#403(8週目日曜日・夜・セイン2)

「お願いします!」

「任せとけって!!」

「 ………。」


 丸んこが足で撹乱して、ブラウスが遠距離単体魔法で援護する。相変わらず便座カバーは様子見を決め込んでいるが…、流石に2人が落ちるまで待つことはしないだろう。


「ヌルい太刀筋だな。本職でないのは理解しているが…、それで俺を倒せると、本当に思っているのか?」

「チッ! 流石に刃がたたないか」

「いやいや、セインさんのハードルが高すぎるんですよ。丸さんはこれでも、そこらの短剣使いと互角以上に渡り合えるんですよ?」


 丸んこの連続攻撃を苦も無くイナし、ブラウスの攻撃は…、わりと勝手に外れてくれる。


「つか、ソレ[風精霊の祝福]だろ? どうやって手に入れたんだよ!?」


 遠距離攻撃の軌道を曲げているのは、EDの見立て通り[風精霊の祝福]。帰国イベントをクリアしたら報酬として、ランダムで同ランクのアクセサリーが手に入る[アクセサリーボックス]が貰え、そこから出たわけだ。


 ハッキリ言ってハズレ枠。同ランクのアクセサリーには特定の状態異常の無効化や、もっと直接的に役に立つステータス補正系が多いので…、受け身な上にデメリットもある[風精霊の祝福]は、6時代は捨て値で取引されていた。


「くだらない質問だな。入手方法を知ったところで、お前たちの実力では実現不可能だ」

「それはそうかも、ですけどね! あと、軌道変化する魔法を当然のように避けるの、やめてくれませんか!?」


 しかし、使ってみればランクが高いだけあって(現状なら)充分使える。何もしなくても遠距離攻撃が数割の確率でノーダメージになる。おまけに、(魔法ではあまり意味はないが)僅かでも軌道が変化すれば急所を射貫かれる心配も減るわけだ。


「そんな事より。さっきから微妙に立ち位置を調整するだけで、仕掛けてこないなら…、よっと、終わりにするぞ?」

「ぐそっ! 手首をやられた!!?」


 視界を便座カバーに向けて"作ってやった"隙に、喰いついてきた丸んこの右手を貰う。こんなブラフにもアッサリ引っかかる。ブラウスも含めて、2人のPSはこの程度だ。


「仕掛けたいのは山々なんだが…、ここまで徹底的にマークされてわな。お願いだから、俺にも"隙"を分けてくれないか?」


 オーバーアクションで反論する便座カバー。マークと言っても視線は外していたのだが…、やはり"意識の隙"を感じ取る力はあるようだ。


 EDは『悪徳ギルドのトップ』と謳われた組織だが…、所詮は本筋の攻略から横道にそれた者の寄せ集め。組織的な連携こそ厄介だが、戦闘に関して言えば、バハム~チョと便座カバーの2人以外は取るに足らない烏合の衆だ。


 しかし、便座カバーが俺の予測通りのプレイヤーなら…、俺が負ける可能性も出てくる。だから当然、警戒を解けるわけはない。


 それは丸んこやブラウスの攻撃を貰っても、だ。


「へけけ、実は俺、左利きなんだよね~」

「魔法は矢と違って短剣ではイナせませんよ!」

「「 ………。」」


 若干、周囲を飛び回る羽虫が煩いが…、俺たちは視線だけで激しい駆け引きをする。


「いいだろう。自分から仕掛けるのは流儀に反するが…、そうも言っていられないようだ」


 しかし言葉とは裏腹に、便座カバーの戦法は徹底的な不意打ち。視界から外れるまで仕掛けることはおろか、武器すら見せない徹底ぶりだ。


「流石は悪徳のトップ。戦法までトコトン邪道だな」

「褒め言葉として受け取っておくよ。あと、背後からの攻撃を当然のように回避するの、やめてくれない?」

「それなら武器のリーチを教えてくれよ。弾き返してやるからさ」

「「 ………。」」


 6時代、怠惰の称号を冠していた魔王の名は"ベンザロック"。怠惰は本来、勤勉(賢者)と対をなす魔法系の頂点だが…、ベンザロックはMPを<眷属召喚>につぎ込みつつも、自身も前に出て乱戦で相手を仕留める異色の戦闘スタイルで魔王の地位まで登りつめた実力者だ。


 戦法は、便座カバーと全く同じ。ひたすら死角から不意打ちを狙う邪道戦術。まぁ、この手の戦法の使い手はそこまで珍しくもないのだが…、この戦法で"達人"と呼べるほどにPSを昇華させた者は稀も稀。この手の戦術はAI制御の魔物には意味が無く、なによりイチイチ戦闘に準備や駆け引きが必要になるので、とにかく効率が悪い。これをバカ正直に極めたベンザロックは、掲示板では『傲慢の魔王以上に性格が歪んでいる』と絶えず叩かれていた。


「まぁいいや。ソレ、[トゥルス]だろ? その、独特の風切り音。俺も使った事があるから直ぐに分かった」

「まいったな。正解、これが俺の武器エモノだ」


 そう言って、形容しがたい形のナイフを見せる便座カバー。その形を無理に例えるなら"卍型"だろうか?


 トゥルスは、ブーメランとナイフの中間の武器で、カテゴリーは"暗器"となる。形は特に決まっておらず、投げた場合、何処が当たっても一定の殺傷力が得られるようになっている。刀身が不規則に枝分かれしているので、対処しにくく、なにより使いにくい武器だ。


「それで、どうするんだ?」

「どうするとは?」

「1人「なっ!!?」カカシになったんだが」

「丸さん!!」


 さっきから周囲を飛び回っていた目障りな丸んこハエの足を落とす。まだ片足が残っているが、部位破壊による移動ペナルティーは、すでに致命的なものだ。


「ほんと、出鱈目な強さだ。やはりバハム~チョ肉壁を1枚失ったのは痛いな…」

「そういう所は、本当に"アイツ"とそっくりだな」

「?? まぁいい。俺を本気にさせたこと、今、後悔させてやる」

「知るか。喧嘩を売ってきたのはソッチだろう?」

「ハッ! そうだったな!!」


 地を這うような動きで突進してくる便座カバー。




 回りくどいやり取りの終わりに安堵しつつも…、ようやく戦場に、刃と刃が討ち合う音が木霊する。

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