#402(8週目日曜日・夜・セイン2)

「なるほど、いい判断だ」


 バハム~チョが背中を見せ、すかさず剣を納めて全力疾走するナツキ。戦闘状態を解除しているわけではないので重量ペナルティーはそのままだが、それでも腕を振って走るだけで多少は速力を確保できる。


「ここで決めます!」

「 ………。」


 今までの饒舌ぶりは何処へやら。覚悟を決めて身構えるコノハに対して、無言で答えるバハム~チョ。ゾーンと言えばいいのか、完全な集中状態に入ったバハム~チョは、周囲の空間を『自分の手足の延長』のように感じている事だろう。


 まだ距離のあるSKと、予想を(僅かではあるが)超える速度で追うナツキ。勝負はバハム~チョがコノハを間合いにとらえた瞬間。このまま止まることなくコノハを行動不能にすれば、バハム~チョの勝利は確定する。


 しかし、今のバハム~チョにはソレが出来ない。


 コノハの突きを躱し、懐に潜り込んで、ナツキを同時に仕留めようとするバハム~チョ。背後から迫る足音を感じ、正確なナツキとの距離を把握しているバハム~チョには、戦いの高揚感から"欲"が生まれてしまう。


 しかしその時、ナツキは跳んでいた。そう"ジャンプ"だ。それも幅跳びでは無く、高跳び。バハム~チョなら、ナツキが離れた場所から大きく地を蹴ったことは察知できただろう。セオリーからして、ナツキが『突進系のスキルを温存していた』と考えたはずだ。


 しかし、その正体は移動スキルの<跳躍>。立体的なダンジョンで使われる事はあるが、基本的には実戦では使われることのないネタスキル。それを盾持ちのナツキが使うのだ。いくら集中していたからと言って、この動きは流石に予測できないだろう。


「!!?」


 振り返って、そこに居るはずの影が無い事に驚き、動きが止まるバハム~チョ。とうのナツキが居るのは頭上、無音で直上から落下してくる相手は、流石に気配だけでは読み切れない。


 そのままナツキは、剣も抜かずに盾でバハム~チョの頭を殴打する。ダメージはこの際どうでもよく、ただただ相手の思考を止めるため、視界を揺らすための一撃だ。これによって完全に動きの止まったバハム~チョは、SKの攻撃で呆気なく首を刎ねられ即死する。


 結局、極限の戦闘で"最適解"を選んだバハム~チョが裏をかかれる形で、試合はナツキたちの勝利に終わった。


「よっし!!」

「やったね、お姉ちゃんたち」

「はぁ~。もう、なんか、なんだ? はぁ~~~」

「「えぇ…」」


 語彙力を失いつつも、その場にヘタり込むナツキの姿を見て、2人が苦笑混じりに肩を寄せ合う。今回の一戦は、3人ともベストを尽くしたが…、それでもMVPを上げるなら、やはりナツキだろう。


「これは…、割って入るのも無粋か」


 勝利の余韻を分かち合う3人に背を向け、俺は歩みを進める。




「チッ! 間に合わなかったか」

「まいりましたね。あわよくば4対1、最悪でも4対4になる予定だったのですが」

「 ………。」

「はぁ~。悪徳ギルドに無粋さを説いても無駄か…」


 そして対面するのは、丸んこ、ブラウス、便座カバーの3人。


 自警団と対峙していたはずの3人が、何食わぬ顔で関所の方からやってきた事実。これは自警団が壊滅したと見るべきか…、それとも清十郎自己中が厄介な連中を"わざと"逃がしたと見るべきか…。


 自警団が素直に助力を受け取るわけもないが、それでもこんな事になるくらいなら、何人かフォローできる人材を向かわせておくべきだった。


「セイン! 悪いがお前にはココで死んでもらう!!」

「無駄なことを…」

「確かに。我々のEDとしての活動は再開不可能と言ってもいいでしょう。しかし、負けたまま仕切り直すのも違うと思いませんか?」

「知ったことでは無いな」

「へけけ、結局、言葉なんて不要なんだよ!」

「 ………。」

「「 ………。」」


 無言の睨み合い。


 相手としては申し分ない相手なのだが…、流石に今回は『空気読めよ!!』と言う気持ちで胸がいっぱいだ。


「ちょ! なんだお前ら!!」

「EDの人たち、の、ようですね…」

「お礼参りってヤツ? 悪いけど、奇策とは言えバハム~チョは正々堂々倒したk…」

「あぁ~、そういうの、もうどうでもいいから。俺たちはただ、セインソイツをキルしたいだけ。だから雑魚は、すっこんでてくれるかな?」

「なんですって!!」


 当然、ナツキたちもやり取りに気づいて駆け寄ってくる。


「あぁ、3人とも悪い。折角の雰囲気をぶち壊しにして。これは俺の落ち度だ。コイツラは俺が何とかするから、3人はゆっくりしていてくれ」

「ちょ、私たちも…、いえ、今のは忘れてください」

「だな、アタシも戦いたかったけど、ここはアニキに譲るか…」

「その、お兄さん、頑張ってください!!」


 日数としては浅い付き合いであるものの、俺の性格を理解して身を引く3人。今回に関しては、全く気ノリしていないので手伝ってもらっても構わないのだが…、今さら『手伝ってください』と頭を下げるわけにもいかないので、ここは当初の予定通り、1人で戦う事にする。


「なんだ、物分かりがイイじゃないか。これで3対1。悪いが勝たせてもらうぜ!」

「丸、あまりフラグチックなことは言うなよな」

「おっといけない。それじゃあ、えっと…」

「粛々と、キルさせてもらいます」

「そう、そんな感じ!」


 そう言って取り囲むわけでもなく、連携して戦う構えを見せる3人。


 先ほどの戦いを見たところ、丸んこはアイテム主体で戦う短剣型スカウトだ。これまでの戦いで殆どの消耗アイテムは使い果たしているはずだが…、アイテムに頼らない短剣での立ち回りは不明。


 対してブラウスはロッド(魔法攻撃力増加効果のない杖)で距離を維持しながら戦う魔法使い。周囲攻撃は見ていないので、メインは物理の可能性が高いが…、こんな事になるのなら1~2発貰ってダメージ量を確認しておくべきだった。


 そして問題なのが便座カバーだ。コイツは近接班に混じって指示を出していただけなので武器種すら分からない。逆に言えば、完全に武器グラフィックを隠せる、短剣や暗器である可能性が高い。


 まぁ、便座カバーの場合は他に大きなヒントがあるのだが…。




 こうして、EDとの決着と言うべき戦いが幕を開ける。

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