#396(8週目日曜日・夜・????)

「くそっ! ム~チョのヤツ、何を悠長に!?」

「あの変な鎌に気をとられている感じだな」


 俺たちは岩陰で、終わらない戦いに苛立ちをあらわにしていた。


「たく、これだから戦闘狂は面倒なんだ」

「全くだ。戦いに美学を持つのは勝手だが、それに付き合わされる身にもなって欲しい」


 近くのゲートは抑えているので、PCが通過すれば即座に対応できる。しかし、邪魔だからと言ってキルしても目立つだけ。秘密裏に作戦を完遂させるには、やはり、早期決着が望ましい。


「どうする? いくら人通りが少ないって言っても、来ない保証はない。今、チャンスを逃せば…」

「皆さん、落ち着いてください。今日はイベントの最終日、それにもうすぐ自警団の襲撃もあります。こんな時にわざわざ過疎エリアに狩りにくる物好きは、そうそういませんから」


 因みに、CiNがゴブリン村を襲撃するのは約1時間後となる。誘導目的の襲撃作戦が遅いのには2つ理由があり…、1つは同じ時間だと不自然に思われる可能性があるから。


 そしてもう1つは、毎回、自由参加の連中が時間よりも早く突撃しはじめるからだ。それ自体は問題ないが、自警団もそれに合わせて時間前から警備を固めるので…、妹グループとの試合は、それを加味した時間となっている。


「それもそうだが、だからってED俺たち雁首がんくび揃えて待ち惚けってのも、バカバカしい話だろ? 便座カバーリーダー、アンタはどうなんだよ?」

「 ………。」


 場を落ち着けようとするブラウスに、静観を決め込む便座カバー。俺たちはあくまで悪徳ギルドであり、攻略ガチ勢ではないが…、それでも悪徳のトップとして、これ以上時間を無駄にするのは看過できない。


「そう言えば、自警団に放っていたスパイが揃って指名手配されたんだってな。その辺、大丈夫なのか?」

「まぁ、良くはないですが…、襲撃自体は問題なく実行出来ます」

「そうなると、戦力バランスを調整するヤツが居ないって事になるな。できれば生かさず殺さずで、いがみ合い続けて貰いたいから…、新しい協力者を、用意しないとだな。チラチラ」

「わざわざ口で目配せをしなくても、分かっていますよ。はぁ~~、頭の痛い話です」


 一時は上手くいっていた自警団のスパイ作戦は、主力のK1が指名手配される形で突然終わってしまった。一応、まだK1以外にもツテはあるようだが…、実力や立場を考えると後任の都合は難しいようだ。


 まぁ最悪『主要メンバーが転生して自由に行動できる基盤が作れる』までCiNが機能してくれていればいい話なので、そこまで悲観するような状況でも無いのだが…。


「おい! 助っ人が追い込まれているぞ!?」

「はぁ~つっかえ。相性が悪いとは言え、初心者相手に押されて、恥ずかしくないの?」


 見れば、メイン火力の鎌使いがターゲットを盾持ちに変更したようだ。確かに盾は変則軌道の武器には弱いので、このままでは盾使いがキルされる可能性はある。しかし、ム~チョはフォローする気はないようだ。


 まぁ、気持ちは分からなくもない。ム~チョは前回、同じ短剣使いのセインに惨敗してから『打倒セイン』をかかげて猛特訓をしていた。短剣の立ち回りやスキルツリーを見直し、戦闘スタイルを矯正するだけでなく…、セインのスタンスを学び、(安易に速攻で倒すのではなく)相手を観察して様々な状況に対応できるPSを養ってきた。


 そんなム~チョが、セインをキルする作戦で外されたのだ。代わりに、セインの弟子である妹グループと戦う役を買って出てくれたが…、その心は"協力"ではなく"妥協"であった事は察するに余りある。


「マズいな。もしかしてム~チョのヤツ(セインとの戦いから外されて)腹いせに焦らしてるんじゃないのか?」

「あり得るな。ギリギリまで"セインと一騎討させてくれ"ってゴネていたし」

「これは…、マズいですね。ム~チョさんなら3対1でも勝てると思いますが、体力の残り方次第では…。それに、もっと最悪の事態も、念のために考慮しておかないと」

「「 ………。」」


 皆の視線が便座カバーに集まる。


 考えにくい事だが、ム~チョがセインと何らかの取引をしている可能性も否定はできない。例えば『(セインとの)一騎討を受けるかわりに妹グループに手心を加える』とか。


「仕方ない。予定とは違うが、今からセインをキルする!」

「「おぉぉお!!」」

「バフをかけろ! 録画をまわせ!!」

「セインの無様に逃げ惑う姿を、全世界に配信だ!!」


 便座カバーの一声に沸き立つ面々。俺も作戦開始をログアウトポイントで警備しているメンバーに伝えて、配置につく。


 作戦は非常にシンプル。丸んこが率いる中距離牽制部隊がセインの接近を妨害して、ブラウス率いる遠距離部隊が弓や魔法でひたすら削る。とは言え、相手は背後からの狙撃も平然と避けるバケモノだ。予定通りにいかないのは容易に予測できる。よって、便座カバーが近接部隊を指揮しながら不測の事態に備え、さらに愚息蟲やDが各地のログアウトポイントをおさえる。


