一度も上空技を見せていない。このまま空中で体を捻り…………背後からセインの首を断つ。


「これは、選考委員会が嘆くのも納得だな」


 そんな声が脳裏に響き…………俺の世界は暗転した。





「はぁ!!? ざっけんな! なんで俺がキルされているんだ!!!!」


 俺はコンティニュー画面を前に、盛大にキレ散らかす。


「完全に決まっていただろ!? なんで俺が振り返るよりも先に、セインアイツが二の太刀を決めてるんだよ!!?」


 もはやチートどころの話ではない。アバターの限界を超えた超軌道の自動攻撃、あるいは悪質な強制キルを疑うレベル。そうで無ければ、俺の『欺瞞や決め手を完全に読まれていた』としか思えないレベルだ。


「チッ! まぁいい。理想的なシナリオからは外れるが、これも想定の範囲。悪いが俺は、世界を相手にしているんだ。L&Cなんて井戸マイナーゲーの中でイキっているカエルとは、住む世界が違うんだよね」


 当然ながら、セインに相性差などで押し切られるパターンも想定していた。


「へへ、馬鹿なヤツだ。この手は出来れば使いたくなかったが、しょうがないよね? セインが空気読めないクソガキなんだから。それを分からせてあげるのも大人の務めってもんだ」


 すぐさま仲間に連絡をとり、プランBを実行する。ここからが『分からせ屋・ネス』の本領だ。




 こうして、俺はセインと呼ばれるプレイヤーを抹殺する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る