#378(8週目金曜日・夜・ナツキ)
「金は必ず、体で払うから!」
「そこは出来れば、現金で返して欲しいんだけど…」
夜、いつものように3人で酒場に集合すると…、SKが新しい装備を買ってとせがんできた。
「まぁまぁ。それにしても、面白そうな武器だよね」
「そうね。試合までに調整が間にあうか心配だけど…、買うこと自体はOKよ」
「おぉ、流石ナツキ! 頼りになるぜ!!」
その装備とは、長杖カテゴリーの鎌、[ダブルリッパー]だ。元々SKは魔法杖を使っていたので、試合用の"奥の手"は魔法関連になると思っていたが…、蓋をあければまさかの魔法杖の"杖"の部分を拾い上げてきた。
相手にしてもSKの魔法は意識してくるだろうから、杖を選んだのは正解だと思う。あくまで『意表をつく』と言う1点について、ではあるが。
「でも、試合は明後日よ。練習できるのは実質1日だけど、大丈夫?」
「それなんだけど…」
「「 ………。」」
まるで捨て犬のような目を向けてくるSK。この目は『練習に付き合ってくれ』と言っている目だ。
「はぁ~、仕方ないわね。この際だから付き合ってあげるわよ」
「やった!!」
子供のように喜ぶSK。一応この人、私より年上で…、入院しているとは言え、社会人だったりする。
「コノハ、貴女の目から見てダブルリッパーを使う事で、勝率は上がると思う?」
「ん~、SKお姉ちゃんなら1日あれば、ある程度使いこなせるようになると思うけど…、戦力的には、ん~。贔屓目に見ても"同じ"くらいかな?」
「だよね…」
「ハハハァ、すまない」
たしかにダブルリッパーの動きは面白い。大鎌と同じで癖の強い武器だが、それでも癖の方向性がロマンから対人へとシフトしている印象は受ける。問題は、時間と、極めたところで通用する保証がない点。こればかりは先人が居ない、いや、先人が諦めてしまっているので分の悪い賭けと言わざるを得ない。
「やっぱり…、試合までは大鎌を使い続けるほうがイイかな?」
「「 ………。」」
「なに弱気な事言ってるのよ。らしくない」
すこし悩んだが、ここはSKの背中を押すことにする。少し前の私なら、間違いなく反対していただろうが…、今の私には勝敗以外のところにも目をやる余裕がある。
この先の事を考えるなら、対人戦に不向きなロマン装備にしがみ付くより、奇形でも対人で使えそうなダブルリッパーの方がバケる可能性は高い。なにより…、SKの性格的に、今大鎌の特訓をしても身は入らないだろう。
「ハハッ! そうだな、アタシらしくなかったな。ナツキ…」
「ん、どうしたの?」
「結婚するか?」
「バカ!」
「「はははははぁ~」」
「はい! 無駄話はここで終了。時間も無いし、残された時間は全力で特訓にあてます。あと、途中で"やっぱり"とか言うのも、無しだからね!」
「はい! お願いします!!」
不安が無いと言えば嘘になるが、あまり勝ち負けに拘り過ぎても仕方ない。
と言うか…、SKも含めて、私たちが目標を持って頑張る。それこそがセインさんが私たちに用意してくれた機会であり、それで言えば既に目標は"ほぼ"達成している。そうとなれば、あとは悔いの残らないように戦うだけだ。
「それじゃあコノハ、しばらくSKと打ち合っていて。私は攻略サイトで、何かヒントが無いか探してみるから」
「は~ぃ」
「よっし! お願いします!!」
2人の打ち合いを横目で見ながら、杖術関連の記事から漁っていく。
「ん~、やはり、ダブルリッパーで名をはせたプレイヤーは、いないようね…」
幸いなことに、体を使って杖を回すテクニックは『ネタ技紹介』に記事があった。しかし、それらに寄せられたコメントはどれも頭ごなしに批判するものばかり。何より言葉足らずで実際に検証した結果なのかすら判断に困るものだった。
もちろん、私も掲示板のノリは理解しているつもりだが…、時間のない今は、流石にちょっとイライラしてしまう。
「お姉ちゃん、大丈夫? 煮詰まっているみたいだけど。ちょっと休憩しない??」
「え? あぁ、もうこんな時間か。そうね少し休憩にしましょ」
気づけば1時間近くたっていた。
L&Cに限った話ではないらしいが…、どうもゲームの攻略サイトは広告収入目的で立ち上げる人が多く『ここに全ての情報が集まっている!』みたいなところが存在しないようだ。特に今回のようにマイナーな装備の、それも検索ワードに困るような内容だと、どうしても更新が止まっている攻略サイトや掲示板のまとめをハシゴする形になってしまう。
「なんだか、アタシよりもナツキの方が思いつめている感じだな」
「それは!? まぁ、性格だし…」
「アタシが言うのもなんだけど、そこまで気にする必要、無いと思うぞ? アニキ的にも、多分な」
「それは…、何となく気づいているけどさ…」
「そうだね。流石のお兄さんも、ここまで事が大きくなるのは予想していなかったと思うよ」
「だよな~」
実際、元をたどればPKのイザコザに勇者同盟から横槍が入って『八百長みたいになっちゃったから、同盟のシガラミ抜きで再戦しましょう』って話でしかなかったのだ。
「でも、思うのよ」
「「??」」
「セインさんなら、ダブルリッパーで戦っても、普通に勝っちゃうんじゃないかって」
「「あぁ~」」
そう、ダブルリッパーを紹介したのは他ならぬセインさんだ。セインさんの勘が間違っているとは思えないし、彼の"使える"のハードルは、それこそ『ランキングでも勝ち上がれる』レベルって意味のはずだ。
それなら、その期待に応えてみたいと思ってしまう。
「確かに、アニキが軽く使っているトコ見せてくれたけど…、何が悪いのか分からないくらい、えっと…、なんか凄かったぞ!!」
「 ………。」
SKの語彙力の問題は置いておいて…、やはり、セインさんは"常識"の範疇でならダブルリッパーは既に実戦レベルのようだ。
それなら…。
「よし! とりあえず今は、付け焼き刃に付け焼き刃を重ねるのは止め!!」
「お、おぅ」
「どうせ使いこなすのだけで時間いっぱいなんだから、まずはソコに集中しましょ!」
「おぅ、そうだな!!」
結局、1番大切なのは基礎なのだ。
ダブルリッパーを回しながら戦う戦法には、1つ大きな問題がある。確かに、回すだけなら割と簡単だ。しかし、鎌である以上"刃"がついていて、それが後ろを向いていては意味がない。これがただの長杖なら、当たる場所や角度は問わないのだが…。
まずは、ちゃんと刃が前に来た状態で回す事。これを完璧にこなさなければ、秘策も何もない。
「あ、えっと、1つ思ったんだけど…」
「コノハ、何か良いアイディアでも思いついた?」
「そうじゃないんだけど…、その、ダブルリッパーを回しながら戦うヤツの名前、つけないのかなって…」
「「あっ…」」
結局その後は、流派の名前について熱い議論が…、深夜まで繰り広げられた。
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