#410 L&C6 ③

『なぁ、傲慢の残り体力、どのくらいだと思う?』


 マルスを失いつつも、何とかバルハラを乗り越えた俺たち。あまり口を動かす余裕がある相手ではないのだが…………即席PTに阿吽の呼吸を求めるのは無理な話。


『火も氷もダメージは通っているようだが、まだまだ余裕がありそうな感じだな』


 問題なのは何と言っても傲慢の"防御"なのだ。防御は大きく分けて『物理・魔法・属性』の3種類と、限定的に存在する特定条件(打撃耐性など)に分類されるが、物理と魔法に関しては一定まで上げるのは容易いが、そこから先が極めにくい特徴がある。対して属性は簡単に上げられるものの、対応属性にしか効果が適応されないため"受け"が狭く、裏目を引きやすい。


 傲慢は、忍者マスターに並ぶ高い回避能力を有しているため、物理防御を重視しているとは考えにくい。加えて、回避困難な削り技もあるので回避に全振りしている可能性も低い。よって、回避を重視しながら魔法防御を無理のない範囲まで上げ、そこから属性防御に割り振っているはずなのだが…………相変わらず傲慢の態度は高圧的で、構成が全く読めない。


『なぁ、魔法防御を捨てて、火と水(氷)、両方(の属性防御を)上げている可能性はないか?』

『有り得るが、可能性で行動方針をコロコロ変えてもいられないだろ?』


 ダメージ量こそ分からないが、エフェクトを見る限りクレナイの火属性とディスファンクションの氷属性は、傲慢の体力を削っている。しかし、傲慢は3つ目のリミットスキルをいまだ見せない。これは間違いなくコチラの戦略を予測し、対応した防御を固めた証拠だ。


 実際、最初のフルPTの時はダメージが通っていた。しかし7人になった今は、それぞれが勇者として名をはせ、明確に得意な戦闘スタイルや知名度の高い神器級装備を有している。この状況で対策しないのは、傲慢ではなく怠慢だ。


『くそっ! 攻撃が全く当たらねぇ! ディス! 他の属性で使えそうなのは無いのか!?』


 黒崎斬彦はギリギリの所で耐えているが、防御力の低さが仇となり苦戦している。マルスが落ちた今、秘薬は手持ち分に限られ、尚且つヒーラーは俺1人であり、流石に4人もカバーしきれない。ハッキリ言って、それぞれのテーマに合わせて揃えられた7人の勇者は、ボス戦をおこなう上で"片寄っている"と言わざるを得ない。


『念のため雷系もセットしているが、必中は無いぞ!』

『何でもいい! 反応を見る!!』

『分かった! <ライトニングランス>を使う! タイミング、ミスるなよ!!』

『応!』


 白の賢者が、轟く雷鳴の槍を具現化する。高速魔法の中ではトップクラスの単体攻撃力を持つ1撃だが、その分FFの危険があり、連携力が試される。


 雷鳴の槍が、視界外から傲慢を襲う。しかし、俺たちは傲慢のPS(プレイヤースキル)を知らぬ間に軽んじていた。


「その魔法、使わせてもらうぞ!」

「「なにっ!!?」」


 傲慢をとらえたと思われた雷鳴は、血刀の一閃を受け、軌道を変えてタンカーの69ロックを襲う。


「視線や動きを見ていれば、PT会話の内容も予測できる。迂闊だったな」


 突然の同士討ちに動揺したロックが、そのまま首を切断されて即死。本来なら物理攻撃で即死する体力ではないのだが…………雷鳴が見事に友情コンボになってしまった。


「まさか<ミラーコート>を使っていたとはな」

「正確にはクリスタルドラゴンの<オート・ミラーコート>だけどな」

「ボスエンチャとか……「反則だろ!!」」


 とんでもないレアアイテムに、思わず声をハモらせてしまう。


 ミラーコート:魔法防御を上げるバフスキル。追加効果で単体魔法を反射する。


 しかし、その反射判定は厳しく、見えていてもそうそう決められるものではない。それを視界外からの高速魔法で決めたのは、まさに神業。あの返しだけでも、SNSにUPすれば間違いなくバズるだろう。


「いや、お前らだって神器やボスエンチャ、使っているだろ?」

「え、まぁ、それは……」


 傲慢の冷静なツッコミに、思わず我に返る。ここにいる全員がそれぞれのトップであり、神器クラスの装備を誰しも1つ以上所有している。


 まぁ、最多保持者が真っ先にキルされているのだが……。


「ハハッ! だから言っただろ、傲慢に小細工は通用しないって!!」

「お前はどっちの味方なんだよ」


 テンションが上がったクレナイが、思わず傲慢のプレイングを自慢する。俺たちは即席チームであり、それぞれ微妙に立場が異なる。それで言うと、ヘアーズ所属のクレナイは、勇者同盟に所属する4人と対立関係にある。


「まぁ、そう言う事だ。悪いが、タンカーも排除したので、そろそろ後衛も狙わせて、貰うぞ!!」

「っ!!」

「させるか!!」


 詠唱の隙をつき、突っ込んできた傲慢に驚かされたが…………緑の弓士、BKスレイヤーがサブの片手剣に持ち替えてフォローしてくれた。何を隠そう、今回は構成的にサブの魔弓型で参戦しているが、本来は前衛であり、黒の断罪者の二つ名を持つ。


