#360(8週目水曜日・午後・セイン2)
「さて、それじゃあ始めるか」
「はい! お願いします、師匠!!」
「師匠って…」
「あ、それよりもご主人様の方がよかったですか?」
「それはマジでやめてくれ…」
昼過ぎ、俺はナツキを連れてハルバDに来ていた。
目的は、金策勝負の賞品…、つまりナツキのお願いが『稽古をつけてください』だったのだ。
「ハハッ、それで、まずは何をしますか?」
「そうだな…、まずは確認のためにも、しばらくこの辺で普通に狩りをしよう」
「はい!」
稽古だけならギルドホームで事足りるのだが、それで半日使うのは流石に勿体ない。その点、ここなら(魔物相手ではあるが)実戦の駆け引きと、ついでに俺も経験値が稼げて一石二鳥だ。
しばらく、黒いネズミや黄色い熊、青い…、なんだろ? 6本脚のコアラ顔の魔物を狩った後、休憩がてらナツキに指示を出す。
「一通り見せてもらったが、守る事と攻める事は、だいぶ上達していると思う」
「え? あ、その、ありがとうございます!」
褒められるとは思っていなかったのか、驚きの顔を見せるナツキ。いったい俺を何だと思っているのか知らないが…、実際、ここ最近の上達ぶりは目を見張るものがある。流石にランカークラスとは言わないが、ベテランとはある程度対等に渡り合えるだろう。
「あとはまぁ、回避だな」
「回避なら、コレではダメですか?」
そういって盾をブンブン振り回すナツキ。多分、盾でのイナシやその場での回避の事を言っているのだろう。
「そうじゃなくて、一言で言えばバックステップだな。百聞は一見にしかず。近づいていくから、俺を攻撃してみろ」
「あ、はい!」
ナツキに向かって、何の捻りもなく、一定の速度で近づいていく。
「 ………。」
「 ………。」
「なんで攻撃しないんだ?」
「あ、えっと、その…、なんと言うか…」
しかし、何故だかナツキは攻撃にうつらず、そのまま抱き合うような体勢になってしまった。
「たく、やり直しだ。時間を無駄にするつもりは無い! 次、指示にしたがわなかったら、帰るからな」
「あ、はい! お願いします!!」
ナツキに近づき、繰り出された攻撃を後ろに飛んで回避する。ポイントは下半身の動きだけで回避すること。ついでに言えば、意識が攻撃に切り替わる瞬間を狙う。
「よっと」
「え!? あ、あれ?」
「どうだ? 避けられた感想は」
「あの、何て言ったらいいか…。間合いに入って捉えた! と思ったら、セインさんが離れたところに居て、何を言っているか分からないと思いますが、私も何をされたのかサッパリ分からないんです」
「いや、狙ってやっているから分かるが…、そうか、分かるか」
「はい?」
どうやら、思っていたよりナツキは成長しているようだ。
本来、隙をついた回避は、闇雲に攻撃するだけの素人には『ただ避けられた』としか感じないものだ。しかし、確り流れをつかみ、次の展開がイメージ出来ているなら、イメージとの乖離がうまれ、場合によっては斬る瞬間までソレがイメージだと気づかない時もあるほどだ。
「 …。ようは、見えているつもりでも、実際には見えていないない部分があるってことだ」
「なるほど…」
あまり合点のいった表情では無いが、実際にやられたこともあり、何か心に引っかかる部分はあるようだ。
「もちろん、タイミングだけではダメだ。予備動作も含め、全てが"予想外"でないといけない。そのためには…」
「あぁ、予備動作の無いバックステップが必要なんですね!」
「ご名答」
予定では、普通にバックステップを教えて、あとから予備動作の少なさの重要性を解説するつもりだったが…、嬉しい事に段取りを省略できてしまった。
まぁ、何となく理解できたくらいで直ぐに実戦でいかせるほど、容易く習得できる技術でも無いのだが…、それでもイメージや理屈を掴めていれば成長も早まる事だろう。
「えっと、それじゃあ…」
「まずは、爪先立ちで移動しながら戦う訓練だな。ポイントは出来るだけ
「はい!」
そのまま放置して、しばらくナツキの好きなようにやらせる。
これは持論だが、単純に正しい事を押し付ける事が"近道"だとは思わない。急がば回れと言うほどでもないが…、まずは自分で試行錯誤をさせ、その後に理屈や改善点を教える。そうした方が違いが理解しやすいし、結果的に早く身につく。と、俺は思っている。
まぁ、最後はその人との相性の問題だろうけど…、俺は教育者ではないので、そこまで責任を持つ義理は無い。伝わらなければ、それまでだ。
「もうすこし、蹴った反動で動くイメージでやってみろ。これはあくまでバックステップであり、歩行方法ではない。ナツキの場合は、歩き方の延長になっているな」
「はい、師匠!!」
「 ………。」
どうでもいいが、師匠呼びは今回だけだよな?
継続的に、今後も1から10まで教えるつもりはないが…、そもそも、戦い方に絶対的な正解は存在しない。L&Cにもメタゲームと呼べる有利不利の駆け引きは存在するが、最終的にはそれぞれのスタイル、近接だったり、魔法だったり、支援だったり。それらを極めた者が『それぞれに対応した7×2の14の頂点に君臨する』ゲームデザインになっている。よって、単純に強いからと言って、好きな美徳や大罪の座を得られるわけではない。
「うぅ、なんとなくコツは掴めてきましたけど、セインさんみたいに、隙をついて瞬間移動をするのは、サッパリ出来る気がしません」
「当たり前だ。今はまだ、やられて、やられたことを理解できただけ。隙を感じ取る技術や、実戦でそれを実行する技術は、全くの別モノだ」
「ですよね~」
「それに、そんなに簡単に会得されても困る」
「はははっ」
「まぁ、中にはなんでも簡単に会得してしまう"天才"もいるかもしないが…」
「??」
「一芸とかならまだしも、努力もなしに全てを手に入れた完璧超人は…、俺の知る限り、存在しないな」
「そうですね」
実際、SKも空間認識能力などに限っては天才と呼べるが、それ以外の部分は凡人か、それ以下の能力しかない。なにより、ひた向きな努力が出来ないのが致命的に痛い。一応、好奇心である程度カバーしてはいるものの…、やはりカバーできていない部分のお粗末が、今回の一件で見事に露呈する結果となった。
対称的に、ナツキは努力の才能がある。真面目な性格もそうだが、意地っ張りで、見ていないところで必死になって努力する。だから弱点を弱点と理解できれば、いくら時間がかかっても、いつの日かソレを克服してくれる。
まぁ、予想を遥かに超える成長速度に驚かされるが…。何かこう、特別なモチベーションや、俺には理解できない"何か"があるのだろう。
結局、俺にも分からない部分は多々あるが、その場は分かる範囲で、現状に必要な部分をミッチリ教え込めたと思う。
「おい、そこの2人! 突然だが、勝負だ!!」
「はい!?」
「 ………。」
あと、終わりがけに勝負を挑まれた。
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