#421 呪千湯イベント③

「ちょっと待ったぁぁあ!!」

「「!!?」」


 現れたのはパターンこそ違うものの、俺と同じデフォルト顔にベタな革装備を纏う男性PC。装備も汎用品をそのまま使っており、俺以上に無個性だ。


「アンタ、セインだろ? 大した腕でもないのに、クソザコキッズを倒してイキってるそうじゃないか」

「「………………」」


 初手、煽り。この手の輩は相手にするだけ無駄であり、狂犬メイドが居なかったのは幸いだが……。


「ちょっと気になって調べたら、チート疑惑が山ほど出て来たぜ? どうせそのアバターも改造ツールで用意したんだろ?」

「黙って聞いていれば何? セインさんがチートズルしたって!?」

「もう、お姉ちゃん……」


 意外と言っては失礼だが、実はSKよりもナツキの方が沸点が低い。そしてその怒りが、スロースターターのSKと噛み合ってしまう。


「まぁまぁ、デカい口叩けるだけの実力があるか、ちょっと興味が出て来たぜ。オマエなんてアニキが出るまでも無い。アタシと…………ぐえ!」

「やめろ」


 首を引き、強引にSKを止める。個人的には『好きにやってくれ』ってスタンスだが、闘技場は現在、対戦動画の投稿が急増している。対戦動画自体に問題は無いが…………1つ厄介なのは、再生数を稼ぐために"晒し上げ動画"を装う演出が横行している点だ。


 晒し上げ動画とは、『チーターや迷惑プレイヤーを倒し、それを公開することで対象に制裁を加える行為』であり、このタイプの動画はそれなりに伸びる。つまり"稼げる"訳だが、これには晒し上げる対象と、それに必要な高いPSが必要となる。当然ながらそんなものは一朝一夕に用意できないので、


 稼ぎが欲しい悪質な投稿者は、映像を切り貼りする事で晒し上げ動画に見えるように"演出する"のだ。当然ながら晒し上げられた優良プレイヤーは迷惑をこうむる。もちろん『ログを公開すれば無実を証明できる』のだが、そこには少なくない手間と、その真実を拡散してくれる同士が必要であり…………何より厄介なのが、晒す側の目的が再生数であり、炎上も含めて利益になってしまう点だろう。


「なんで止めるんだよ、アニキ」

「SKお姉ちゃん、ここは堪えて。あとお姉ちゃんも、じゃあ私が、みたいな顔しないの!」

「うっ」

「はいはい、信者の女の子に守られて、セインはイイ御身分ですね~。チートが無ければ、何も出来ないくせに」



 因みに"チート"と言っても様々な種類があり、一概に"違法"とは言えない。その種類は大きく分けて4つで……

①、外部補助ツール。BLのように連携機能を利用して様々な情報を表示するタイプ。IBなどの大会では使用禁止になっているが、L&Cでは基本的に使っても何ら問題は無い。


②、自動操作。BOTとも呼ばれるが、プログラムを用いてPCを自動操作することで経験値稼ぎなどの単純作業を無人でおこなう行為。これはアカウント販売を目的にする業者が利用するチートなので、ワンアカウントで公式BOT(傭兵)が存在するL&Cでは使われる事は無く、あってもPKのカモになって終わる。


③、データ改ざん。無敵になったり瞬間移動をしたり、イメージ通りのチート行為。L&Cは完全オンラインで動作しており、チートを使って個人の数値を書き換えても、サーバー側の不正サーチプログラムに引っかかって直ぐにバレてしまう。しかもワンアカウントの縛りがあるので、アカウント凍結のリスクが非常に高い。ただし対策はしているものの、トワキンはオフライン起動が可能であり、完全に封じるのは難しいようだ。


④、改ざんデータの二次利用。③を利用して『トワキンでカンストアカウントを作り、L&Cに持ち込む』などの間接的なチート行為。L&C側から見ればただの"養殖"だが、その分検出が困難であり、その手のチートツールを販売する闇業者が存在するようだ。