「BK、助かった!」

「上手くいったが、スキル構成は弓のままだ。期待はするなよ!」

「おう!」

「くそっ! こうなればヤケだ! 俺も<アイスブレード>を使う!!」

「「お、おぉ」」


 アイスブレード:氷の剣を召喚する魔法。攻撃力は魔力依存で、ダメージ判定は氷属性の物理攻撃となり、魔法防御を無視できる。


 ディスは咄嗟の判断で、氷剣に切り替える。冷気魔法はダメージエフェクトこそ出ているが、無視されている事からも"ほぼ"無効化されているのは明らかだ。加えて、単体魔法は反射されてしまうリスクがある。それなら一か八かで、防御にも使える氷剣を選んだようだ。





 しかし、ヤケクソにも思えるその判断が逆に良かったのか、俺たちはギリギリのところで持ちこたえている。


 推測の域を出ないが、もしかしたら傲慢は"遠距離攻撃耐性"を重視した構成なのかもしれない。少なくとも、遠距離攻撃を捨てたことにより、それらの対策スキルが無駄になっているのは確かだ。


「しかし、回復制限を無視する秘薬は、本当に厄介だな。それが無ければ、とっくに終わっているぞ」


 分かっていたが、やはり魔王の体力は"遠い"。秘薬もそうだが、長時間続く極限の攻防に精神はとっくに限界。おまけに、クレナイと斬彦の秘薬が尽きて、仕事は増えているんだから笑えない。とりあえず、現状で何も役に立っていないディスの支援は切るとして、それでどこまでもつか……。


「ごもっとも。よかったら傲慢おまえも使うか? まぁ、ボスは使えないから、転生しないとだけどな」


 クレナイと傲慢が手を止め、軽口を交わす。傲慢と正面から討ち合い続ける、クレナイの技量とメンタルには驚かされるが…………それにも増して驚愕なのはやはり傲慢だ。ステータスの優位はあるにせよ、俺たち全員を1人で相手取り、ほぼすべての攻撃をパリィし続けている傲慢の疲労は計り知れない。


「そうだな。条件は揃った様だし、お言葉に甘えるとするか」

「「??」」

「おいおい、もう勝ったつもりか? たしかにセブンでは初期スタートになるらしいが……」

「「!!?」」


 その時、世界が震えた。


「来るぞ! リミットスキルだ!!」

「おい、これってもしかして……」

「うっせやろ……」


 傲慢の魔王がゆっくりと宙に浮きあがり、噴き出す血しぶきが弧を描いて再びその身を包み込む。その姿はやがて繭となり、太古の災厄が現代に蘇る。


「間違いない! <真・魔王召喚>だ!!」


 真・魔王召喚:魔王専用のラストリミットスキル。自身を生け贄にし、原初の魔王を召喚する。


 スキルの説明には、生け贄だの召喚だのと書かれているが、実際にはただのフォルムチェンジ、よりゲームっぽく言えばラスボスの第二形態なのだ。しかしこのスキル、強力でありながら"ネタ"の汚名を受けた残念スキルなのだ。理由は簡単。追加の発動条件があり、時間切れで引き分けになる事も少なくない中で『その聖戦イベント中に他の全ての魔王戦が終了している事』が加わるからだ。完全に裏ストーリーを意識したスキルであり、セットするだけならヤってヤれない事は無い。しかしCルートのトップまで登りつめて、重要な魔王の防衛戦の切り札を運任せなスキルにするのには並々ならぬ精神的抵抗がある。昔、ビーストが配信で挑戦していたので演出だけは有名だが…………逆に言えばそれ以外の場で召喚が決まったと言う記録は存在しない。


「なぁ、ところで真・魔王アレの攻撃、誰が受けるの?」

「はははっ、流石は傲慢! 最初から、6世代の最後を魔王召喚コレで締めくくるつもりだったんだな!!」


 目の前に現れたのは10メートルはあろうかと思われる巨大なデーモン。見た目こそデーモンだが、これでも種族的には"古龍"なんだとか。まぁ、そんな設定の話はどうでもよくて…………問題はその巨体だ。同じ人物が操作しているとは言え、2メートルもない人型から、いきなり10メートルの大型個体に変化する。当然、同じ装備で対応できるわけもなく、そもそもタンカーの69が既にキルされている。


「思ったんだけどさ……」

「「??」」


 原初の魔王が大きく胸を張る。膨れ上がった胸部や体の節々が七色の光を放つ。


「俺の魔法、ダメージ通ってたんじゃね?」

「そうだな。軽減はあっただろうけど」


 魔王の口が輝きと共に開かれ、明後日な方向に咆哮を放つ。


「いや、調整のために生かされていただけだろ?」

「まぁ、イイところまでは削れていたって事で、いいんでね?」

「だな」


 極太のレーザーを思わせる咆哮は、途切れることなくゆっくりとコチラに流れてくる。まぁ、スローに感じるのは錯覚だろうけど…………とにかく、防御手段も無いのに即死級の全体攻撃が来る。つまりそう言う事だ。




 こうして俺たちの戦い、そして『Law and Chaos online 6』の栄華が、眩い光の中に消えていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る