#420 呪千湯イベント②

「あぁ、確かに招待は受けているな」

「「おぉ~」」


 呪千湯イベントが開催され、俺たちは早速イベント会場にやってきた。


「それで、参加はしないんですか? お兄さんなら優勝だって狙えると思いますけど」

「だめよコノハ。IBの大会は、会場で対面形式で戦うの。そうなると顔が公開されちゃうから、個人情報も特定されちゃうわ」


 IBの国際大会は、公平を期するために、大会側で用意されたVRマシンを用いて、会場で対戦する事となる。今時、対面で戦うのは無駄が過ぎると思わなくも無いが、これは億単位の賞金が動く公式大会であり、対戦以外にもインタビューや不正防止の身体チェックなども行われる。


「お姉ちゃん、確り調べて来たんだね」

「ぐっ。ま、まぁ、一応ねぇ~」

「ミバレもそうだけど、流石に大会となると、その時だけ顔を出すって訳にもいかないのにゃ。だから、会社勤めの人は、なかなか参加できないのにゃ」

「なるほど」


 もちろん国際大会に指名される程のプレイヤーは、すでにプロ化しているので本来ならば問題にならないのだが…………今回は主要連携タイトルであるトワキンとL&Cに"参加枠"が新規追加された。トワキンはともかく、L&CはこれまでEスポーツには参加していなかったので、現在、公式のプロプレイヤーが存在していない状態だ。


「なんだっけ? そのネスって人も、大会に参加するために試験とかやってるんだよな??」

「意外ね。SKがネスに興味を持つなんて」

「いや、ネスもそうだけど…………プロ化には、ちょっと興味があって」


 プロの中でも指名されるか怪しいラインのプレイヤーは、IB本家からトワキンなどの連携タイトルに転向して、そこの枠から参加を狙う者も少なくない。まぁ、それでも最終選考にシードで参加できるだけで、本戦に参加できる保証は無いのだが。


「SKお姉ちゃん、プロゲーマーになりたいの?」

「いや、まぁ…………事故の事もあるし、出来れば普通に働くのは避けたいなって」

「「あぁ……」」


 SKは、交通事故の後遺症で下半身が不自由になっている。そしてその治療のために、VRを用いたリハビリシステムのモニター試験に参加している。当然ながら当時勤めていた仕事は辞め、保険とモニター参加報酬で生活している訳だ。


 一応、順調に回復している様だが、完全完治する保証は無いし、何より就職先がそのリスクを承知で雇ってくれる保証が無い。大企業は一定の割合で障害者を雇用する義務があるが、完治した者はその枠にカウントされない。よって、会社側からしたらSKを雇うのはリスクばかりでメリットが無いのだ。ぶっちゃけ、よほどのコネが無いと会社勤めは難しいだろう。


「よし、俺は登録終わったぞ。皆も、折角だから登録していくか?」

「あ、アチシ、折角だから兄ちゃんのアバターに変身していくのにゃ」

「え!? それじゃあ、私も!!」

「いや、別にイイけど……」


 呪千湯イベントでは、基本の変身パターン以外にも、個人のアバターを任意に登録できる。これも1つの『正しい楽しみ方』ではあるが、それでも自分のコピーに囲まれるってのは、なかなか複雑な体験だ。


「おい、セインの登録が終わったみたいだぞ!」

「待ってました! この日の為に、確り短剣を揃えて来たんだぜ!!」


 身内に限らず、周囲のアバターが次々にデフォルト顔の男性アバターに変身していく。まるで万華鏡の中に入ったようで、普通に気持ち悪い。


「あぁ、俺はもう行くから」

「ちょ、待ってください、まだ……」





「なかなか、賑わっているな……」


 転送サービスを利用してやってきたのは闘技場の控室。闘技場では呪千湯に登録したアバターを用いてレート戦に参加できる。他のタイトルでは、この手のレンタルキャラは『フリー対戦のみ』などの制限を受けるものだが、L&Cはその辺、完全な公平を目指していないので普通に使えてしまう。


「おい、アレ! セインじゃないか?」

「いや、どうせ成りすましだろ? 本物なら、女を連れ歩いているはずだ」

「確かに!」


 因みに、闘技場が賑わっているのはイベント以外にも理由がある。それは、公式が『闘技場での行動でもルート値が加算される』と発言した為だ。どれだけ得られるかは不明だが、公式が発言したのならランキングを狙っている者も試しに参加する利点はある。