「一応言っておくが、俺は別に勝負の申し出を断っていない。対戦を希望するなら、ストレートにそう言えばいい」

「お、怒った? 天下のセインも、図星をつかれて怒っちゃった??」


 この手の輩の対処は『関連キーワードを絶対に言わない事』だ。映像を切り貼りするのは簡単確実だが、言葉や行動を加工すれば、どうしてもアラがでてしまう。


「ちょうど登録アバターを証明するために対戦相手を探していたんだ。対戦したいなら、サッサと申請しろ」

「チッ! つまらねぇヤツ。まぁいいや、こっちには高性能の解析ツールがある。勝負は"シングル3本先取"で勝負だ!!」

「拒否する。1回で充分だろ」

「なぁ!?」


 妙な動揺を見せる"ナナシ"のPC。闘技場の基本ルールは1発勝負であり、特殊ルールはレートに反映されないため、受けるのは時間の無駄でしかない。


「嫌ならいいや。他に対戦したいヤツはいないか?」

「ちょっと待て、挑戦は何でも受けるんじゃなかったのか!?」


 周囲のPCがすかさず名乗りをあげる。そもそも対戦が成立しないと動画でイジリようが無いので、条件を合わせざるを得ない。


「対戦は受けるが、お遊びに付き合うつもりはない。それだけの話だ。そうだな、じゃあ、そこの……」

「まった! 1本勝負でイイ。その代わり"体力2倍"で頼む!!」


 体力2倍は、ワンショットキルなどを難しくする特殊ルールだ。トワキン組の基本戦術は、遠距離からのヘッドショットなので、自ら得意分野を封じる形になる。


 因みに、ナナシが3本先取を申し出たのは"撮れ高"の為だ。対戦が短いと動画の尺がもたないし、上手くいけば失言も拾える。対戦中の会話は非公開にできるので、最初から本命はソッチなのだろう。


「まぁ、いいだろう。それでは、体力2倍のシングル1本勝負で」

「お、おう!」





「さて、それじゃあ……」

「なぁ、知っているか?」

「ん?」


 闘技場に転送され試合が始まると、突然ナナシが意味深なセリフを漏らす。


「俺はゲーム開発者にも顔が利くんだが…………この前の飲み会でトワキンの運営が漏らしていたんだよ」

「………………」


 L&Cとトワキンは姉妹タイトルであり、基本の開発メンバーは同じだ。しかし、営業などは別であり、部署によっても微妙に意見が異なる部分がある。


「それでな、セインを倒せたら世界大会の参加枠をくれるって言うんだよ。ウマい話だと、思わないか?」


 つまり、俺に勝てたらIBの世界大会に『日本代表として参加できる』わけだ。次回以降は、正式に参加権をかけたトーナメントが開催される予定なので、指名で代表が決まるのは今回限りとなる。


「3本先取を申し出たのはソノ為か。てっきり動画のネタにするつもりだと思っていた」

「まぁ、そっちも否定はしないけどな」

「そうか」


 3本先取なら、最低3回は対戦できる。ナナシ的には1回でも勝てれば日本代表になれるので、確かにこれはウマい話だ。


「なぁ、セインさんよぉ。アンタ、世界大会に参加するつもりは無いんだろ? だったら1回だけ、俺に"勝ち"を譲ってくれないか? これでも俺は有名な動画投稿者でな、金や…………それこそ"女"だって紹介できるんだぜ??」

「俺が女だったらどうするんだ?」

「ハハッ! その時は、俺を紹介してやるよ」


 一応、ハッタリでは無いのだろう。ナナシは、ゲーム業界にコネがあり、金や人気おんなにも困っていない。そこまでの投稿者になると、おのずと対象は絞られてくる。


「なるほど、"噂"は本当だったようだな」

「ん?」

「こっちの話だ。さぁ、ギャラリーも退屈している頃だろう。試合を始めよう」

「チッ! 噂通り掴みどころのないプレイヤーのようだな。まぁいい、それなら実力で勝つまで。実は俺、普通に最強なんだよね!!」




 こうして、くだらない会話を経て…………ようやく"元"日本代表との勝負が始まる。

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