#328(7週目金曜日・夜・ナツキ)

「ちょっといいかしら?」

「「 ………。」」

「ダメです」


 夜、いつものように3人で狩りに出かけると、見知らぬ女性PCに声をかけられたので…、迷いなく断った。


「アナタたち、なかなかセンスがあるわね。どう? よかったら…、てっ! なんで無視して立ち去ろうとしてるのよ!!」

「「??」」


 ダメだと言ったはずだが、どうやら耳に入っていなかったようだ。


 目の前に回り込み、立ちふさがる女性PC。見ればカートを装備しているので商人なのだろう。ショートパンツに最低限の革防具から見え隠れする胸元。見るからに男に媚を売っていそうなタイプだ。


「えっと、どいてくれませんか? 私たち、狩りに専念したいので」

「いいじゃない、ちょっとくらい。そうだ、なんならお近づきのしるしに…、って!! なんで攻撃してくるのよ!?」


 馴れ馴れしくも近づいてきたので攻撃したところ…、斧で攻撃を受け止められてしまった。私も本気で打ち込んだわけではないが、この人、ヌケているようでも勘はいいようだ。


「武器を装備した相手が近づいてきたらPKを警戒するのは当然でわ?」

「アナタねぇ。これだからC√の人たちは…」


 口ぶりからしてL√系のプレイヤーなのだろう。今居る狩り場は、時よりPKも出没するC√PCが多いフィールド。それでなくても今はアップデートでピリピリしているのに、不用意というか、配慮が足りない。


「ナツキ、もう行こうぜ。相手にするだけ時間の無駄だ」

「えっと、すいません。先を急ぎますので…」

「あぁ~、もう! 単刀直入に言うから、マジでちょっとだけ待ってよ! せっかく考えたシナリオが全部パーよ、もう!!」


 猫かぶりを止めて本題を強引に話す女性商人。なんとなく分かっていたことだが、やはり偶然ではなく、何かしらの意図があって私たちに声をかけたのだろう。まぁ、理由は大体察しがつくけど…。


「話が何であれ、受ける気も無ければ聞く気もありませんので…」


 しかし、対応は変わらない。雰囲気からして何かしらの儲け話か詐欺だろうけど、生憎、私たちが優先するのは"経験値"と"プレイヤースキルの向上"だ。悪いがこの場は、完全無視で失礼させてもらう。


「アナタたち!! セインさんの知り合いよね? セインさんに役立つ話を持ってきたの!」

「「!!」」

「お姉ちゃんたち、釣られないの」


 セインさんの名前が出て、流石に体が『ビクッ!』と反応してしまった。それはSKも同じだったようだが…、コノハは流石に冷静で、たしなめられてしまった。


「フフフッ、良いのかしら? 私を無視しても。セインさんの役に立てるチャンスなのにな~」

「「グッ…」」

「だから釣られないの。そもそも、お兄さんなら、この手のお誘いは困って無いはずだよ? むしろ、紹介するだけ迷惑だから」

「「た、たしかに…」」


 姉として、2度も妹に窘められるのは恥ずかしいけど、それはともかく、何となく今のやり取りで女性商人の狙いは読めてきた。


 ようは、セインさんに取り入るための"ダシ"として私たちに声をかけたのだろう。直接本人に言えよ、っと思うが、本人は私たち以上に取り付く島が無い。どこから私たちの情報を調べてきたかは知らないが…、先に私たちを取り込んでしまえば、少なくとも『話くらいなら聞いてくれる』。そういう目論見なのだろう。


「ちょ、手ごわいわね、アナタたち。もぉいいわ。進路妨害もしない! 近づかない!」

「そうですか。では、失礼し…」

「だから! ちょっと離れた位置から勝手に用件を話します!!」

「「 ………。」」


 この人、結構図太い…。


「私の名前は"ユラン"。これでも王都(L√PCの活動圏)じゃ、それなりに名の通った商人なのよ」

「「 ………。」」


 どうでもいいが、露店に出店者の名前は表示されない。もしかしたら、カンバンに名前を書いてアピールしているのかもしれないが…、とりあえずこれと言って興味は湧かない。


「セインさんも含めて、アナタたちC√PCだと、どうしてもL√PCが多い街の露店は、チェックが甘くなるでしょ? 売るのも、街によって微妙に相場は変化するし…。だから! L√圏に強い商人にツテがあると、それだけで金銭面でリードが稼げるわ!!」

「「 ………。」」


 たしかに間違った事は言っていない。しかし、だから何だ? 売却だけ見れば確かに得かもしれないが、かわりにユラン?の都合に合わせなければいけないデメリットがうまれる。それなら、その時間を狩りに費やした方が経験値も得られる分、得が勝る。


 買いつけに関しては…、少し興味があるが、相場価格でいいならセインさんに頼めば希少なものでも短期間で調達してくれる。つまり、セインさんはすでにL√系商人のツテを持っているのだ。たぶん。


 それに…、セインさんに頼るのは、話をする切っ掛けになるし。


「それに…、実は! 仲間内で本格的にセインさんやアナタたちをプッシュしていこうって話が上がっているの。ただ売り買いするだけの関係じゃなく、ランカーも含めた"高いところ"を本格的に目指そうって計画なのよ。アナタたちやセインさんには、すでに商人の知り合いは居るかもしれないけど…、高いところを目指すなら本格的に連携がとれる"専属商人"が絶対に必要になるわ!!」

「「 ………。」」


 3人で軽くアイコンタクトをとる。


 たしかに、上を目指すなら専属商人やバックアップを担当する商人ギルドの協力は必要なのだろう。実際、大手は必ずと言っていいほどお抱えの商人ギルドを持っている。しかし、セインさんには既にお抱えの商人がいる。どうやら、彼女はアイさんのことを知らないようだ。


「えっと、用件は理解できましたが、答えはかわりません。そろそろ目的地なので、ついてこられると魔物のタゲが移るので…」

「わかったわ!!」

「「??」」

「アナタたちが戦闘バカだってのは分かったわ。私だってこの業界長いんだし、そんな人たちの対処法だって、心得てるんだから!!」

「「 ………。」」


 いや、流石に何を言われても考えが変わることは無いだろう。そもそも、セインさん絡みの話を、本人不在で決めることは出来ない。


「勝負よ!!」

「「はい!?」」

「私と勝負して、私が勝ったら、話をセインさんに通しなさい!!」

「 …わかりました。その勝負、受けましょう」


 前言撤回。売られた喧嘩は全て買う。釣られる形になるのはシャクだが…、セインさんの弟子(自称)として挑戦を拒むことは出来ない。




 こうして、私たちはL√系商人のユランと勝負することとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る