#423 呪千湯イベント⑤
「ホント災難だったね。炎上の話はよく聞くけど、まさかこんな身近な人が、狙われちゃうなんて」
「ゲーム内で疎まれる機会はそれなりにありますけど、ココまで大規模なのは流石に初めてですね」
昼、俺は社員食堂で桜さんと昼食をとっていた。
「しかし、よく出来ているよね。"コレ"なら意味は分からなくても、なんか納得しちゃいそう」
桜さんが、タブレットで例の動画を再生する。
ナナシに勝ったその日の夜、早速各種SNSに『セインがチートを使う映像』が公開された。もちろん、俺はチートを使っていないので偽造になるが、相手も慣れているのか、ソレを悟らせない工夫が凝らされている。
①、戦闘シーンは、実際に俺とナナシが戦った映像が使われている。見る人が見れば、それがセイン本人だと判断できるだろう。
②、チートを使ったシーンは、代役に演技させて足りない画を補った。セインの外見情報は呪千湯イベントもあって入手可能であり、あとは代役が所持するカンストアカウントに外見だけ流し込めば『セインの限界を超えるセイン』が出来上がる。
③、少なからずセインを擁護する意見もあるが、すぐにソレがかき消されてしまう。その勢いはL&Cやトワキンプレイヤーの総数からしても異常で、殆どが炎上騒ぎに乗っかっているだけの無関係な人々であり、彼らは実際のところ、映像の整合性などほとんど理解していない。
④、セインの特定作業と晒し上げ、そして"荒し"が進められている。セインを操っている俺の個人情報や、仲間の情報が掲示板で集められ、共有されていく。すでにユンユンの動画は、俺のアンチに荒らされているようだ。
「そうですね。って、ケチャップがついていますよ」
「え? どこどこ? とってとって」
因みに他の同僚は、最近近所に出来たパン屋に行っている。別にパン食を悪く言うつもりは無いが、俺たちは早くて安い社食派だ。まぁ、医療施設だけあって、見た目はまんま病院食なのは玉にキズだけど。
「ちょ、どさくさに紛れて手を噛もうとしないでください」
「フフフ、油断したわね。ケチャップはワザとだったんだよ」
「はいはい、そう言う事にしておきますね」
幸いなことに、俺は元々"身バレ"には警戒していたので特定される兆しは無い。ユンユンも、共演などはほとんど無いので被害は軽微。むしろ動画の再生数が伸びて、儲かっているくらいだ。
「アハハッ。それで、実際のトコ、大丈夫なの? ゲーム内での嫌がらせとか、あるんでしょ??」
「ゲーム内の知り合いに飛び火しているのは申し訳ないですけど、被害に関しては……」
*
「いたぞ! セインだ!!」
「なんだテメー、PKか?」
「問答無用! 中身何て関係ない。
場所は呪千湯イベント付近のフィールド。そこでは公開されているセインのセカンドアバターを使用して、その使用感を確かめる者と、セインに関する全てを否定する者の間で、ドロドロの争いが繰り広げられていた。
「クソッ! 俺たちは普通にイベントを楽しんでいるだけなのに、絡んでくるんじゃねぇ!!」
「関係ねぇ、セインはチーター。セインやその仲間、そしてそのアバターの使用者は"全員"犯罪者だ!!」
「なんだよその無茶苦茶な理論!」
セイン狩りを行っているPCの真の目的は『セインがチーターである事を周知させる』ところにある。よって注目が集まるなら内容は問わない。相手が本人である必要も無ければ、その
「こっちのセイン、強すぎる! 誰か、手を貸してくれ!!」
「なにがチートだ。あんな映像、切り貼りすればいくらでも作れるだろ!?」
「はいはい、信者オツ」
「信者はそっちだろうが!」
セイン否定派は、大半がトワキン組であり、人気動画投稿者のネスが拡散した動画に賛同した者たちだ。よって、人数は多く、使用するセカンドアバターはほぼ間違いなくカンストしていた。
対する肯定派は、特にセインを信奉している訳でも無い物見遊山が大半であったが…………その中には無関係を装う実力者の姿があった。彼らの目的は、Cルートの攻略ポイントと進行度。闘技場も含めて、変身状態でのポイント獲得は、通常通り"変身元"のアバターに加算される。
*
「え~、それじゃあ、わざと炎上を放置しているの?」
「そうなりますね。個人的にもそうですけど、
運営はログを参照する事で、俺に挑んできた"ナナシ"の本人情報を把握している。その気になれば、いつでもアカウント凍結や、それこそ利用者本人を刑事告発できる状態なのだ。
しかし、今回に関してはコチラにも"都合"があった。現在の進行度は、自警団やBLの効果もあってLルートが大幅に先行している。加えて、Cルートは『標的にされた方が稼ぎやすい』形になっている。だから、俺や仲間が否定派に狙われるのは(リアルに支障が出ない範囲でなら)ちょっとしたボーナスゲーム状態。なにせ相手は、カンストアバターを操る素人なのだから。
「でも、特定されちゃう可能性もゼロじゃないんだから、過信しちゃだめよ」
「はい。一応、リミットは(呪千湯)イベント終了時でお願いしています。それに……」
「??」
「犯人の狙いは、俺を陥れる事ではありませんから」
