#366(8週目木曜日・午後・セイン)
「それは、なんと言うか、大変でしたね…」
「スバル君の言ったとおりになっちゃったね」
昼、いつものようにギルドに顔を出すと、いつもの面子が雑談に花を咲かせていた。
「うぅ、面目ない。いけると思ったんだけどな…」
「いけるって、戦ったこと無いんでしょ?」
「まぁ、そうなんだけど。気分がノッていたと言うか、なんと言うか…」
訂正しよう。あまり華やかな話題では無かった。
結局、アイとSKの試合はアイの勝利に終わり、宣言通りギルドのゲストを解除する流れとなった。しかし、流石に急すぎると言うか、引っ越し先となる新しいギルドを作る時間が必要なので、ゲスト解除は日曜日を期限とした。
「それで、新しいギルドは誰がマスターになるのにゃ? やっぱりナツキにゃん?」
「あぁ、忘れるところだった」
「「??」」
「アイからの伝言。新しいギルドのマスターはニャン子を推薦するってさ」
「アイにゃん、さり気なくアチシをギルドから追い出そうとしているのにゃ…」
「いや、でも、他にべテランプレイヤーもいませんし、確かに適任なんじゃないですか?」
「むりむりむりむりカタツムリ! アチシはそういうの無理だから!!」
全力で推選を拒否するニャン子。
まぁ予想通りなのだが…、やはりニャン子は実力に対して自信と言うか、メンタルが弱すぎる。それは実際の戦闘にも出ており、SKとの試合の後に泣きの1回でニャン子がアイに挑みはしたものの…、結果は惨敗。相性で言えばニャン子が有利なのだが、どうにも最後の駆け引きで心の弱さが出てしまう。その後も、散々アイにイヤミを言われるは、
「まぁ、その辺は夜、ナツキたちがインしてから話し合えばいいんじゃないか? もう、話は通してあるんだろ?」
「あぁ、まぁそうなんだけどな…」
目をそらして頬を掻くSK。
補足しておくと、昨日はナツキたちに話を通してから来て、その後事後報告も済ませているので、単純にバツが悪いだけの話。連続でやらかしたのは、ナツキたちにしてみれば迷惑な話だろうが…、俺としてはアイとの一件は『お互いに良い経験になった』と思っている。
「そういえば、スバルはアイに挑まないのか?」
「あ、いえ、ボクは別に…」
同じく目をそらして頬を掻くスバル。
兄としては、アイの交流の幅が広がるのは嬉しい事。しかし、何故だか皆、意識的にアイから距離をとっているように見える。確かにアイは、キツイ性格であり、そのあたりをニャン子から聞いているのだろうが…、できればアイをハレモノのように扱うのはやめてほしい、と思っていたりもする。
「スバルって、来るもの拒まずだけど、基本、自分からは挑んでいかないよな。今回の一件は残念な形になってしまったが、俺としてはアイへの挑戦は歓迎するつもりだ」
「その、どうせボクはログイン時間とか噛み合わないので…」
「SKも、気が向いたらまた挑みに来てくれよな。俺からフォローできるところはフォローするから」
「あぁ。でも…、思っていたよりも実力の差がな…」
「そこは、まぁがんばれ」
「ははは、ホント、頑張るよ」
一応ゲストの件は、俺も一理あると感じたため撤回させることはしなかったが…、それでも、アイが言い出したことなので費用などは全て俺が持つことにした。新しいギルドも、設定で今のゲストと同等の権限を与えるので、しばらくは殆ど同じように俺のギルドを利用出来る。
「そうだな。せっかくギルドが出来るんだ、実戦思考のSKには不本意かもしれないが、ギルドの機能を使えば好きな条件で好きなだけ試合ができる。焦ることは無いさ」
「あぁ、そうさせてもらうよ」
「そう言えば、ユンユンさんは結局どうするんですか?」
「え? あぁ、まぁね」
ユンユンは動画の事もあり、もとより自分でギルドを作る予定だった。それがズルズルと今まで先送りになっていたのだが…。
「別に、デメリットは無いんだから、作るだけ作ればいいんじゃないのか? 今なら、諸々の費用は俺が持つぞ?」
「そうなんだけど…、なんと言うか、無くてもいいかなって、最近は思うようになってね…」
たしかにギルドは便利だが、無くても全く問題はない。実際、6時代までは俺も使っていなかったほどだ。例えば転送サービスの無料化も、実質的には費用を一括払いしているだけに過ぎず、しかも無料化できるのはホーム間の移動限定なので『キャンプ地からキャンプ地へ無料で転送する』と言った使い方はできない。
つまるところ、大勢で利用して初めて元が取れるのだ。その点、ユンユンはトラブル(ファン内で序列がうまれてしまうなど)になるのでファンをギルドに入れるつもりは無く、元を取る見込みが無いのだ。
「あぁ…。まぁそれもいいんじゃないのか? 特に魔人化すると街を行き来する機会は減るから、ギルドは使わなかったって話はよく聞くな」
「そうなのよね…」
過剰に気にしても仕方のないことだが、動画投稿をしているユンユンの場合は『作るだけ作って放置になる』のは問題だ。ギルド作成は、話題としてその場は盛り上がるだろうが、その後、何かしても、しなくても、視聴者にアレコレ言われてしまう。
あと、口には出さないが、単純に面倒くさくなっているようにも見える。MMORPGの魅力であり欠点の1つに『終わりがない』事が上げられる。終わりのない壮大な世界に、ロマンや夢を抱くこともあれば、終わらない作業やPSの壁に挫折する事も少なくない。流石に生活がかかっているので投げ出すことは無いだろうが…、格上である俺たちに限らず、初心者のナツキたちにまでリードを広げられている現状に、思うところが無いってことは無いだろう。
「あ、それと忘れるところだった」
「「??」」
「スバルはどうするつもりなんだ?」
「はい?」
スバルは基本ソロ。俺やナツキたちと行動する事もあるが、どちらにも深く関わることは無い。そういう部分は、個人的には男らしくて好感がもてるのだが…、環境がかわる以上、身の振りは決めなくてはいけない。
「なんなら、俺の
「え? えぇぇえ!?」
アイは、トラブルになりやすい女性を入れるのは嫌うが、相手が男性なら、絡んでこない限りは無関心だ。もちろん、同じギルドにいる女性に無関心でいられる男はなかなかいないのだが…、幸いなことにスバルは条件をクリアしている。もちろん、実力も充分すぎるくらいなのでソッチも問題ない。
「ぐしし、兄ちゃんは罪作りにゃ~」
「??」
「えとえと、ボクはその…、ぐぬぬぬ~」
もだえ苦しむスバル。
まぁ仕方ない。スバルにもスバルの予定がある。なにより、昨日のうちにメールくらいは送っておくべきだった。
「まぁ、無理強いするつもりは無いから、選択肢の1つ程度に考えておいてくれ。ほかに用事があるなら、全然ソッチを優先してくれて構わない」
「あぁ…、はい、すこし、考えさせてください」
何やら思いつめた表情のスバルをよそに、その場はナツキたちがいない事もあり、そのまま解散となった。
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