#364(8週目水曜日・夜・セイン)
「確かに、アイの言うことも一理あるな…」
「ちょ、兄ちゃん!?」
「ふふふ、決まりですね。では…、手早く終わらせましょうか」
珍しくノリノリで戦うアイと、珍しい戦闘スタイルに困惑するSKの戦いは続く。
「クソっ! まるで、壁でも殴っている、みたいだ!」
「 ………。」
ジワジワと距離を詰めるアイに対し、SKは何度も攻撃を仕掛けるが…、そのことごとくが最小限の動きで跳ね返されてしまう。
ハッキリ言って、武器相性・ステータス・プレイヤーの経験、どれをとってもアイが勝っており、決着がつくのは時間の問題だ。
「マズいのにゃ。アイにゃん、完全に潰しに行っているのにゃ! 兄ちゃん、止めなくていいのにゃ!?」
「いや、別にいいだろ? SKだってアイの実力は見聞きしていただろうし、負けたら悔しさをバネに…」
「そういうことじゃないのにゃ! このままじゃ、ギルドが!?」
なぜだかギルドを気にするニャン子。ニャン子は、人付き合いは苦手な癖に、責任感が強いと言うか、誰よりも仲間を大切にする。別にソレが悪い事だとは言わないが…、俺なんかは『それくらいで大げさでは?』と思ってしまう。
と言うのも、L&Cでギルドを分けるのは"よくある事"なのだ。ヘアーズなどの大規模組織に限らず、そこそこの人数になれば分野でギルドを分けるのは一般的。例えば鬼畜道化師商会なら、本体・商人・新人・EDの4つに分かれている。
ギルドには"友好関係"の設定があり、それを調整することでギルド単位でゲストのように優遇項目を設定できる。
「ほら、これはどうです? こちらは、耐えられますか!?」
「くっ!? なんなんだ、もう!!」
苦戦するSK。その様子はさながら、迫りくる壁。何をしても通じないが、それでも距離をとれば回避できてしまう。普段は果敢に突っ込んでいくSKも、いつしか逃げ腰となり、防戦一方になってしまう。
「SK! それで終わりか? 挑みに来ておいて、成すすべなく負けて帰るつもりか!?」
「そうは、つ! 言って、も!?」
結局、才能とは『スタートダッシュを決めるためのアイテム』でしかなく、上にいけばソレだけではどうにもならない世界が広がっている。そこではSKの経験の浅さと戦略の幅の狭さが大きくのしかかり、圧倒的不利な立場に落ちてしまう。
多くの者は『自分には才能が無かった』と諦めてしまうが…、新たなスタートラインに立ったSKが、何を感じ、何を思い、何を得るのか…。
「自分から勝負を挑んできたのに、無様ですね。アナタは、そのまま地に伏し、私の靴でも舐めて許しを請うつもりですか?」
「くっ!? さっきから変な感情が湧き上がってきて、上手く集中できないぜ…」
才能とは、有る意味こういうものなのかもしれない。
アイの場合は、全体的にそつなくこなしているだけで、何か得意分野があるわけではない。器用と言えば器用だが、つまりは器用貧乏であり、何より自分のスタイルに執着や持ち味が無い。
しかし、それは相手から見ると少し違うようだ。俺には分からない感覚だが…、どうにも何か訴えかけるものがあるらしく、アイと戦う事で『新しい世界が見えた』とか『目覚めそうになった』と語るものは少なくない。
あと、全く関係のない話だが、ニャン子が俺の方を見て『やっぱり兄妹だな』みたいな目を向けてくるのだが…、俺には身に覚えが無いので、多分気のせいだろう。
「SKにゃん! 頑張るのにゃ! 負けたら、皆悲しむのにゃ!!」
「おっと、そうだった。負けるにしても、一矢報いなきゃ…、なぁ!!」
「甘い!!」
「ツッ!」
普段に比べれば充分に冷静さを欠いているアイだが、それでも隙を感じ取る技能のないSKに、アイの守りを突破するすべはない。まぁ、当てずっぽうで数を討つ作戦もあるだろうが…、そんな事をすれば逆に隙をつかれてしまう。
「マズいのにゃ…。この手だけは使いたくなかったけど、うぅ…」
「??」
何やら思いつめた表情のニャン子。
ニャン子は、粗こそ目立つが、どちらかと言えば俺たちと同じ側であり、SKが勝つために必要なことが見えているのだろう。
今回のSKの苦戦は、元をただせば『一段飛ばしで駆け上がってきたツケ』であり、今必要なのは『経験と苦労』だと思っているので、俺としては『どちらにも肩入れするつもりは無い』のだが、ニャン子はSKに肩入れしたいようだ。
「に、兄ちゃん…」
「ん、なんだ改まって」
「ね、ネクタイが歪んでいるのにゃ。直してあげるのにゃ」
「え? ネクタイ??」
突然、ありもしないネクタイの話を持ちだすニャン子。全く意味が分からないが…。
「隙あり!!」
「っ!! 猫、どうやら命が惜しくないようですね」
「ヒッ!?」
一瞬の隙をつき、ついにアイに一撃を入れるSK。ダメージは大したこと無いようだが、それでもあの状況から一撃入れたのは充分称賛していい成果と言えよう。
「そこ!!」
「ッ! 調子にのって」
集中が切れたのか、明らかにアイの守りが甘くなる。
あまり褒められた勝ち方ではないが、外野の精神攻撃も時には勝ちすじになる。そのあたり、メンタルの弱いニャン子は、俺なんかよりもよっぽど熟知しているのだろう。
「なるほどな。しかし、意味のないセリフで惑わすにしろ、ネクタイって。ニャン子、もう少しまともなのは無かったのかよ」
「え? いや、これ以上無いくらいに的確だったと自負しているのにゃ」
「はぁ、そういうものなのか?」
全く理解できないが、実際、アイの隙が広がったのは事実で、その点を見抜く力は俺よりもあるようだ。
「もらった!!」
「甘い!! この程度で調子にのられては…、困ります!!」
「ぐはっ!?」
しかし、それでも実力の差は埋めきれない。最初に比べればマトモな討ち合いになっているが、まだまだ優位はアイにある。
「頑張れSKにゃん。これ以上は、アチシもヤバいのにゃ!?」
「ありがと! 何となく分かってきたけど…、ツ!! 流石に、ぐっ!!」
良いところまではいったが、これだけでモノにできるなら、俺やスバルと手合わせしている時に会得できているだろう。むしろ、そんなに簡単に会得されては俺やアイの立場が無い。
中にはスバルのように、リアルで前もって習得していた者もいるが、こういった技能は一朝一夕で身につくものでは無く、同時に、その努力や経験も重要となる。そのどれもが足りていないSKには『まだ早い』以外の言葉はかけてやれない。
「アニキ!!」
「ん?」
「アタシ、バカだけど…」
「そこっ!!」
「つ!! でも、頑張るから!」
「ん?」
「これからも、よろしく。それだけ、それだけ言いたかったんだ!!」
「よくわからんが、俺は別に、全然かまわんぞ?」
「この、調子にのって!!」
「アイさん!!」
「な、なんですか…」
「アイちゃんって、呼んでいい?」
「死ね」
「へへっ」
見事に頭を潰され、光になるSK。
しかし、最後の表情は、とても晴れやかなものだった。…ように見えた。
こうしてアイ対SKの試合は、多少の巻き返しはあったものの、順当にアイの勝利に終わった。
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