#405(8週目日曜日・夜・セイン3)

「ブラウス! 出すぎるな!!」

「しまっ!?」


 迂闊に前に出たブラウスを、すかさず仕留めに行く。


 しかし、絶好の勝機に反して俺の背筋には冷たい気配が駆け抜けていた。便座カバーの戦法は、囮が居る事が前提で、当然、それを仕留めにいけば便座カバーも間違いなく仕掛けてくる。


「ッ!! …やはり仕掛けてきた」

「「なっ!」」


 予測出来ていたとは言え、流石に避けきれずに首筋に一撃を貰ってしまった。しかし、部位破壊判定(ダメージの追加ペナルティー)さえ貰わなければ問題ない。それよりも、便座カバーのサブウエポンの間合いが判明した利点は大きい。


「なぜだ! なぜ避けられた!!」

「いや、見ての通り避けきれなかったんだが…」

「そうじゃない!!」

「お、おう…」


 "必殺"の一撃で決めきれなかったのが相当ショックだったのか、明らかな動揺を見せる便座カバー。


「ちょ、今はそれどころでは!?」

「「なっ!?」」


 動揺する隙をついて、ブラウスをキルしてしまう。流石にもう、バカ正直に付き合ってやる必要は無いだろう。


「クソッ! 丸!!」

「おぉ!」

「遅い!!」


 慌てて立て直しをはかる丸んこを、大きく蹴り飛ばす。体術系スキルはセットしていないのでダメージは無いが…、頭に血を登らせるのにはコレで充分だ。


 視線を外し、丸んこの方にそっと左手を突き出す。


「貰った!」

「待てっ!!」


 突き出された左手に、吸い込まれるように放たれる短剣の突き。


 視界が狭くなった相手の行動は、驚くほど読み易い。俺は突き出された短剣を<白羽取り>で掴み、勢いを利用して丸んこを引き寄せ、そのまま心臓を一突きする。


「スロットを隠していたのは、お互い様ってわけか…」

「いや、俺のは"奥の手"ではない。馬鹿の一つ覚えと一緒にされるのは心外だな」

「ハッ! 言ってくれるじゃないか。いつ、俺の奥の手に気が付いた?」

「お前、"黒白天風"の黒い方だろ? アタリをつけて検索したら直ぐにヒットしたよ」

「なっ!!?」


 黒白天風とは、俺がL&Cを始める少し前に悪徳界隈に君臨していた伝説のペアPTだ。個別の名前は不明だが…、白い方が、氷系の妨害魔法で有利な状況を作り、黒の方が暗器を極力見せずに戦う、ちょうど便座カバーと同じ戦法を使っていた。


「図星のようだな。まぁ、この際本人かどうかは関係ない。"読み"が当たった。それだけの話だ」

「ふざけるな! アタリをつけると言ったって、俺はこれまでEDの活動でも一切手の内を見せていない! …そうか! 勇者同盟が俺を売ったのか!!?」

「あぁ~、そういう考え方も出来るか。しかし、俺を襲う作戦を勇者同盟は察知していないはず。それにもかかわらず有効な交渉材料カードを見せてくれるとは考えにくいぞ?」

「それはお前が!?」

「俺が勇者同盟に泣きつくと、本気で思っているのか?」

「ぐっ…」


 加えて、EDが姿を現し、ベンザロックが魔王になった一連の流れは、なんと1年の間に起きているのだ。勇者同盟の助力があったとは言え、L&Cを新規スタートしたプレイヤーが1年で頂点に君臨するのは不可能。故に、ベンザロックの過去の姿は、EDが現れる直前に活躍していたPCを調べれば、おのずと絞れる。


 それに、大きなヒントは、もう1つあった。


「そら! とうとう1人になったぞ!!」

「なんの!!」


 俺の攻めに必死で応戦する便座カバー。しかし、仲間を失い、根本的な戦術が機能しなくなった今、奇策のために組み上げた歪なビルドが足を引っ張る。


 結局のところ、強いのはやはりスバルのように基礎が確りできている正統派の戦術だ。確かに意表をついて得られる勝利はあるだろう。俺も"奥の手"を用意する事は否定しない。しかし、余計なことを仕込めば仕込むほど、肝心の正面戦闘が弱くなる。


 便座カバーとバハム~チョでは、強いのは便座カバーだ。しかし、それは便座カバーの戦術が強いからではない。単純に『便座カバーが強いから』であって、その事はバハム~チョもある程度理解しているのだろう。だからバハム~チョは、便座カバーを超えるために正統派の二刀流を極めようとした。


「そうやって、普通に戦えば…、まだマシなものを…」

「黙れ!!」

「"アイツ"もそうだ。実力はあるのに、地位や目先の優越感に目が眩んで、足元が疎かになる」

「しまっ!?」


 武器を切り替えようとした隙をつき、すかさず便座カバーの足を獲る。いくら暗器の武器交換が早いと言っても、正面きっての打ち合いで俺がそれを許すわけはない。


 そして何より、俺と便座カバーには明確なアバターの性能差がある。レベルカンストして装備も潤沢な俺に対して、人目を忍んでプレイしていた便座カバーの攻撃はあまりにも弱く、打ち合いになれば簡単に当たり勝ってしまう。


 どうにもテンションが上がらないのは、その為だ。


「くそっ! さっきから訳のわからない事を! いったい何の話だ!!?」

「アイツはアイツだよ。白の賢者、ディスファンクション」

「あっ…」


 突然、我にかえる便座カバー。俺を出し抜く事ばかりに気を取られ、本当に今まで、こんな簡単なことにすら気づけなかったようだ。


 ディスファンクションは、ベンザロックとほぼ同時期に勇者になっており、それまでの経歴も不明。戦闘スタイルは黒白天風の白い方とほぼ同じで、見た目の特徴も一致する。これは憶測だが『EDの裏のリーダー』的な存在でもあったと思われる。少なくとも、設立してしばらくの間は…。


「もういいだろう。これで、終わりだ!」

「しまっ!?」


 呆けた便座カバーの首を一閃。当然、ステータスや装備で優っている俺の急所攻撃を、便座カバーが耐えられるはずもなく…。




 こうして、ED、そして便座カバーとの戦いは、本当の意味で終わりを迎えた。

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