#419 呪千湯イベント

「そんな、1人なんて選べません!!」

「ふにゃ!? えっ、どうしたのにゃ??」

「いや、12人の兄さんに言い寄られてしまって……」


 夜、私はアイちゃんと2人で"ニアの里"に来ていた。


「12人は、流石に多すぎなのにゃ」

「はい、困りました」


 本気で悩んでいる様子のアイちゃん。もちろん、アイちゃんの兄は1人だけ。これはいつもの悪い癖だ。


「とりあえず終わったから、ブラザープリンスの妄想はなしは忘れるのにゃ」

「はっ!? 猫、いつからそこに??」

「実は、アイにゃんが引っ越しして兄ちゃんと再会するクダリから居たのにゃ」

「あぁ、犬の枠」

「いや、ぶっちゃけそのネタ、もう通じる人、いにゃいから」

「??」


 里に来た目的は、呪千湯イベントに向けての下準備をするためだ。


「はいはい。それじゃあ、次の素材を取りに行くのにゃ」

「ちょ、猫、今からイイところなんです!」


 呪千湯イベントでは、リセットアイテムの配布があり、今はその交換アイテムを前もって集めているところだ。


「ちょっと待った!」

「あんた、にゃんころ仮面だろ?」


 突然、知らない男性PCに声をかけられた。これが嫌だから、あえて非効率なクエストをこなしていたのに。


「ひ、人違いなのにゃ」

「はぁ? どう見てもにゃんころ仮面と、その仲間だろ??」

「まぁいいじゃねぇか。俺たちは…………って、無言で立ち去ろうとするな! 失礼だろ!!」


 他人フリで逃げようとしたが、強引に呼び止められてしまった。自慢じゃないが、私もアイちゃんも人見知りで、特に知らない男性は大の苦手だ。


「猫、もうダメです。殺しましょう!」

「なっ! やるってのか!?」


 不用意に近づく男性に、思わず武器を構えてしまうアイちゃん。言ってる事もやっている事も物騒なのだが、内心では私と同じでビビッていたりする。


「わわわっ、待つのにゃ……」

「おいおい、俺たちに喧嘩を売って、タダで済むと思っているのか!?」

「ランカーって言っても、お前ら下位ランカーだろ? イキっちゃって、まじウケる~」

「「…………」」


 最初こそ紳士的な態度だったが、途端に仕草が軽くなった。見たところ、2人はセカンドアバターであり、トワキン組である可能性が高い。


「この顔を見ても、気づかないの? 俺、"ネス"なんですけど~」

「??」

「いや、だからネス・ゲーミングチャンネルのネスだって。知ってるだろ?」

「????」


 ガチなキョトン顔をするアイちゃん。


「えっと、ネスって言ったら、有名なプロゲーマーなのにゃ」

「はぁ……」

「そうだよ。俺がそのネスなんだって!」

「ん~」


 あぁ、ダメだ。完全に分かっていない顔だ。それもそのはず、ネスは……。


「因みに、別のゲームの話なのにゃ」

「あぁ、道理で思い出せない訳です」

「おい! バカにするのもいい加減にしろよ!!」

「確かに俺たちはトワキン組だが、その辺のキッズとは次元が違うんだぞ!」

「そうは見えませんが……」

「あぁうん。ニセモノだから、実際、大した事無いのにゃ」


 ネスとは、Eスポーツで日本代表に選ばれるほどの腕前を持つ、人気動画投稿者だ。故にネスを模倣するプレイヤーは多く、中にはナンパや脅しに使う者もいる。


「はぁ!? 意味わかんねぇ。テキトー言ってんじゃねぇよ!!」

「俺は"インフィニットブレイドoa"(IB)の日本代表だぞ!? 舐めたこと言ってると、動画で晒しちゃうよ?」


 IBとは、対戦アクションゲーム、インフィニティーシリーズの『武器アリ・オープンアクション方式版のタイトル』だ。このタイトルは7世代の連携機能に対応しており、IB以外のタイトルで育てたキャラも使用できる。このあたりの仕様は、まんま闘技場と同じで、IB・トワキン・L&Cに限らず、第7世代のオープンアクション方式に対応した全タイトルのアバターを使いまわせる設計になっている。


 ネスは、トワキンのプレイ動画を投稿しており、尚且つ去年、IBの日本代表に選ばれた実績がある。ともあれ、闘技場ならまだしも、L&Cのフィールドに出現する意味は無く、仮にあったとしてもここまで薄っぺらい連中ではないだろう。つか、あと1人は誰だよ!?


