#394(8週目日曜日・夜・ナツキ)

「はぁ~~…、ついに、この時が来たのね…」

「なんでアナタが、開始前にそんなに落ち込んでいるのよ」


 夜、私たちはイベントそっちのけで、とある場所に来ていた。その場所とは…、何とも形容しがたい、魔人領に近い殺風景な荒野だ。本当になにも無いので、何らかの目的を持ってPCがココに来ることは無い。


「ほっといてよ。でも、今日でこの心労が終わると思うと…、うん。もう何でもいいから早く終わらせてちょうだいって感じ」

「アナタ、どんどん発言がいい加減になっていくわね」


 話の相手は、商人のユラン。これから戦う相手と世間話のような会話をするのはどうかと思うが…、実際、試合は本人の手を離れ、収拾がつかなくなるほど大きくなっている。それが今日、この場で解決するのだ。(口には出さないが)ユランの気持ちはよく分かるし、同情もしている。


「へへ、それより早く始めようぜ。強いヤツを集めてくれたんだろ?」

「私が集めたわけじゃ、ないけどね…」

「その、ユランさん…」

「ん?」

「いいんですか? こっちに居て…」

「いいのよ、もう、私に出来る事なんて無いんだから…」


 少し離れたところに、イカツイ男性PCが3人。ピリピリした空気を放っている。ユランが私たちのところに居るのは『対戦相手の私たちよりも、助っ人の隣の方が居心地が悪い』って事なんだろう。


「 …。…。」

「 …。…。」


 そして、そんな人たちを臆することなく、普通に話しかけて試合の最終確認をしているのが…、他でもない、セインさんだ。


「分かっていると思うけど…、あの3人、アナタ達よりも強いから呼ばれたのよ」

「まぁ、そうでしょうね。でも…、その3人より、セインさんの方が強いわよ?」

「ハハ! アニキなら当然だな!!」

「お兄さんは…、負けるところ、ちょっと想像できないですね」

「なんでアンタ達、そんなに自慢げなのよ…」


 呆れた顔を見せるユラン。戦うのは私たちなのでセインさんの強さは関係ない。しかし、そのセインさんが私たちの師匠なのもまた事実。まぁ、実際にはレベルが違いすぎて殆ど指導を受けていないのだけど…、それでも、心構えやヒントは、いつも教わっているつもりだ。


「お待たせ。よろこべ、相手チームにランカー経験者がいるぞ」

「やっぱりか! これは楽しみだな!!」

「「 ………。」」


 この状況を楽しめるのは戦闘狂の2人だけだ…、と言うツッコミは、心の中にそっと仕舞っておく。


 それはさて置き、セインさんも戻ってきて、やっと試合が始まるようだ。相手は3人。ユランとセインさんは試合に参加しないので、ハッキリ言って絶対的に不利な対戦カード。それこそ、後出ししてくる相手にジャンケンで勝てと言われているようなものだ。


「それじゃあ、来ないとは思うけど…、魔物やPCが近づいてきたら俺とユランたちが対処するから。悔いの残らないよう、戦ってこい」

「「はいっ!」」

「え? 私も!?」


 露払いに自分もカウントされていたことに驚くユラン。


 もちろん、彼女には全く期待していないが…、2方向から同時に魔物が来る可能性もあるので囮くらいにはなるだろう。まぁ、ならなくても試合が中断されることはないんだけど。(最悪魔物にキルされても生き残った方が勝ちとなる)




 そんなこんなで、私たちは前に進み、対戦相手の3人と向かいあう。


『お姉ちゃん、あの真ん中の人。多分だけど…、EDの幹部だよ』

「え!?」


 思わずオープンで声をあげてしまった。


 もちろん、それなりの実力者が出てくることは予想していたが…、陰湿で、シッポは出しても体は見せない(個人的なイメージ)EDが、私たち相手に幹部クラスを出してきたのは驚きだ。


 ほかのランカーを雇うお金が無かったってことは無いだろうから…、他のランカーを雇ったうえで、自分たちからもランカーを出した、と見るべきか? それとも何かもっと…。


『名前は確か…』

「はじめましてお嬢さんたち。俺の名は"バハム~チョ"。前に自警団を襲った時、無様にセインに返り討ちにあった…、しがない短剣使いだ」

「「!!?」」


 直接面識は無かったので完全に忘れていたが…、コイツは以前、転送サービス封鎖事件でセインさんと戦ったEDの幹部だ。今日は"丸んこ"は居ないようだが、バハム~チョ自体は完全な実力派。もちろん、その時はセインさんが勝利したが…、セインさんと正面から短剣で討ち合いが出来るだけでも、充分ヤバい。それこそ…。


