#411 "+"実装

「うわっ、マジでドロップ率渋いな」

「経験値も、そうとう渋いらしいぞ」

「経験値なんてカンストしたら飾りだろ? デスペナの補填分だけ稼げればいいさ」


 竹林を、武装した3人の男が進んでいく。その容姿に統一感は無く、1人は西洋の騎士風、1人は近未来的なデザインの魔銃使い、1人は東洋の侍風と、行動を共にしていなければ同じPTだとは到底思えないだろう。


「それよりも、オンラインこっちは全エリア、PVフリーだから気をつけろ」

「アイテムロストに、ランダムで装備も含まれるのはキツいよな。ソロプレイとか地獄すぎない?」

「その代わり、こっちもキルすれば相手のアイテムを総取りだ。弱肉強食、ようは勝てばいいんだよ」

「ハハァ! やっぱワクワクするよな。早く、孤立しているヤツ、出てこないかな~」


 対人戦を心待ちにする3人。しかし、彼らは犯罪者でもなければ、人類に敵対する勢力に所属してもいない。これは"ルール"に定められた、許される殺人行為なのだ。


「よし! いっちょ上がり。カンストさえしていれば、やっぱこの辺のモブは狩りやすいな」


 鬼の魔物が光となって消え、その場に小さな光るクリスタルが残される。そこに視線を合わせると、その内容が表示され、さらに一定距離内で手をかざせばそのアイテムが自動的に所持品に加えられる。


「それより[ヒヒイロカネ]はドロップしたか?」

「あぁ、欠片の方だけどな」

「やっと1つか。これはマジでPVで集めないと、効率悪いな」


 彼らは、姉妹タイトルからアカウントデータを共有する形で、このオンラインゲームにログインしている。故にアバターのレベルはカンストしているが、装備に関しては"引継ぎ制限"があり汎用装備で固められていた。


「そう言えば、サイトでヤバいプレイヤーを検索できるんだろ? どうだった??」

「あぁ、忘れてた」

「おいおい、確りしてくれよな。オンライン組はまだカンストしていないとは言え、本格的なPVギルドに囲まれたら、間違いなく押し負けるぞ」

「情報収集を丸投げしておいてよく言うぜ。……えっと、あぁ、1人、ヤバいソロPCが出現するってさ。危険度"S"、最高評価だな」

「ソロのS判定か。基準がよくわからないな」

「いくら強くても、所詮1人ソロじゃ知れているだろ? 余裕じゃね??」

「「だな」」


 ソロのS評価を楽観視する3人。しかし、残念ながら彼らは大きな勘違いをしていた。


「アバターネームは不明。通り名は"音斬りメイド"だって。メイドって」

「オンライン組のセンスは、本当に独特だよな」


 苦笑する3人。彼らはまだ若く、ネット独特の習慣ミームに馴染みがなかった。


「種族は"鬼"で、武装は"刀"だって。えっと、ログを解析したところ、斬撃が音速に到達する事から"音斬り"と呼ばれる様になった。平日の昼間など、人の少ない時間帯に出現する…………だってさ」

「今じゃん」

「そうみたいだな」

「ウケる。ニート確定だな。3人でボコって、素材を頂戴しようじゃないか!」

「じゃあ、俺が前で耐えるから、援護よろしく」

「「おっけ~」」


 騎士が盾を構えてアピールする。このゲームは、自由に動き回れる方式を採用しているが、有効な戦術はおのずと限られる。





『うぅ、羨ましいなぁ』


 竹林を、1人のメイドが進んでいく。


『ボクも、猫っぽくした方がイイのかな?』


 システム画面を閉じながら、メイドが不満を漏らす。しかし、その声は"非公開"であり、聞く者は居なかった。


『でもなぁ…………やっぱり成るなら、犬とか椅子なんだよね~』


 現れた魔物が、まるで通り過ぎるそよ風の様に、光になって散っていく。


『はぁ~、椅子になってご主人様を支えたい。犬になって、ご主人様に命令されたい』


 メイドは、確かにメイド服を纏っているが、腕には篭手、腰には刀、首には首輪が装備されており、一見するとただのスカートスタイルの刀使いでしかなかった。


『それでそれで! ご褒美に撫でてもらったり、叱ってもらったり!! あわよくば、ご主人様を舐めちゃったり…………はっ! なんてエッチな妄想を!? ごめんなさいごめんなさい』


