#372(8週目金曜日・午後・セイン)
「あ! もう、遅いぜアニキ!!」
「人違いです」
「はい?」
昼、いつものようにギルドに顔を出すと、いの一番にSKが駆け寄ってきた。
なんと言うか、意欲的なのは良い事だが、温度差と言うか、ここまでグイグイくると、無意識に体が避けてしまう。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「あぁ、お兄ちゃん、おはよ~」
「にゃ~ん」
「あぁ、みんな、おつかれ」
スバルの悪ふざけが一周まわって堂に入ってしまっているのはスルーして…、どうやら他の連中は平常運転のようだ。
「なぁなぁアニキ! 聞いてくれよ!!」
「わかったわかった。聞いてやるから落ち着け、うっとうしい」
「ひどっ!? まぁいいや。それより、アタシ、強くなりたいんだよ!」
「知ってる。頑張れ」
「おう、頑張る!!」
「「 ………。」」
「あれ?」
今日のSKは、どうにもバカさ加減が有頂天だ。普段はもっとクール&ドライと言うか、エンジンのかかりが悪いのだが…、今日に限ってはアクセルと頭のネジが同時に吹っ飛んでしまったようだ。
「えっと、兄ちゃん、SKにゃんは強くなるために秘策的なものを欲しているのにゃ」
「秘策?」
「奥の手とか必殺技的なヤツ」
「そう、それ!」
「えっと…、"コンボ"なら、わざわざ俺にきかなくても検索すればいくらでも出てくるだろ?」
L&Cには一連の動き(操作)を登録してオリジナルコンボを作る機能がある。別に登録したからと言ってSP消費が削減できるわけでも無いので、パッシブ派の俺は使っていないが…、支援職なんかは同じ動作を繰り返すことが多いので活用する者は少なくない。
「そうじゃなくってさ、ん~、わかんねぇかな~」
「いや、わかるけど?」
「うぅ、わかんないか~、って! 分かるのかよ!!」
SKは天才肌で、感性でモノを考える。そういうヤツの言葉は額面通りに受け取るのは間違い。逆に言えば、フィーリングに合うものや、インスピレーションを生むものなら、わりと何でもいいのだ。
「流石お兄ちゃん! 皆、お手上げだったんだよね~」
「ぐすん、お役にたてず申し訳ないのにゃ…」
「ふふふ、流石はご主人様です」
「オイお前ら、勝手にハードルを上げるんじゃない! 分かるって言っても、意味が何となくわかるってだけで、SKが納得する解答があるは分からないんだからな」
「はははっ、それでアニキ、何があるんだ」
「えっと…。あ、そうだな、ちょっと待ってろ」
「ん? 何かのアイテムか??」
そう言ってギルド倉庫を漁る。ここにはアイの露店で販売するアイテムの他に、状況に応じて必要になる"かも"しれない商品や、単純に今市場に出しても売れない商品などがストックしてある。その中から俺は…。
「これだ。ちょっと珍しい鎌だが、知っているか?」
「「お、おぉ…」」
取り出した鎌を装備して見せると、なんともリアクションに困る微妙な歓声が上がる。
「見たこと無いな。そんなのあったっけ?」
「
まず、[ロングリッパー]という槍カテゴリーの鎌がある。これは槍の先端が斧になっているハルバートの鎌版なのだが…、ダブルリッパーは長いグリップの両端に鎌がついている。まぁ、ぶっちゃけて言えばイロモノ、変態武器の一種だ。
「ロッドってことは、杖術か…」
「SKって杖熟練度、あげていないわよね?」
「あぁ~、前にマジックロッドを使っていたから、ちょっとは上がってるな」
「あぁ、そう言えば!」
各種熟練度は、対応した武器の命中補正やSP消費を軽減してくれるパッシブスキルだ。ダブルリッパーのような複合カテゴリーの装備は計算が少し複雑だが、基本的には武器の特性にあった補正効果が追加される。(弓なら遠距離攻撃の命中補正UP+弓でのSP消費軽減)
「えっと…、その武器って、そんなに強いんですか? ボクがチェックした攻略サイトには全然記事が無かったんですけど…」
「いや、俺の知る限り、コレを実戦レベルまで極めたPCは存在しない。ぶっちゃけネタ装備だ」
「「えぇ…」」
「まぁ、どう見ても器用貧乏よね、ソレ。(先端が鎌なので)突きのダメージボーナス、無駄にしちゃってるし」
ユンユンの推察通り、ダブルリッパーは、突き・薙ぎ・引き、何でもできるが、何でも中途半端な器用貧乏の典型だ。
「はははっ。でも、なんか見た目はロマンを感じるな」
「前にコレを使ったオリジナルの
「へぇ。聞いたことないけど、強かったのにゃ?」
「いや、弱かった」
「ずこ~」
「しかし、光るものは感じたから密かに応援していたのだが…、結局、ソイツがダブルリッパーを極めて名をはせたって話は、聞かずじまいだな」
「「あぁ…」」
別に、珍しい話ではない。むしろ初心者はこんなヤツばかりだ。自分の気に入った武器で、自分オリジナルの流派を考案する。大抵は奇抜なだけで、それ以外に利点らしい利点は無く、流行る前に消えてしまうのだが…、極稀に、ランカーまで登りつめてしまうものや、成り上がれないにしても発想自体は正解だったものが現れる。
「別に、その流派をSKに再現しろって話じゃない。まぁ、止めもしないが…、その前に、まずは基礎のおさらいだ!」
「「うっす!」」
「なんでスバル君まで返事するの?」
「あ、いや、つい癖で」
L&Cの仕様で『装備は体から離せない』と言うものがある。ようは対応スキル無しに武器を投げたりできないって事なのだが、では…。
「スバル、(握りをといて)手からぶら下がっている状態の武器のダメージ判定はどうなるのか、答えてみろ」
「はい! 判定自体は存在するものの攻撃力に大幅なデバフがつくのでダメージは"ほぼ"でなくなります!」
「正解。この仕様があるので、例えば短剣を指先からぶら下げて鞭のように使う、みたいな使い方は(実戦では)使えないわけだ」
「まぁ、基本よね」
「ダメージが出ないのを利用して、味方の硬直解除に使うテクニックもあるのにゃ」
「「なるほど…」」
「それでは、ヒットする瞬間だけグリップを持ったらダメージはどうなる? SK、答えてみろ」
「え? 普通にダメージが出るんじゃないのか??」
「正解。そう、攻撃がヒットした時のダメージ計算でマイナス補正が追加されるだけで、物理演算は持っていない時でも通常通りおこなわれているわけだ」
「え? でも、それってなんかズルくない?」
「そうでもないのにゃ。そうじゃないとトンファーとか、回転させるタイプの装備は使えなくなるのにゃ」
「「あぁ~」」
「ま、そういうことだ。で、その仕様を利用して考案されたのが、これだ」
俺は、記憶の糸を手繰り寄せ、かつて感動した"あの動き"を再現する。
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