「よくわ分からないけど、もしかして相当ヤバい相手なのか?」

「そうよ。身近な人で言えば、ニャンコロさんと同格ね」

「ハハッ! それは面白そうだな!!」

「「はぁ~~ぁ」」


 流石に今回はコノハも深いため息をついた。なにせ相手はニャンコロさんクラスだ。3対1でも勝てるかどうか…。


「つか、本当に名乗るんだな」

「今回は同意があるからいいけど…」

「これは俺個人のポリシーだ。付き合う必要はないさ」

「そうか。まぁアレだ、俺は金で雇われたしがない傭兵だから名前は名乗れないけど…、個人的なアドレス交換なら…」

「あぁ! コイツの事はレイピア使いでいいから!!」

「ちょ、何するんだよ!?」


 ピリピリした空気は何処へやら。突然ナンパしてくるレイピア使いに、それを止める盾持ち。流石にセインさん相手にふざけろと言う方が無理があるが…、少なくとも(丸んこのような)陰湿な感じではないので一安心だ。


 2人の見た目に関しては、レイピア使いは長目のレイピアで、アウトレンジから一気に間合いに飛び込んで突きを放つフェンシングスタイルに見える。レイピアは魔法型も多いので、サブで魔法も仕込んでいる可能性にも注意だ。


 盾持ちは、鈍器メイスを装備しているが、それよりも服装が気になる。服装は僧侶系で、各種回復や魔法防御を得意としており、搦め手や持久戦に強い。


『お姉ちゃん、多分この2人。サポートに特化した助っ人なんだと思う。短剣の人が安心して戦えるように、みたいな』

『なるほどね…』


 相手の装備を見て、ギリギリまで対策を考える。相手もソレはお見通しだろうが…、幸いなことに試合開始をせかす事はしてこない。


 その点に関しては、相手が武人気質のバハム~チョで助かった。


「話し合いは終わったか? そろそろ始めたいんだが…」

「えっと、よろしく、お願いします」


 むしろ、紳士的でやりにくいくらいだ。


「よし来た! それで、合図はどうするんだ!?」

「ダブルリッパーか。そうか、なるほど…。あ、合図だったな。好きなタイミングで始めてくれ」


 何やらシゲシゲとダブルリッパーを見つめるバハム~チョ。


 今回、相手にとって唯一イレギュラーがあるとすれば、SKの武器が大鎌からダブルリッパーに代わっている事だ。一応、なんとか形だけは仕上げてきたが…、それでも実力の差はあまりにも大きく、加えて、相手は奇策に頼るのではなく、堅実に実力差を活かす作戦。


 分かってはいた事だが、これは苦戦しそう…、いや、苦戦するところまでいけるかどうかすら怪しいレベルと言っていいだろう。


「それじゃぁ、遠慮なく!!」


 開口一番、SKが一気に距離をつめる。鎌は左手、大きく右手を突き出し、そちらに視線を誘導する。しかし…。


「おっと。なかなか面白い攻撃だが、流石にその見た目で奇襲は無理があるな」

「ははっ! やっぱり通じないか」


 軽快に笑い飛ばすSKだが、開幕早々、手札の強力なカードを使い切ってしまった。


 奇策であるダブルリッパーの攻撃が、1番輝くのは最初の一撃。それを難なく回避したバハム~チョの実力は…、悔しいが認めざるを得ない。


「おぉ~。面白いスタイルだな」

「いいもの見せてもらった。俺なら、今のでやられていたね」

「へへ、これは、使う相手を間違えちまったかな」

「そうかもだけど…、それは試してみないと、分からない事、だろ!」

「確かに!!」


 素直に賛辞を送ってくれる助っ人2人。


 正直に言って、相手の性格に関しては完全に諦めていたが…、意外や意外、普通に良い人そうで助かった。




 そんな事を思っていたら…、助っ人もアッサリ対応してきて、心の中で『全然良くないよ!』と自分にツッコミを入れつつも…、ユラン(本人は戦わないが)との試合が始まっていく。

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