 とても人様には見せられない表情を見せるメイド。装備もそうだが、このアバターの容姿は中性的であるものの、性別は"男"であり、技量もあって有名なプレイヤーであった。





「やっと見つけたぜ! お前、"音斬り"だろ?」

「あ、はい。一応、そう呼ばれています」


 3人がメイドの行く手を遮る。場所は竹林であり、姿を隠すのに適したオブジェクトが無い事から、3人は素直に対峙して、3対1の勝負を挑む事にした。


「ヘヘェ、お前、結構な凄腕らしいけど…………運が悪かったな。悪いがドロップは、頂くぜ!」

「あぁ、トワキンの人ですか。よろしくお願いします」

「「…………」」


 メイドが、落ち着いた表情で3人に会釈をする。対する3人は、この状況に全く動じる事のないメイドに対し、薄ら寒い"何か"を感じていた。


「余裕だな。まぁいい、油断してくれているなら、助かる限りだ」


 ジリジリと騎士が距離を詰め、侍が姿勢を低くし後衛を守る。そして最後尾の魔銃使いが構える銃が、光に包まれる。


 ――カチッ――


 静寂に包まれる竹林に、刀を返す音が響き渡る。次の瞬間…………


「「!!?」」

「なるほど、わざと刃を鳴らして、それでタイミングを合わせたんですね」


 騎士の死角を利用して放たれた光線が、メイドの一閃を受けて散り失せる。


「なっ! なんで対処できるんだ!?」

「え? あぁ、この刀にはミラーコートがかけてあって……」

「「そっちじゃねぇ!!」」

「あ、はい」


 必殺の奇襲戦法を初見で対処され、戸惑う3人。


 魔銃は、速射魔法に特化した魔法杖の亜種で、オフライン版に先行実装された新種の武器カテゴリー。それを利用した戦術は、オンライン版に成れたプレイヤーにとっては落とし穴であり、"必勝"と思われる戦法であった。


「なんで魔銃を使った作戦が分かったんだ!?」

「いや、弓とかなら昔からありますし」

「「うっ」」


 厳密に言えば弾速や軌道に差異があるのだが、それでも後衛が居るなら遠距離攻撃を警戒するのは当然。


 少なくとも、オンライン版では常識だ。


「まぁいい。それなら普通に倒すだけだ」

「数の暴力を利用する様で悪いが、恨むなら、ゲームデザインを恨んでくれよな!」

「はい。心得ています」


 依然として危機的な状況にもかかわらず、淡々ときり返すメイド。その態度に3人は戸惑いを覚えるも、今更引けるわけもなく、ジリジリと間合いを詰める。


 3人は、オフライン版であるトワイライトキングダムからシリーズを始めた"新規プレイヤー"だ。しかし、オフライン版にもネットを利用した通信機能は存在しており、少なくない場数を踏んできた自負があった。少なくとも、3人1組のPT戦においては"負けなし"と言えるほどの実力と実績があったのだ。


「「…………」」


 騎士と侍の視線が交差し、次の瞬間、騎士がメイドを盾で強引に押し出す。


「「貰った!!」」


 相手を押し出す盾スキル<シールドチャージ>は、押し出す過程で相手は一瞬浮き上がる。その着地する瞬間を狙い、侍と銃使いが同時攻撃を仕掛ける。


 2つの閃光がメイドを捉える。


「イイ当たりでしたね。やはり、レベルが高いと反動もズッシリ来ます」

「「!!?」」


 盾の衝撃を艶やかな口ぶりで評価しつつ、メイドはそよ風の様に侍の横を通り過ぎる。


 それを追うように、侍の首に赤い線が浮かび上がり…………突然、侍が光になって散る。その後には小さなクリスタルが残されていた。


「なぁ!? 何をした!!?」

「何って、斬っただけですけど?」

「そうじゃない! なんで攻撃したコッチが斬られてるんだよ!!?」

「えっと…………受け流しながら、返しの太刀で斬ったから?」


 メイドが、言葉の意味を探るように答える。


 3人は大きな勘違いをしていた。オンライン版、L&CにおいてS評価は"ランカー相当"を意味し、そこにソロや複数などの区分は存在しない。頻繫に勘違いされるが"ランカー"とは『ランキング入り経験者をさす言葉でも無ければ、ランキング入りしているプレイヤーをさす言葉でも無い』単純に、バケモノじみた強さを持つ者に与えられる称号であり…………高速で飛来する弾丸を両断するくらいの芸当は、当然やってのける達人の巣窟なのだ。


 玄人では達人に敵わない。この場で起きた出来事は、それだけの話なのだ。


「はぁ!? 何言ってんだ!!」

「チートだチート! 通報してやる!!」

「悪い事は言いません……」

「「??」」

「PVをやめて、普通にルート攻略や、ギルドなどでの交流を楽しむことをオススメします」

「はぁ!? チーターがなに上から目線で……」

「ボクよりも強い人は、まだ"沢山"居ます」

「「!!」」


 2人は心の中で『嘘だ!!』と叫ぶも、L&Cを知らない彼らに、その言葉を発する権利は無い。


「そろそろお昼の時間ですね。ごめんなさい、この後予定があるので、あまり時間はかけられないんです」


 2回ほど風が吹く。




 こうしてメイドは、静寂を取り戻した竹林を後にした。

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