 1人相手にココまでするか? っと思わなくはないが、相手は"対人最強"と言われるセインだ。ゲームの仕様的に絶対に勝てるだけの条件が揃えられた。


「配置についたが…、一番槍は誰がヤルんだ?」


 最初の1撃を何にするのかは重要な問題だ。セインがいくら観戦モードと言っても、フィールドに出ている以上、フル装備なのはまず間違いない。


 周囲魔法で確実に1発当てるのか?(魔法は干渉するので一ヶ所に複数放てない)それとも矢を集中砲火して最大火力を狙うのか?(矢も干渉するが魔法ほど判定は厳しくない)あるいはステータス攻撃を狙うのも手だ。(ステータス攻撃は射程が短いデメリットがある)


「そうだな…。丸!」

「あいよ!」

「ステルスで背後から接近して、<麻痺毒>をお見舞いしてくれ」

「それは構わないが…、治療されたら終わりだぜ?」


 麻痺は、一定時間SPと器用さにデバフを加えるステータス異常だ。ダメージは無いが、行動に制限を加えられるので後々の展開を優位に進められる。まぁ、セインがショートカットに[万能薬]をセットしていたら無駄になるが…、ステータス回復アイテムはショートカットから外している、あるいは少量しか持ち歩いていない場合もあるので、試す価値はあるだろう。


「ダメもとでも決まれば大きい。俺たちのスタンスは"焦らず慎重に"だろ?」

「ん~、…だな。それじゃぁ、コソコソ行ってくらぁ」

「任せたぞ」


 忍び足でセインに近づく丸んこ。


 ステータス異常攻撃は射程こそ短いが、魔法や弓よりも予備動作が控え目なのが利点だ。セインは周囲警戒を担当しているので、時おり振り返って周囲を確認する素振りを見せるが…、基本的には警戒スキルがあるので頻繁に振り返ることは無い。それを踏まえて考えると、攻撃時に隠蔽が大きく下がる魔法や弓を避けたのは正解だと思える。


『もうすぐ射程内に入る。今日は久しぶりの全員参加の作戦だ。リーダー、合図を頼む!』

『分かった。それじゃあ…、セイン暗殺作戦、ミッションスタートだ!!』

『よしきた!!』


 丸んこが一歩踏み出し、麻痺毒を投擲する。それに合わせて、岩陰に隠れていた俺たちも一斉に飛び出す。


『な!(軌道が)まがった!?』


 セインに向かって投擲したはずの麻痺毒が、ヌルリと滑るように軌道を変え、地面に落ちる。


「誰かと思えば、いつぞやの毒使いか。見ての通り、今イイところなんだ。後にしてくれないか?」


 突然現れた丸んこに対して、驚くほど平然と返すセイン。考えたくはないが、襲撃されることは予測していたようだ。


「相変わらずの澄まし顔だな。悪いが今回はそうもいかないんだ。セイン! お前はココで死んでもらう!!」


 そう言って下がりながら再度麻痺毒を投擲するも、これも軌道がそれて地面に落ちる。


「精霊魔法? いや、[風精霊の祝福]か!?」

「さぁ、どうだろうな…」


 風精霊の祝福とは、遠距離攻撃の軌道をランダムで変更する、パッシブ型の遠距離防御アクセサリーだ。カテゴリー的には、状態異常を無効化するアクセサリーの一種だが…、高ランクの装備で現状では入手不可能なはず。しかし、挙動を見るかぎりは風精霊の祝福か、同系の魔法を使用している可能性が高い。


「チッ! 俺たちの行動を、完全にお見通しってか!? だが、所詮はランダム回避、周囲魔法には無意味だぜ!!」


 一見すると作戦を看破されてピンチに思えるが…、便座カバーの口元はニヤリと吊り上がっている。


 それもそのはず、風精霊の祝福は、確かに遠距離の単一対象攻撃には有効な防御手段だが…、これはあくまで"ランダム"に軌道を変えるだけで、確実に外れる保証はない。本来は、動かず攻撃に専念する砲台型の魔法使いや弓使いが、念のために装備する運頼みの回避装備なのだ。


 つまり、動き回る回避型が使うと『軌道が予想外の方向に曲がるので逆に回避しにくくなる』というデメリットが発生する。策士策に溺れるとは正にこの事。襲撃すらも予測したセインの慧眼には恐れ入るが、同時に攻略の切り口を早々に発見できてしまった。




 こうして、俺たちとセインの戦いは幕を開けた。

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