#418 円炬燵の騎士

「それでは第11072回"円炬燵の騎士"会議を始める…………のにゃ」


 西部劇を思わせる酒場の2階には、世界観の異なる会議室が存在する。


「この前も72回だったけど、そのカウント、なんか意味あるの?」

「「えっ……」」

「ちょ、何よその顔。私、変なこと言った!?」


 対人最強と噂されるセインの名の下に集いし精鋭が、布団に縁どられた円卓を囲み、それぞれの攻略とL&Cの今後について語り合う。


「そ、それより! トワキン組の動向はどうなの!? お兄ちゃんがお膳立てしてくれたんだから、それなりに増えたんじゃない??」

「あぁ、一応、セインさんのファンとかはそれなりに来たけど、思ったほどでは無かったですね」


 視線が集まるのは、悪徳ギルド・エターナルディザスターの元メンバーであり、今は自由連合に所属する山崎県太郎。彼は元々PKなど目的に活動する迷惑プレイヤーであったが、紆余曲折あって今は自由連合に所属し、各所の調整役のような立場に落ち着いている。


「やっぱりトワキンの人って、誰かに弟子入りして…………みたいな攻略法を嫌うようね」

「仲間内でワイワイやったり、独学で成り上がったりしたいお年頃なのにゃ」

「その様ですね。まぁ、おかげで稼がせてもらっているけど……」


 視線が集まるのはバーチャルアイドルのユンユン。彼女はL&Cに限らず、バーチャル空間でのパフォーマンス動画を投稿するアイドル投稿者だ。最近までL&C攻略動画をメインに投稿していたものの、転生してからは画的な進展が大きく減り、投稿頻度が落ちた。かわりに始めた攻略情報サイト『L&C立ち回り講座』が大ヒット。トワキンの影響もあり、瞬く間に収益が他動画を追い越してしまった。


「やっぱり、不本意なんですね」

「それは、まぁ……」

「元気出すのにゃ。攻略サイトは、完全に構造的な理由で伸びてるだけ。ジャンルが違うんだから、比べたって意味無いのにゃ」


 立ち回り講座は、武器ごとの立ち回りと、その武器から各武器を対処する方法を纏め、そこに短い実演動画をつけたもの。指南動画ゆえにリピート率が高く、動画も短い切り抜きで編集の手間がかからない。自由連合や自身のファンクラブの協力のもと、瞬く間に登録動画は増え、それぞれが安定して再生数を稼いでいる。


 その結果、バーチャルアイドル・ユンユンは、アイドル活動以外の収入が、本業の10倍になってしまった。結果として生活に余裕が生まれたものの、アイドル活動に少なくない葛藤を抱くようになっていた。


「言っては何ですけど、攻略サイトが伸びているのって、トワキンの影響ですから、今後も同じように安定して…………とはいかないと思いますよ?」

「そうなのよね。でもねぇ……」

「「??」」

性格キャラを維持するのも、結構疲れるのよ」

「「あぁ…………」」


 重たい空気が立ち込める。ユンユンの公式年齢は今も昔も17歳。しかし、実年齢は着実に、そのカウントを進めていた。


「そ、そう言えば! イベント予告見た!? "呪千湯じゅせんとう"だって!!」

「あぁ! 見ました見ました。久しぶりのリセットイベントですね。何でも、一部常駐にするか検討中とか」


 話を切り替えたのは、悪徳ギルド・鬼畜道化師商会の元幹部・Hi。道化師商会は現在分裂して、Hi率いる"ロートカンパニー"がセイン一派に属する事となった。


「たぶん、闘技場も意識してるんじゃないのかにゃ」

「「あぁ~」」


 呪千湯イベントとは、ステータスやアバターの種族を一時的に変更する小規模イベントだ。クエストをクリアすればステータスをリセットするアイテムも入手できるが、そちらは他にも入手する手段は存在する。イベントのメインはあくまで一時変更。特設エリアには、無数の小さな温泉が出現し、入浴することでアバターを特定の状態に変更できる。単純に性別を変更するものから、猫やパンダなどの動物に変更するものなど様々で、自身のアバターを登録して公開する温泉も存在する。


 変更状態は特設エリア限定となるが、この機能を闘技場にも適応すれば、レベルや装備の縛りを無視して、育成済みのアバターを体験できる。仮にこの登録アバターに、有名ランカーが名を連ねる事があれば、それは間違いなく話題になり、闘技場に興味のないPCも体験するために集うであろう。


