#389(8週目土曜日・夜・セイン)
「ふん! それで、用事って何よ!?」
「えっと、その、悪いな、急に呼び出して。でも…、いや、何でもない」
「「??」」
夜、俺はアイたちと別れた後、明日に向けて何人か鍵となる人物に話をつけにまわっていた。そして今は、酒場でHiとLuに会っているところだ。
あとどうでもいいが、Hiはなんで毎回、こうも怒っているのだろうか? まぁ確かにハルバDではボッコボコに叩きのめしてやったので、その恨みやライバル意識があるのだろうが…、出来ればそろそろ水に流して欲しいところ。
「ごめんなさいね~。ヒィちゃん、口は悪いけど、別に嫌がっているわけじゃないから。許してあげて~」
「ヒィちゃん言うなし! あと、許すって何よ!!」
「まぁまぁ」
因みに、俺もHiに嫌われているのは分かっているので、この手の話はSiに通すようにしているのだが…、どうにも毎回都合がつかず、代理で2人が来ることになってしまう。
やはり、Siには
「悪いが時間も惜しいので本題に入らせてもらう」
「ふん!」
「えっと、さっき勇者同盟の連中に会ってきたんだが…、少なくとも表向きは、EDの残党を擁護しない方針で決まったようだ」
「「 ………。」」
EDの一言で、場の空気が引き締まる。鬼畜道化師商会は現在、EDの残党の横暴で内部分裂が加速している。そのあたり、Hiも複雑な思いを抱えているのだろう。
「たしか、同盟にはEDと和解したいって思っている派閥も居たのよね? いいの? その人たちを敵にまわすかもしれないけど…」
何を隠そう俺は最近、勇者同盟にEDの残党の扱いをハッキリさせるよう働きかけていた。今の同盟は八方美人と言うか、自警団とED、そして俺を支持する3派閥で意見が分かれているが、過激派のトップが居なくなったこともあり"事なかれ主義"で今までウヤムヤになっていた。
しかし勇者同盟は、養殖やイメージ戦略で自警団との関係を築こうとしている。あくまで、自警団を潰そうとしているのはCiNなのだが…、それを陰で操っているのがEDなのは、ほぼ間違いないところまで来ている。
EDが身の丈にあわせて、ショボいPKや地道なレベル上げをしている分には、俺も見て見ぬフリをしてやれたのだが…、どうにも未だに『C√の陰の支配者』気取りが抜けきらないようだ。
「そっちは現状問題ない。なにせ、ED本人が同盟との和解を拒否しているからな」
EDをいいように使っていたのは元勇者・白の賢者ディスファンクションによるところが大きく、EDにその気があるのなら6時代のように協力関係を再構築する選択肢もあった。しかし、水面下の打診を拒否したのはED自身であり、ED擁護派の同盟員は表向き擁護できない状況になっている。
「あっそ。それで、私たちに何をさせるつもり? どうせEDを裏切れって話なんでしょ? まぁ、話くらいは聞いてあげるから、感謝しなさいよね!」
「いや、そっちは全く期待していない」
「なんでよ!!」
「まぁまぁ、落ち着いて。話は最後まで聞きましょ」
「ふん!」
酒場のテーブルを叩いて激怒するHiに、それをどこか楽しそうな表情で
「えっと、もう出ていると思うのだが…、あ、あったあった。これを見てくれ」
「「??」」
2人にとあるサイトを見せる。そのサイトとは…。
「これ、CiNのサイトじゃない」
「あ、明日、また自警団に襲撃をかけるみたいね。サイトでわざわざ犯行予告をするなんて、律義よね~」
「それでだ、鬼畜道化師にはCiNと協力して、自警団を襲ってほしい」
「「はい!?」」
面白いように驚いてくれる2人。
本来、自警団とは敵対しているので、それ自体は何の問題も無い。しかし、CiNはEDと繋がりがあり、それを支援する事はEDを助けることにつながる。
「もちろん、誰でもいいわけじゃない。あと、時間もコッチで指示させてもらう」
「理由は、聞いていいのかしら?」
「言うのは構わないが、ギリギリまで仲間にも秘密にしておいてもらいたい。なにせ…」
「EDの人たちに、計画を悟られたくないのよね? わかってる、秘密は守るわ。いいわよね? ヒィちゃん」
「ヒィちゃんいうな。まぁ、報酬次第ね」
「報酬ね…。何が欲しい?」
「え? なんでもいいの??」
「用意できるモノならな」
