#358(8週目水曜日・午後・セイン)

「ゲームのために学校を休むなんて、ナツキちゃんも悪だね~」

「それは!?」

「わかってるって。私も大学に行ってた頃はよく講義をサボってたし」


 昼、今日は珍しくナツキがギルドに来ていた。まぁ、そのかわりSKがいないのだが…、そこはあえて触れない。


 これが漫画やアニメなら、俺が相談にのって悩みを解決し、惚れられるまでがテンプレなのだろうが…、俺に彼の主人公のようなお節介や優しさを期待してはいけない。それに、今回は始めから問題が分かっているので、下手なフォローをして拗らせるより『気持ちを整理する時間を与える』のが1番と、皆の見解は一致している。


 まぁ、こんな性格だからモテないんだけど…。


「ちょっとユンユンさん、その通りですけど、人聞きの悪い!」

「いいじゃんいいじゃん。出席日数さえ足りているなら。大学って、そういうところなんだから。むしろもっと休んで、人生を有意義に使わなくちゃダメだよ~」

「うぅ、まぁそうなんですけど…」


 心の中で『中学すらまともに卒業していない俺へのあてつけか!?』とツッコミを入れつつも、2人の会話を聞き流す。


 俺にはイマイチ馴染みのない話だが、どうやら大学と言うのは『そういう場所』らしい。実際、不定期なタイミングで大学生プレイヤーがインして、それを他の学生や社会人が羨むのは、掲示板では定番の流れだ。


 まぁ、中にはそのまま留年や中退までいってしまう者もいるが…、そういったプレイヤーは大抵、実力と成果があってこそのドハマリなので、配信などで一応、生計は立てているらしい。(そういう時代になった)


「さて、そろそろ始めるか?」

「はい、ご主人様!」

「お、おぉ…」


 "こんな時"でも『ご主人様呼び』を崩さないスバル。見た目こそメイドだが、中身は完全にワンコ。無いはずのシッポが、勢いよくブンブンしている姿が目に浮かぶ。


 それもそのはず、今日は久しぶりにスバルと手合わせをすることになっている。特に意味は無いが、最近、強いPCと戦っていなかったので勘を研ぎ澄ますためと…、あと、午後はナツキに付き合う事になっているので、埋め合わせ的な意味もあったりなかったり。


「それじゃあ、合図をするわね!」

「あ、ちょっとまった」

「はい?」

「あ、いや、何でもない」

「「??」」


 関係のない話だが、俺には1つ、前々から疑問に思っている事がある。それはスバルが『実力でまさっていることに気づいていないのか?』だ。


 いや、スバルの実力で相手の力量が分からないはずはないのだが…、奇策を駆使して、今のところは無敗を貫いているものの、スバルなら『純粋な剣の腕では既に勝っている』事は既に理解しているはず。はずなのだが…、何故だかスバルは(剣技において)格下である俺を絶えず慕っている。もちろん、L&Cは剣の腕だけで語れるほど単純なゲームでも無いので、そういった所なのは理解できるが…、


 流石に愚直すぎると言うか、その辺、どう思っているのかと、漠然と考えていたりする。




 そんなこんなで始まった試合。


 しかし、しばらくたっても刃が討ち合う音は響かない。


「さっきからお兄ちゃん、全然仕掛けないわね」

「そうですね。ただでさえ速度面で有利なのに、完全に逃げの一手です」


 そう、俺は今回、全力で回避にまわっている。スバルの放つ斬撃を避け、距離をとり、追い詰められたところで再び避けつつ位置を入れ替える。その繰り返しだ。


「うぅ、流石はご主人様です。室内で、ここまで捉えられないとは…」

「戦いにも色々種類がある。時には、追う戦いも経験しておいて損は無いだろう」

「はい!」


 ぶっちゃけ、まともに討ち合って勝てる保証は無いってだけなのだが…、俺にとっても全力で回避に徹する訓練は必要だ。特にスバルの攻撃は、俺が全力で回避にまわって、やっと紙一重で躱せるレベル。極限の感覚に身をならすのに、これほど適した相手もいないだろう。


「でも、なんだかスバル君、ちょっと楽しそうに見えない?」

「そうですか? 私には紙一重で躱されて、ヤキモキしているように見えますけど」


 そもそも、スバルは装備も経験も、充分俺と渡り合えるレベルに到達している。もちろん、フル体力の実戦なら、まだレベル差などを駆使すれば負けないだろうが…、一発クリーンヒットを貰えば即アウトの現状で、リーチと速度に優れた刀に、確実に勝てるすべはない。


「それはそうだけど…、多分、スバル君の攻撃、回避できるのってお兄ちゃんくらいなのよね? なんか、一周まわって安心感? なんかそういうの、ない??」

「あぁ、たしかに。なんとなく分かります」


 近距離戦主体の構成だと、どうしても手こずるのが『逃げる相手への対処』だ。逃げる側はスタミナを全て逃走に費やせるのに対し、追う側は攻撃にスタミナを割かなければならない。加えて、補助で遠距離スキルを用意したとしても、そこでもスタミナと、攻撃モーションに移るロスがうまれてしまう。


「どうしたスバル。息が上がっているぞ?」

「はぁ、はぁ、なんだか、新しい世界モノが、見えそうで…」

「ん?」


 突進をいなされ、壁に激突したスバルが答える。


 やはり本物の達人には、俺にも見えていない世界が見えるようだ。凡人の俺がいくら羨んでも仕方ない事だが…、俺には俺の戦い方があり、世界がある。結局、自分のベストを尽くし、そしてそれを積み重ねていく。それしかないのだ。




 そろそろ、幕引きの頃合いだろう…。


 しばらく似たようなやり取りをくり返し、俺も感覚がつかめてきた。これ以上は、続けても無駄だろう。


「ほら!」

「へぇ?」


「え? あ、あっ! 勝負あり! 勝者、お兄ちゃん!!」


 勝負の終わりはあっけないものだった。


 追う事に気をとられていたスバルに、突然攻めに転じた俺の斬撃が吸い込まれる。ただそれだけ。普段のスバルなら、こんな手は通じないだろうが…、ひたすらに逃げる相手との戦いで、精神が消耗しないはずはない。


「ふふふっ、流石はご主人様です。ふふふ…」


 相変わらず、負けたのにどこか満足げな表情のスバル。SKにも似たようなところはあるが…、やはりスバルのソレは、どこか違う、もっと別の次元を見ている、そんな印象を受けてしまう。




 こうして、久しぶりの手合わせは持久戦の末、なんとか勝利に終わった。

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