#412 闘技場実装初日

「だから、ここで、こう!」

「え? そんな簡単に言われても」

「おはようございます」


 西部劇を思わせる酒場バー。そこには女性PCが他愛のないやり取りを繰り広げる姿がある。男性からすれば入りがたい印象を受けるかもしれないが、そんな範囲気を気にかける事もなく、中性的な男性PCが会話の輪に混じっていく。


「スバル君、おはよ~」

「うぃ~っす。にしし、スバルにゃんも、セカンドアバターで来たのにゃ」

「折角、ですからね」


 さっそく実装された新機能を試す3人。L&Cはそれまで、頑なにワンアバターに拘っており、人外転生には多くの制限があった。しかし、この度実装されたセカンドアバターを利用することで、誰しもが"人族"として様々なサービスを受けられるようになった。


「これでやっと、街の中のクエストも受けられるようになったのよね」

「でも、たしか色々と制限があるんですよね?」

「そうね。でも、一時的にLルートの人のイベントに御呼ばれしたり、交流程度で参加する分には、支障は無いみたい」

「あぁ、なるほど」


 今日は大規模アップデート、通称"+"の実装初日。オフライン版であるトワイライトキングダムの連携機能や、それに合わせて実装された多彩な追加機能が解禁される、記念すべき日であった。


「それで、やっぱり目玉になるのは"闘技場"機能だと思うのよ」

「あぁ、専用のランキングがあるんですよね?」

「そっちは、レート戦って呼び分けになってるっぽいのにゃ~」


 闘技場システム:セカンドアバター限定で参加できるランキングマッチ機能で、メインアバターの種族に左右されることなく同条件で各種ルールに沿った対戦ができる。神器などの希少アイテムや、消耗アイテムに制限があり、レートポイントを稼ぐことで5段階のレート帯に別れ、そこでの順位を競う。


「充分、エンドコンテンツになりそうですよね?」

「そうかもにゃ~」


 これまでのL&Cの最終目標エンドコンテンツは、ランキングを勝ち上がり、2つの陣営に分かれて支配地を奪い合う"聖戦システム"が大きな存在となっていた。そこに加え、商売やギルドなどでの交流が"個人目標"として加えられる。


 しかし聖戦システムは、まずランキングに安定して入る"ランカー"と呼ばれる存在になるハードルが異常に高く、中堅以下のプレイヤーはランキング圏外で地道にポイントを稼ぐか、諦めて個人目標に切り替える必要があった。


 もちろん、MMORPGであるL&Cには、コンシューマタイトルと違って、攻略しきれないほどのクエストが用意されており、装備やスキル構成をカスタムするだけでも年単位で遊べるボリュームがある。よって、実際には殆どのプレイヤーが最終目標を目指す前の段階で、挫折し、引退してしまう。


「今までランキング圏外は、初心者から中堅まで、十把一絡げで同列に扱われてきたけど………闘技場なら、アイアンからプラチナまでのレート帯に分かれて、同じPSの人同士で順位が競えるわ」

「装備にも制限があるから、言い訳も出来なくなるのにゃ~」

「ぐっ」


 闘技場システムに問題があるとすれば、それは聖戦と両立が難しい点だろう。エンドコンテンツは必然的に多くの時間を要する。つまり、ランカー相当の実力を有しているプレイヤーは、聖戦と闘技場、どちらか1つを選ぶ形になってしまうのだ。


「やはりご主人様は、参加しないのでしょうね」

「だろうね。その点、ログイン時間に制限があるスバル君は、闘技場一択よね」

「まぁ、そうですね……」

「まだ、レートの計算方式が分かっていないから何とも言えないけど、当面は様子見なのにゃ」

「「……………………」」


 闘技場の話で盛り上がりきれない3人。MMORPGの楽しみ方は"人それぞれ"であり、誰しもがエンドコンテンツに思いをはせるものの、実際には他の"何か"を見出す場合が殆どだ。その場合、やはり多いのが配信などで得られる収入と…………対人関係が目的になりやすい。


「うぃ~っす。おっ、やっぱり皆、セカンドアバターで来たんだな!」

「その、おじゃまします」

「「いらっしゃ~ぃ」」


 さらに2人ほど女性PCが増える。L&Cはリアル志向で、なによりも殺伐とした雰囲気があるため女性プレイヤーは少数だ。しかし、女性がすべて同じ志向であるわけもなく、この世界に足しげく通う女性は一定数存在し続けていた。


「ちょうど闘技場の話をしてたんだけど、やっぱり2人はソッチを目指すの?」

「ん~、どうだろうな? 興味はあるけど、今のところは様子見かな??」

「私のところは、あくまでメインはPKだから、それぞれお好きにって感じかな? まぁアイツが、どうしてもチーム戦をしたいって言うのなら、参加してあげてもいいんだけど」