「え? それじゃぁ…、あ! いや、でもでも! あ~、そんなこと…。…!?」
「「 ………。」」
突然、自分の世界に入ってしまったHiをLuと2人でしばし眺める。
「えっと、とりあえず100M(1億)用意したから、前金で10Mだけ渡しておく。あとは人数と成果次第って事で」
「ちょ! それは流石に多過ぎよ!!?」
「そうなのか? 色は付けたが、それでも相場のつもりだったんだが…」
お金でPCを雇う場合、時給の相場は、ランカー経験者が1人10Mから、それ以下は1Mから、加えて前金は1割が相場となる。Hiたちに賛同してついてきてくれる新入りが何人になるかは知らないが、数十人を半日雇うのには妥当なところのはずだ。
「つか、サービス開始してまだ2カ月ちょっとだって言うのに、どういう金銭感覚しているのよ!?」
「因みに、鬼畜道化師の料金表とかってあるのか?」
「あ、はい。コチラになります…」
Luから専用サイトのウインドが提示される。
「ん~、これ、安すぎないか?」
「そう? こんなものだと思ってやっているのだけど…」
「俺も詳しくないが…、これ、雑多な無名ギルドの料金表だろ? 仮にも売り出し中の悪徳ギルドが、これは流石に安すぎる。なにより…」
「「??」」
「なんだよこの、"1人から派遣可能"って。こんなの派遣するだけ損じゃないか。普通、10M以下の依頼は断るものだぞ?」
ベテランPCなら、そこそこ頑張れば時給1Mは実現可能で、それ以下で派遣するのは明確な"損"となる。加えて、半端に1~2人派遣して、見ず知らずの相手と組んで仕事をしても上手くいくはずがない。だから普通は、ある程度用途に沿って最低構成のPT単位で依頼を受ける形が一般的だ。
「でも、言っちゃなんだけど…、新規ちゃんは、あまり強くないし~、それに私たちも、ベテラン止まりよ?」
「そんなもの関係ない。仕事として請けおう以上、最低限の利益は確保しろ。つか、悪徳ギルドが料金でへりくだってどうする? むしろそこはボッタくって行けよ!」
「え、あぁ…」
まぁ、6時代はマイナーギルドだったので仕方ないと言えば仕方ないのだが…、EDが陰でプロデュースしているわりには酷すぎる。そのあたり、EDにやる気がないのか…、そもそも指導力が皆無なのか…。
利用するにしたって、ある程度育てないと吸い上げる汁も甘味不足になるのは必然。これはもう1段階、EDの評価を引き下げる必要がありそうだ。
「まぁいい、何事も経験だ。とりあえず、今回は俺の言う通りにやっとけ。悪いようにはしないから」
「ちょ、なんでアンタに仕切られなきゃいけないのよ!?」
「仕事は俺の作戦で、俺はお前たちの雇い主だからだ」
「ぐっ」
「あ、そうだ、忘れるところだった…」
「「??」」
「これ、要るか? 現物支給で悪いけど、依頼料の足しにと思って持ってきたんだが…」
そう言ってHiに渡したのは、煌びやかな赤い装飾剣[レッドジュエルナイフ]。魔法使い用の短剣[ジュエルナイフ]の火属性特化バージョンで、火属性魔法限定で無印よりも高い補正が得られる。
普通、魔法使いは属性防御対策で複数の属性を極めるものだが…、俺の知る限りHiは物理と魔法のハイブリッド型で、火属性以外の属性魔法は捨てていたはず。それなら、レッドジュエルナイフが型にはまるはずだ。
「え? これを私に??」
「よかったわね、ヒィちゃん」
なんだか、個人的に俺がHiにプレゼントしたみたいな雰囲気になってしまった。あくまで依頼料の水増しのつもりだったのだが…、まぁいいか。
「え? あぁ…、似合うと思って用意したんだ。よかったら貰ってくれ」
「ふふふ、セインにしては、気がきいてるじゃない? まぁ~、そこまで言うのなら、今回だけは、アナタに従ってあげてもいいわよ。でも、勘違いしないでよね! 今回だけなんだから!! ふふ、ふふふふふふ…」
「「 ………。」」
まぁ、どうやら気に入ってもらえたようで何より。俺としては作戦が上手くいってくれるのならそれでいい。
そんなこんなで…、俺は用途が限定されるせいで全く買い手がつかなかった在庫を処分しつつ、鬼畜道化師にも協力を取り付けた。
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