 まぁ、それでも資産やメインアバターが育たないので、やり込むのは罠でしかないが。


「ちょっと、セインさん、おいて行っちゃうなんて酷いじゃないですか!」

「へぇ~、ここが闘技場なんですね」

「いつでも気軽に対人戦が出来るから、肩慣らしには丁度いいぞ」


 やってきたのはナツキ・コノハ・SKの3人。どうやらニャン子は、目立つのを嫌ってついて来なかったようだ。


「おい、女性PCが来たぞ!」

「やっぱりセインじゃねぇか!!」

「いや、まて! 3人ではまだ断言できない。確定していいのは4人からだろ!?」

「「確かに……」」


 アイもそうだが、闘技場での戦闘はギャラリーが自由に観戦できるので、人目を嫌うPCは参加できない。セカンドアバターは整形自由なので顔を変えれば済む話に思えるが、実際は容姿を変えても戦績はアカウント単位で管理されているので、参戦すれば直ぐにバレてしまう。


「来てもやる事は無いって最初に言っただろ?」

「それでも見に行くって、最初に言いましたよね?」

「まぁ、そうだったな」


 出来れば3人、特にログイン時間に制限のあるナツキとコノハにはレベル上げに専念して欲しいのだが、学生に対して『ゲームに専念しろ』と言うのも間違った話。何より『無理強いをしてモチベーションを削いでしまう』のはよく聞く失敗談だ。


「まぁまぁ、お姉ちゃん。それで、どれに参加するんですか?」

「まぁ、とりあえずシングルでいいだろう」


 闘技場に来た理由は、呪千湯に『登録したアバターが本人である事を証明するため』だ。これをやっておかないと、面白半分に登録された俺のナリキリと区別がつかなくなる。


「でも、ザコと戦っても証明できないかもしれないぞ?」

「あぁ、それはあるな」

「あと、お兄さんは片手型と両手型でスキル構成が違いますよね? 片方だけでイイんですか??」

「いや、まぁ、そこまで見せる義理は無いだろ?」


 別に今更、人型用の構成を隠す意味は無い。無いが、だからと言って全て晒す意味もない。


 では『何故セカンドアバターの構成を公開しよう』と思ったのか? それは闘技場やトワキン組にもL&Cを楽しんでもらいたいからなのだが…………もう1つ、秘密の理由がある。


 直接は関わっていないものの、L&Cを開発しているOVGは鳳グループの傘下であり、俺が所属している医療開発部とも繋がりがある。そんな訳で、OVGのスタッフはリアルの俺を知っており、時にはゲーム内の雰囲気の"操作"を頼まれる事もある。


「何より、セインさんはまだ"アイアン"ですよね? それじゃあシングルに参加しても、実力は発揮できません」

「それは、まぁ、そうかもな」


 そこまで完全に証明する必要も感じないが、言っている事はもっともだ。


 あと余談だが、開発スタッフには『IBの世界大会への参加』も頼まれている。流石にソッチは断っているが…………トワキンは現在、殆どのプレイヤーがクリアし終わった状態であり、プレイ人口は激減している。その現象はコンシューマタイトルなら当然なのだが、それでも開発は追加コンテンツなども用意して延命させる予定らしく、テコ入れとしてトワキンとL&Cの参加枠から『IBで活躍する選手』を排出したいようだ。


「だから、程よい実力の対戦相手が欲しいと思わないか?」

「まぁ、それは」

「でも、サバイバルに参加して98人も相手にするのも面倒ですよね?」

「そうだな」


 大体話は見えてきた。つまり『3対1で勝負しろ』と言いたい訳だ。別に、手合わせくらいならギルドで何時でも出来るのだが、試合には試合の"空気"があるのも事実。


「って事で!」

「私たちと!」

「勝負しま……」

「ちょっと待ったぁぁあ!!」

「「!!?」」


 突然、見知らぬ男性PCが割って入ってきた。何となく見覚えがある気もするが、はたして……。




 こうして闘技場での腕試しは、思わぬ来客に阻まれた。

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