 行動に纏まりのない面々。それもそのはず、こうして毎日顔を合わせているが、それぞれ所属ギルドが異なり、目指す場所も異なる。エンドコンテンツは抜きにして、気のしれた仲間と冒険を楽しむ者もいれば、完全に攻略から離れPKなどの迷惑行為を志す者もいる。


「なんだよHi、もしかして、アニキをチーム戦に誘いに来たのか?」

「ばっ! そそそ、そんなこと、あるわけないでしょ! あくまで、誘われたら、まぁ、考えてあげてもいいかなぁ~? ってだけ。それだけなんだから!!」

「はいはい」


 その場が笑いに包まれる。彼女たちは、それぞれ異なる目的を持ってL&Cをプレイしている。それでもこうして顔を合わせているのは、運命の巡り会わせ。別の場所を目指し、それぞれの道を歩く者たちが、出会い、時に剣を交え、時に苦楽を共にする。それがMMOの醍醐味であり、そこに定められた"答え"は存在しない。





「ん? 今日は皆、来ていたか」

「お帰りなさいませ、ご主人様」

「兄ちゃん、うぃ~っす」

「よっ! アニキもセカンドで来たんだな!!」

「お兄ちゃんのその姿、久しぶりね」

「ふん!」


 昼、ギルドに顔を出すと相も変わらず"いつもの面子"に出迎えられる。曜日によって多少構成は変化するが、基本はこの5人となる。


 因みにこうして兄と慕われているが、実際には血縁関係は無い。そのあたり、どうにも俺は『そういうキャラ』の様で、夜からログインする連中も含めて、そういうポジションに落ち着いている。


「それで兄ちゃんは誰を選ぶのにゃ? 皆、ハッキリしない兄ちゃんに、ヤキモキしてるのにゃ」

「何の話だ? よく分からんが、とりあえず殴っていいか??」

「ご主人様、よろしくお願いします」

「…………」

「にしし。まぁアレにゃ。兄ちゃんは闘技場、どうするのかって話なのにゃ」

「あぁ、その話か」

「「……………………」」


 相変わらずニャン子の言い回しは難解だが、蓋を開ければ質問はシンプルだ。


「まだ確定ではないが、どうも闘技場に参加する可能性が高そうだ」

「「よっし!!」」


 何人かが歓喜の声を漏らす。俺自身はあくまで魔王を目指しているが、それとは別に、俺には"仕事"があり、そちらの意向にそった行動が求められる、時もある。


 今回で言えば、会社から『闘技場の監視と、迷惑プレイヤーの対処』を命じられている。ただし、迷惑行為と言ってもラフプレイの規制ではない。L&Cのゲームデザインは悪徳行為を容認しており、そこから生まれる軋轢もMMOの醍醐味として制限のみに留められている。俺が目をかけるのは、誹謗中傷の問題や、雰囲気作りになる。


「やはりと言ってはなんだが、どうやら早速、闘技場が荒れているようだ」

「「あぁ……」」


 これは予測された問題。トワキンから新たに大勢の若いユーザーが流れてきた。これがただの新規スタートなら良かったのだが、問題なのは『まだマナーの認識が甘いアバターの方が育っている点』にある。


「しばらくすればレート帯も分かれて、落ち着くところに落ち着くと思うけど、今はね~」

「みんなアイアンからスタートなんですよね?」

「そうなのにゃ。アチシは朝、ちょっとだけ見て来たけど…………あまりにもカオスで、すぐに逃げてきたのにゃ」

「でしょうね。この調子だと、掲示板も酷い事になってそうね」

控室ロビー機能は、しばらく停止かな~」


 ロビー機能とは、その名の通り闘技場の控室で、戦闘中に制限されるフレンド申請などの操作をおこなう"多目的空間"としてデザインされている。もちろん利用しない選択肢もあるが、待ち合わせや指名対戦の設定なども出来る便利な場所なので、出来れば正常に機能して欲しいところなのだ。


「このまま行けば、その可能性もあるな。だから……」

「「??」」

「とりあえず1回顔を出して、わからせてやろうと思っている」

「「…………」」


 一同の顔に、ニヤリと悪びれた笑みが浮かぶ。


 自分で言うのもなんだが、俺が今操作しているアバターは、サービス開始当初、そのPSで話題となった"セイン"そのままの設定であり、知名度や影響力は今でも少なくないはず。本来、こういう仕事はビーストあたりに丸投げしたいところだが…………彼は対戦相手に応じてムラが大きく、何より生活があるので迂闊に"視聴者層"を刺激できない。ここは、やはり俺の役回りなのだろう。


「理想を言えば、勇者に出張ってもらいたいところ、なんだがな」

「それは、無いですね」

「無いわね」

「絶対無いのにゃ」

「無い無い。アイツら、絶対にこういうのには絡んでこないから」




 こうして、俺たちは闘技場へと転送したとんだ

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