「いえ、知りません。死んでください」

「あぁ、もう滅茶苦茶なのにゃ」


 アイちゃんを止めたのは失敗だった。PKは、語り合えば高確率でトラブルになる。だからフィールドでは、一般モブと同じ様に淡々と戦うのが鉄則なのだが…………今回は成り行きで、余計な事情を聞いてしまった。


「まぁいい。それじゃ、ちょっとお嬢さん2人に、世界の壁を見せてやるか」





「「すんませんでしたぁー!!」」

「許してください、何でもしますから!!」


 よっわ! 想像していたよりも遥かに弱く、開始1分で、2人は土下座して命乞いを始めた。


「ん? では、死んでください」


 相変わらず"お約束"を回避して首をハネようとするアイちゃん。


「まって、ホントにはな……」

「ちょ!? まじで話があるんです! 聞いてください!!」

「あぁ、気持ちはわかるけど、そう言うのはマナーを守ってもらわないと困るのにゃ」

「へぇ?」


 特定の誰かに話を持ち掛ける場合、直接本人にアポなしで突撃するのは大変失礼な行為だ。本来はギルドか本人にメッセージを送り、尚且つ用件はメッセージ内で完結させるのが望ましい。


「まず、検索して…………アイにゃん」

「はい?」

「話の途中でキルしたら、用件が伝えられないのにゃ」

「必要、ありますか?」

「あ、はい。そうですね」


 アイちゃんのこういう所、ホント羨ましい。





「あ、メッセージが来てたのにゃ」

「そうですか」


 クエストも終わってギルドホームに帰ると、先ほどの偽ネスからメッセージが届いていた。内容としては、まずクエストを妨害した事についての謝罪…………が無いところは、やはり子供なのだろう。



 それはさておき、用件を纏めるとこうだ。

①、IBが日本代表選手を選定しており、その中に兄ちゃんの名前が挙がったらしい。


②、2人は日本代表選抜員の間接的な知り合いで、兄ちゃんを紹介すると豪語してしまい、その流れで私を訪ねたようだ。


③、兄ちゃんを日本代表の"選抜試験"に参加させるべく、紹介、あるいは説得してほしい。との事。



「つか、こういうのって運営経由で頼むとか、何かもっと他にあるものじゃないのかにゃ?」


 別に、兄ちゃんが選抜に選ばれた事に疑問は無い。しかし、その方法があまりにも手探り過ぎて、胡散臭くなってしまっている。


「それなら、来ていると思いますよ?」

「へ?」

「今年は知りませんけど、去年は来ていましたから」

「あぁ…………そう言う事」


 納得、圧倒的な納得である。私が知る限り、兄ちゃんはオープンアクション方式の戦闘では世界でもトップクラスの実力を持っている。それなら6時代からオファーがあったとしても不思議はない。


「なんでも、ランカー上位になると漏れなく来るそうです」

「あぁ、うん。アチシは下位だから、知らないのも当然でしたのにゃ」

「そうですね」

「そ、それじゃあ、兄ちゃんは何で参加しないのかにゃ? 一応、優勝すれば働かなくても生活できるくらいのお金が転がり込んでくるって聞いたことあるのにゃ」


 Eスポーツの世界大会は、億単位の賞金が出るのは当たり前。IBの優勝賞金が幾らになるかは知らないが、少なくとも試験に合格すれば"プロ化"が確約され、就職や生活の心配が無くなる。


「兄さんは、大会には参加できませんから」

「…………」


 何やら遠い目をするアイちゃん。詮索するつもりはないが、そこまで言うのなら『物理的に大会に参加できない理由がある』のだろう。例えば、実は寝たきりで、病院の専用端末からしかログイン出来ない、とか。


「それより」

「ん?」

「やはり、私1人で12人の兄さんをお相手するには無理があります。ここは私が12人になって、全員で兄さんに……」

「肉球アタック!!」


 とりあえず、肉球でアイちゃんの頬をホールドする。


「ふゃ、なにをしゅるのれすか。ねこ! 私は真面目な話を……」




 そんなこんなで、呪千湯イベントの準備は進んでいった。

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