#333(7週目土曜日・午後・ナツキ)

「前々から思っていたんだけど、スバルって何で土日はアニキと別行動なんだ?」

「え? いや~、別に深い意味は無いんだけど…、勉強と言うか、身の安全のためと言うか…」

「「??」」


 そう言って彼方を眺めるスバルさんに、私とコノハとSKの視線が集まる。スバルさんは初心者ながら実力はランカー級。しかも、腕だけでなく人柄もいいときている。本来ならもっと好感を抱いてもいいのだろうが…、対抗心と言うか、嫉妬のような感情が渦巻いていて、正直に言ってしまえば『出来ればあまりPTは組みたくない』と思っていたりする。まぁ、リアルで剣術を学んだ経験があるので、そんな人と一般人の私を比べること自体がバカバカしい話なのだが…。


 それはさて置き、私たちは素材集めも兼ねてハルバDにレベル上げに来ていた。現在、自作防具の素材が急騰している事もあり、普段はパッとしないハルバDも革系素材を求めて集まったPCで、それなりに賑わっていた。


「よっと! まぁなんだ…、いや、なんでもない」

「?? 別に、何かあれば遠慮しなくてもいいですよ? ハハッ!!」


 赤いオーバーオールを着た黒いネズミが、無駄話のついでに切り伏せられる。スバルさんはともかく、SKもこういう部分は天才肌と言うか、感性で戦っているのがよく分かる。


 やはり、頭で考えて斬り合うのでは遅すぎる。PTとして、それが私の役割でないのは理解しているが…、それでも自分に出来ない事を簡単にやってのける2人に、嫉妬の感情が無いと言えば嘘になる。


「スバルってさ、実はおn…」

「アナタたち! やっと見つけたわよ!!」


 話を割って現れたのは、昨日返り討ちにした商人のユラン。そして…、一瞬物陰で何かが動いた。多分、今回は助っ人も連れてきたのだろう。


「えっと、昨日はどうも」

「お、またアタシたちに挑戦しに来たのか?」

「SKお姉ちゃん、なんだか楽しそうだね」

「へへっ、まぁ、ちょっと単調な狩りに飽きてきたとこだしな~」


 相変わらず緊張感のないSK。まぁ、ユランの実力は分かっているので、私もその点は心配してはいない。しかし、彼女も無策で再戦を挑むほどバカでは無いだろう。つまり、連れてきた助っ人は『私たちを倒すのに充分な実力がある』と見て間違いないだろう。


「ん? 1人多いようだけど、まぁいいわ。アナタたち、昨日、私から奪ったものを返しなさい。今なら、穏便に済ませてあげるから」

「「 ………。」」


 いや、その1人がヤバいんだけどね? この人、実力はあるんだろうけど…、肝心なところで抜けている。他人を見下しがちな自意識過剰の女には多いパターンだが、流石に間が悪すぎて、ちょっと哀れみすら感じてしまう。


 PT会話でスバルさんに状況を簡潔に説明しつつも…、とりあえず会話を進めてユランの出方を伺う。


「そちらから挑んできたので"奪う"と言うのは、少し違うと思うのですが?」

「フッ、PK風情が道理をかたるんじゃぁないわよ」

「いや、私たちはPKでは…」

「そんなのどうでもいいのよ!」

「はぁ…」


 ダメだこの人、助っ人を引き連れて気持ちが大きくなっている。私も鬼では無いので条件次第では返却してもいいと思っていたが…、本人にそのつもりが無い以上、衝突は時間の問題だろう。


「アナタたち、昨日私が負けたのは、何故だかわかる?」

「ん? お前がアホだからじゃないのか??」

「アホゆうな! たしかにマヌケではあったけど…、そんなにストレートに言うことないでしょ!?」

「えっと…、人数の問題ですか?」

「それ! レイピアちゃん正解。プラス10ポインツ!!」

「レイピアちゃんって…」


 なんだこの茶番。いいからサッサと助っ人を出せよ…。


 そんな事を考えていると…。思わぬ人からメッセージが届いた。


『後ろに控えているの、ウチの新人だから気にしなくていいよ』


 送り主は、なんと鬼畜道化師のHi。どうやらユランは、道化師を雇って私たちをキルする作戦のようだ。そして、鬼畜道化師の幹部は離れた位置から高みの見物ってところだろうか? それでもHiが助言してきた説明はつかないが…、ここは助言を額面通りに受け取っておく事にする。


「後ろに助っ人が控えているのは気づいています。どうせタダで帰すつもりはないのでしょ? 茶番はそろそろ終わりにしましょう」

「フフフッ、勘はいいようね。命乞いの後に裏切る楽しみが減ってしまったわ」


 そう言ってユランが手をかかげると、物陰からゾロゾロと道化師が姿を現す。その数10。綺麗に包囲されて絶体絶命…、っぽい感じになってしまった。


「へへへっ、そう来なくっちゃ! ちょっとテンション上がって来たぜ!!」

「えっと…、じゃあボクは後ろをカバーしますね」


 なんと言うか…、ご愁傷様。テンションMAXのSKの実力は"上の上"、さらにスバルさんに関しては"特上"。文字通り、新人道化師はピエロを演じる形になってしまった。


「アナタたち、分かっているわね? キルするのは構わないけど、ドロップに手出しはしないこと! あと…」

「わかってるって。これも商売だ。契約は守るよ」


 しかし、ユランはともかく、なんで道化師は勝ち目が無い事に気づいていないのだろう? 道化師とは何度かやりあっているので幹部クラスをぶつけないと私たちにすら勝てないのは分かっているだろう? いや、でも私も下っ端の戦闘力は確かに知らない。もしかして、実は幹部より強いやつがゴロゴロいるとか?


「へへへ、見ろよ。コイツ、男性アバターだぜ?」

「チッ! なんだ男かよ…。ハズレじゃん。やる気無くしたぜ」

「はぁ!? むしろ男の娘とかご褒美だろ! 可愛い上に、生えているんだぜ!!?」

「いや、お前の性癖は聞いてないから…」


『なぁコイツラ。アタシたちのこと、気づいてないんじゃないのか?』

『みたいですね。この人たちと直接面識はないですし…、なにより姿が』

『あぁ、そういうことね。完全に把握したわ』


 言われてみれば確かに、L&Cは名前が非表示で、個人を判断するのはリアルと同じで外見に依存する。それでも顔や装備で大体判別はつくのだが…、今回は服装が大きく一新しているのに加えて、スバルさんまで加わっている。武器に関してはSKの大鎌が目立つが…、言ってしまえばそれ以外に珍しい特徴のない『C√ではありふれたPT構成』だ。




 そんなこんなで、昨日に引き続いて今日もユラン(とその仲間たち)との戦いが始まった。

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