#335(7週目土曜日・午後・セイン2)

 アーアー アーアー


 夕方、俺は少し早めに狩りを切り上げ、港町アーバンでウミネコ?の環境音に耳を傾けていた。


「すいません! セインさん、無理を言って!!」

「いや、まぁ売却のついでだから構わない」


 やって来たのは商人の草餅。つまりはレアアイテムの売却だ。


 アイのおかげでアイテムの加工・売買は自前で行えているが、目立つレアアイテムに関しては手数料を払って買い取り商人に売り渡している。露店販売はNPCに任せる手もあるが、手動で細かく操作しようと思うとどうしてもPCが直接操作する必要が出てくる。


 もちろん仮面などで顔を隠す手もあるが、あまり特殊なアイテムを頻繁に売りに出していると同業者に目をつけられる危険がある。それがただの転売くらいなら直接の害はないが…、場合によってはPKの標的にされることもあるので油断はできない。


「えっとそれじゃあ…」

「売却が先だ。話はその後でもいいだろう?」

「あ、はい。それでは…。…」


 アイテムの売却は、基本的にドロップしたエリアから近い街で行っている。これは各街にコネを作っておけば、それだけ掘り出し物へのアンテナが広げられる意味がある…、が、今回は草餅の呼び出しに応じる形となった。


 本来、俺はこういった呼び出しは無視するのだが…、『至急謝らないといけない事があるので…。…。』と意味深なメッセージが来たので、流石に気になってアーバンまで来たわけだ。


「よし、こんなところか。それで俺を呼び出した用件を聞こうか」

「それなんですけど…、実は、(勇者)同盟の商人が、何を間違ったのかセインさんの妹グループにPKを仕掛けてしまったようで。いや、PKは直ぐに手を打ちましたが…。…。」


 どうやら、ニャン子と狩りに行っている間に、ナツキたちのPTがPKに襲われたそうで、それを指揮していたのが勇者同盟に所属している商人だったようだ。


 PKは、悪徳ギルドに金を払ってわざと負けさせ、商人に事情聴取する段階のようだが…、肝心の商人はログアウトして黙秘を貫いている。結局、ナツキたちは大勢のPKに囲まれたが難なくそれを倒し、事の真相は知らないままのようだ。


 流石は勇者同盟、情報網、それも反応の速さが個人のソレとは一線を画している。しかし、肝心の"動機"は不明。俺の事をよく思っていない何らかの派閥からの工作だった可能性もあるし、単なる偶然から生まれた私怨かもしれない。


「なるほどな。動機については俺が直接ナツキたちあいつらに聞くのが早いか? まぁバックに大物が控えていた場合は、そう簡単にはいかないだろうけど…。とりあえず、聞くから少し待っていてくれ」

「はい、お願いします」


 勇者同盟は現在、俺を支持する商人系の経済派(N派)と、自警団を支持する平和派(L派)、そして以前のようにEDなどの悪徳ギルドを利用しようとする過激派(C派)に分かれている。しかし、派手に動いていた連中が同盟を去った事もあり、今のところ組織は分裂するほどの大きな対立は無い。


 しかしそれは現状、表に見えている部分でしかない。そう、これは大きな波乱の幕開け。ここから怒涛の展開で、L&Cの世界全体に波及するカオスな展開が…、あるかもしれない。


『今日、PKに襲われたよな? 話が聞きたいからアーバンまで、今から来られないか?』





「すいません、おまたせしました!」

「いや、それほど待ってもいないが…、悪いな、急に呼び出して」


 ほどなくして駆けつけるナツキ。場所も酒場に移動して、手短に話を聞く。


「 …。…。そんなわけでユランの"装備"を私たちが奪う形になったので、その報復と奪還のために鬼畜道化師を雇ったみたいなんです」

「なるほどな。元々は俺に用件があって、そこから摩擦がうまれたわけか」


 ナツキの話を聞いて全容がぼんやりと掴めてきた。


 どうやら、そのユランと言う女商人の狙いは俺で、しかも、EDと繋がっている鬼畜道化師とも繋がっているようだ。これは、俺をよく思っていないL派やC派がバックに潜んでいる可能性が高い。


「その、やっぱり装備、返した方がよかったですか?」

「ん? いや、成り行きとは言え正式に戦って勝ち取ったなら、それはお前たちの戦利品ものだろう。それに…、多分だが装備の話はただの口実。真の目的は摩擦を生んで、俺との関係を悪くする事だった可能性が高い」

「そうなんですか? 私の印象では、もうすこし浅い人っぽかったんですけど…」

「あくまで可能性の話だからな。真実は、現状では確かめようがないだろう」

「そうですね」


 流石に同盟加入の商人が、装備の1つや2つで組織の関係を大きく害するような浅はかな行動はとらないだろう。残念ながら草餅は、ユランと直接やり取りをしたことは無く、彼女の人となりは詳しく知らなかったが…、大勢の男性PCと交友があったのは確かなようだ。


「それで、セインさん。ユランの処分なんですけど…」

「ん? そんなのは勇者同盟そっちで勝手に決めればいいんじゃないか?」

「もちろん、ユランは除名して、勇者同盟こちらからも改めて謝罪と賠償を用意するつもりですが…、よければセインさんの意向も反映できたらと」


 同盟のゴタゴタを俺に押し付けられても迷惑なのだが…、N派の草餅的には、謝罪ついでに俺に貢いで関係を深めようという魂胆なのだろう。草餅は、物腰こそ穏やかだが、根っこの部分は商人であり、シタタカなヤツなのだ。


「そうだな、俺なら…、今回の件は不問にする」

「「えぇ!?」」


 声をハモらせて驚く2人。驚くのは理解できるが…、2人はまだまだ、俺の性格を理解しきってはいないようだ。


「あくまで条件付きだがな。その女商人には、ナツキたちと再戦してもらう」

「え!?」

「え、あぁ…」


 ここまで来て、ナツキは俺の意図を察したようだ。そう、俺は『売られた喧嘩は全て買う派』だ。加えて、徒党を組んで環境を操作するつもりもない。ぶっちゃけて言えば、むしろ直接仕掛けてきてくれてワクワクしているくらいだ。


 俺がN派と一定の距離を置いているのもそう。利益ウンヌンで言えば間違いなくN派と関係を深める方が益のある行為だ。しかし、同盟に貸しやシガラミを作りたくないのに加えて…、単純に同盟のやり方が気に入らないのも大きい。


 ぬるい事を言っている自覚はあるが…、それでもやはり、L&Cは公平であり、実力で決まるゲームであってほしい。そう、俺は思っている。




 こうして、今回の一件は処分保留。女商人の対応次第だが…、ナツキたちと女商人が再戦して、事の顛末てんまつを見きわめる話で纏まった。

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