#327(7週目金曜日・夜・セイン)

「兄さん、その、二人っきりですね…」

「そうだな。今日は忙しいからマキでいくぞ。ニャン子から最低限これだけは作ってくれって指示もきている」

「チッ!(あの駄猫が…)」


 え? なんで今、舌打ちされた??


 それはさて置き、今日は金曜日。恒例の『土日に販売するアイテムを作成する日』だ。特に今回は、アップデートで解禁された拡張調整を施した装備をガンガン量産していく。巷はPKやC値稼ぎで良くも悪くも盛り上がっているが…、商人界隈では買い替え需要に合わせた防具作成や新旧装備の売買で大いに盛り上がっている。


 まぁ実際のところは、わざわざ全部新調しなくても、足や外装まわりをNPCサービスで微調整すれば済む話なのだが…、それはそれ、そもそも判定回避の詳しい条件も判明していない状態なので『とりあえず全部交換しとけ!』という流れになっている。


「えっと、アイには悪いけど、土日は露店に専念してもらうことになる。あ、でも、何か用事があるなら…」

「? 別に、私も最初からそのつもりですよ??」

「そ、そうか…」


 てっきり、何か用事でもあったのかと思ったが、そうではないようだ。ウチは兄妹仲は良い方だと思うのだが…、こういう所は何年たっても相変わらずだ。


「兄さん」

「はい?」


 今度は、低音を利かせた声で兄を呼ぶ、我が妹。わりと怖い。


「なにやら女性用装備が多いようですけど…」

「プッ! いや、これは」

「ちょ、なんで笑うんですか!」


 思わず笑いが漏れてしまう。それもそのはず『女性用装備』というのは男性スバル用の装備なのだ。


 ニャン子は元ランカーだが、その前に猫のロールプレイヤーであり、ファッションやデザインには拘りがある。そのおかげでニャン子のデザインした装備は売れ行きが良いが…、それは置いておいて。昼、てっきりネカマファッションショーあれで終わりだと思っていた新防具の試着は、本当にただの試着だった。


 考えてみれば当然のことで、サイズ"感"が調整できるようになったことにともない、現実のように試着してイメージと合っているかを確かめる工程が必要になる。もちろん、特に拘りがなければ必要のない工程だ。しかし、アニメのキャラなどに成りきるのが目的のロールプレイヤーには死活問題となる。


 例えば『働いたら負け』とプリントされた"ぶかぶか"のシャツを着たキャラなら、プリントとオーバーサイズの部分だけ合わせれば済む話ではない。詳しくそのキャラを知らないギャラリーには違いは分からなくとも、その人たちにとっては僅かなサイズ感の違いも譲れないほどに重要なのだ。


「いやなに、それ、男が着るようだから。あと、そっちの男性用は女性SKが着るらしいぞ」

「え? あ、あぁ、そういう趣味が…」


 なにか妙な誤解をしていそうな我が妹。俺も人のことは言えないが、こういった仲間内での悪ノリを真に受けるのはどうかと思うぞ?


「えっと、ニャン子たちが悪ノリした部分もあるからな。ほら、それよりも時間が惜しい。早く進めよう」

「あ、はい。そうでした」


 しかし、BL対策ばかりに気を取られ、ロールプレイ界隈の事が頭から抜けていたのは反省点だ。流石に今は、とにかく数を揃えて叩き売りたいところだが…、今後はニャン子の意見も取り入れてロールプレイヤー向けの商品を開発していくのもいいかもしれない。


 なにせ、これなら苦労するのはニャン子だけ。俺やアイは普段通り、スキル育成も兼ねて販売用のアイテムを作るだけで…、売上向上と、なにより贔屓してくれる固定客を作れる。ゲーム内では特定の露店を贔屓するのは殆ど無い事だが、だからこそ、そういった需要を抱え込むのは、相場サイトしかみないデータ至上主義の商人を出し抜く鍵となる。


「よし。今後は、コスプレ衣装の作成にも、力を入れていこう!」

「え? あ、はい。兄さんがそういうのなら…」


 ここにも温度差が。


 これは俺の悪い癖だ。べつに直そうとは思っていないが、秘密主義と言うか、自分の中で考えて、勝手に答えを出して自己完結してしまう。


「いや、すまない。デザインの自由度が増したから、今後はロールプレイ界隈が盛り上がるんじゃないかと思ってな。アイも、何かアイディアがあったら教えてくれ」

「えっと…、その…」

「ん? なんだ、なんでもいいぞ??」


 何やら思いつめた表情のアイ。アイにしては珍しく…、もないな。モジモジするのはよくある事だった。


「いえ、その、兄さんはメイド服こういうのとか、その、好きなのですか…」

「ん? 別に? 正直に言って、服に対して思う気持ちは何も無い」

「そうですか…」

「まぁ、アレだ。本人に似あっていれば、それでいいんじゃないか?」


 例えは悪いが…、女性のショーツが好きだからと言って、ショーツを集めても意味は無い。あくまで女性とショーツがセットであり、ショーツ単体では布きれ以上の価値は見いだせない。俺は、そういう考え方の人間だ。


「えっと、その…、兄さんは、どんな衣装が似合うと思いますか?」

「え? スバルにか??」

「違います!!」


 いや、ほんと、こういう問答で怒られるのは理不尽だと思う。


「えっと、アイにって話か?」

「はい、そういう話です!」


 そういう話だそうだ。


「そうだな…、アイなら、白を基調とした[姫騎士の鎧]か、黒を基調とした[対魔忍者スーツ]とかか?」

「ハッキリしてください!!」

「お、おぉ…」


 ハッキリ答えたつもりなのだが…。




 結局その日の夜は、新たな装備をせっせと作りながら…、よくわからない会話を続けた。

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