「そういえば、ロートカンパニー的に闘技場はやらないのかにゃ?」

「確かに、気軽に対人戦ができるのは認めるけど…………ギルドの活動にする気は無いわ。あそこはあくまで模擬戦の場。あんなのに慣れたら、勘が鈍っちゃうわ」

「にしし。ヒィちゃんも、兄ちゃん色に染まってきたのにゃ」

「ヒィちゃん言うなし! ま、まぁ、上を目指す以上、多少は方向性が似てくるのは、仕方のない事よね!!」

「にゃんにゃん」


 生暖かい視線がHiに集まる。彼女は悪の道を志す迷惑プレイヤーではあるが、意外に面倒見がよく、慕う者が多い。


「そういえば、狂乱の七賢者イベントが近いって、掲示板で読んだんですけど、実際のところどうなんですか?」

「それに関してはCルートの進行度次第ですが、まだもう少し猶予はあると見ています」


 話を切り替えたのはナツキ。円炬燵の騎士はセイン一派の括りであるものの、そこにセイン本人は含まれていない。現在セインは、ギルドマスターの座をニャンコロに譲り、Cルート攻略に専念している。そしてニャンコロが立ち上げた連絡用ギルドが"炬燵猫同盟"であり、ナツキもそこに属している。


「七賢者のイベントが始まったら、ランキングが公開されるんですよね? 狙っている人は、そろそろ本気でポイントを稼ぎにいっているとか」


 狂乱の七賢者イベントとは、Lルートの大型イベントであり、プレイヤーランキングの公開トリガーにもなっているイベントだ。イベントが始まると、7体のボスが出現し、条件を満たしたLルートPCがコレを討伐すると専用イベントが発生する。そのイベントをクリアした者が"勇者"となる。


 そして魔王の出現フラグが、7体のボスの討伐であり、その後に出現する魔王NPCボスを、条件を満たした者が討伐すると専用イベントが発生し、クリアした者が真の"魔王"となる。


「それを言ったら、7のサービス開始当初からだと思いますよ」

「ランキングの計算方式って非公開なんですよね?」

「にゃんにゃん。でも、一応ある程度のロジックは分かっているから、それに合わせて"累計ポイント"を稼いでいるのにゃ」


 ランキングポイントの獲得量は非公開であり、ランキングが開始しても個々の行動でどれだけポイントが増減したかを知る方法は存在しない。しかし、公式の発表や有志の検証により、ある程度の法則は解明されている。



①、累計ポイント。長期にわたってプレイしているPCが有利になるが、公平を期するために評価は下方修正される。


②、短期ポイント。累計ポイントよりも重視されるが、上限が設定されているらしく、1日のログイン時間が長いPCが極端に有利にならないよう調整されている。


③、関連イベントのクリア実績。各ルートに幾つか必須イベント・行動が存在しており、条件を満たさないPCはポイント取得に制限がかかる。(単調なポイント稼ぎだけでは頭うちする)


 加えて、勇者や魔王にはそれぞれのテーマが存在しており、個別の条件を満たす必要がある。



「私たち、一応ランキング入りを目指していたんですけど、ちょっと悩んでいて……」

「パーティープレイだと、Cルートはキツいらしいのにゃ」

「はい。ちょうど3人ですし、闘技場で高レートを目指すのも、アリなのかなって」


 ランキングはLルートとCルートに分かれており、それぞれ評価基準が異なる。単純なゲーム攻略ではPTを組んで協力するのが近道だが、CルートポイントはPT内で公平配分されず、ポジションによって優劣が出てしまう。


「ナツキさんのPTは、Cルートに拘る必要は無いと思いますよ? 案外、Lルートのランキングを狙えるところまで稼げているかも」

「あぁ、アチシも、特に意識はしてなかったけど、気がついたらランキング入りしてたのにゃ」


 ランキングは、勇者・魔王の選定条件に含まれているだけで、実力とプレイ時間があれば勝手に名前が上がる事もある。ナツキのPTは、人外転生もしておらず、特にどちらのイベントも進めていないため、どちらのランキングにも乗る可能性は残されている。


「あるとすればSKですけど、ん~」

「SKにゃんは、特に目的は定めず、行き当たりばったり、一期一会な感じなのにゃ」

「そうですね」


 L&Cは、個人に目的を強要しない。ログインボーナスも無ければ、イベント参加も強制しない。一部の伝説装備には入手条件が限定されるものも存在するが、基本的には課金や期間を限定する(今しか手に入らない)装備・スキルは存在しない。効率は落ちるが自動の経験値獲得手段もあるため、明確な目的を持たないプレイヤーも大勢いる。


「フン! アイツの好みは、もっと具体的なヤツでしょ」

「例えば?」

「打倒セイン、とか」

「「あぁ~」」

「あぁ、すいません。俺は明日早いので、この辺で」

「うぃうぃ。おつかれちゃ~ん」


 県太郎が、空気を読んで退室する。円炬燵の騎士は女性を中心に構成されている。男性メンバーもそれなりにいるが、終盤はとある男性PCの話で盛り上がるため、男性の参加率は著しく悪い。




 こうして彼女らの会議は、今宵も遅くまで続けられた。

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