「あぁ~。そう言えば、結局、ネスの目的は"日本代表入り"なんだよね」
一連の事件の真犯人は人気動画投稿者にして、元IBの日本代表である"ネス"の仕業で間違いない。その作戦は、
①、闘技場で待ち伏せしてセインに試合を挑む。これで勝てたならその時点で作戦終了。(セインのセカンドアバターを公開する事は事前に告知していた)
②、負けた場合は、対戦映像を加工してチートの証拠映像を偽造し、それを仲間に拡散してもらう。
③、炎上の鎮火と引き換えに、再戦や八百長を持ち掛け、それを承諾させる。
ネスは『分からせ屋』の異名を持っており、本来は迷惑プレイヤーに"勝つ"動画を投稿している。拡散や対象への制裁はフォロワー任せで、投稿サイトの規約もあって『自分はたまたまチーターに挑まれ、勝っただけ。制裁行為は助長していません』ってスタンスなのだ。
しかし今回は、負け試合であり、運営もアバターの使用者を特定できる事から、協力者に動画を投稿させ、それを自身が紹介する形で拡散した。よって、試合で負けたプレイヤーは"別人"って事になっており、もし俺が運営に泣きついた場合、ネスは『俺が戦った映像を一部使われたけど、俺は何もしていない。むしろ俺も被害者なんです』って言い訳するつもりなのだろう。
「だから本来は、もっと酷い事になるみたいですね」
「まぁ、ネス本人が音頭をとっている訳じゃないもんね」
「えぇ、でも…………標的にされた"子供たち"の事を思うと……」
まだネスが有名になる前、彼はインフィニティーシリーズを普通にプレイして、その映像を定期的に投稿する雑多な投稿者の1人であった。転機になったのは『当時注目されていたチーターを返り討ちにする事に成功し、その映像を公開した』のが始まりだ。その事でネスのチャンネルは登録者が爆発的に増え、企業からも案件を貰うようになり、プロゲーマー兼プロの動画投稿者になった。
しかし彼の動画に求められているのは『迷惑プレイヤーを爽快に倒す姿』であり、そこには"加害者"、それも"倒せる程度"の相手が必要になる。そう、彼のターゲットは…………次第に『暴言を吐いているだけの子供』に代わっていったのだ。
因みに、動画でもネスは使い捨てのアカウントを用いて初心者を装っている。これは負けた場合にネス本人の名に傷をつけない為の配慮であると同時に、相手に暴言を吐かせるためのエサになっている。
①、簡単に倒せる初心者を装って"初心者狩り"をつり出し、最初は気持ちよく勝たせる。
②、勝つ事で『気持ちが大きくなって汚い言葉を使ってしまう』相手を選別し、その映像を録画する。場合によっては、ローカル対戦でチート行為を作為的に使わせたりもする。
③、本気を出して相手を返り討ちにして、更に汚い言葉を引き出す。
④、映像を編集して投稿する。チャンネルだけでなく、SNSに切り抜きを張り付ける事で、話題を大きくして更なる再生数を稼ぐ。
これにより、退学・職する事態に発展した人も居たそうで、そこまでいかなかった場合でも、『謝罪映像の提供』や『動画削除と引き換えに金品を要求する』事もあったそうだ。
「そうね。たしかに誹謗中傷とか、イジメみたいな事はダメだけど…………だからって相手は中学校前後の子供でしょ? それを晒し者にして人生終わらせちゃうのは、ちょっとやり過ぎよね」
ネスが、IBの日本代表から外された本当の理由はソコなのだ。運営としては問題プレイヤーを『穏便に降板させた』だけなのだが、生活がかかっている彼はソレに納得できなかった。だからトワキンに引っ越しして、そこの参加枠を勝ち取ろうとしたのだ。
「まぁでも、今回は
「フフッ。業界関係者どころか、"親会社"が相手だもんね」
笑い事では無いが、実際滑稽なのも事実。俺はゲームの開発に携わっていないものの、相手は『一度サービス終了までいったL&Cを買い取り、多額の資金を投入して復活させた』親会社の社員なのだ。よって、IBの参加要請の時もメールとは別に、役員が手土産片手に直接頭を下げに来たほどだ。
だから、証拠不十分の状況でも運営は職員総出で対応してくれるし、いざとなったら運営と相談して告発時期を遅らせる事も出来る。
「数日後には、トワキンのアカウントも含めて"無期限凍結"。当然ながら大会に指名してもらう事も出来なくなります」
「うわぁ~」
もちろん、"直接"セインを陥れた証拠は無い。しかし『ナナシがネスである事』と『協力者と共に素材になる映像を集めた』事はログから証明できる。更にその映像を(自称)第三者に公開したとなれば、それは完全な"共謀"であり、利用規約にも違反している。
「まぁでも……」
「??」
「事態が収束しても、私怨で恨まれ続けるんでしょうね」
「完全に逆恨みだけど、そういう人って、そうなんだよね」
こうしてセインの名は、チーターとして世界に知れ渡った。もちろん後日、"無実"が運営に証明されたが…………その告知が世界に拡散される訳も無く、ただただ俺は悪役として名を馳てしまった。
まぁ、いつもの事だけど。
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