#325(7週目金曜日・午後・セイン2)

「そうか、また何かあったら声をかけてくれ」

「 ………。」


 リスの魔人との会話を終わらせ、無言でその場を去る。人によっては律義に会話するPCもいるが、俺は"選択肢"に関係のない会話はスキップする派だ。そう、相手はNPC。L&Cには『言葉回しで未知の選択肢が出現する』なんて面倒な仕様は存在しない。目新しい選択肢が出現しなかった時点で、そのNPCは無関係か前提条件を満たしていないかの2択になる。


「一応、もう少しだけ調べてみるか…」


 昼過ぎ、俺はニャン子たちと別れて魔人の村、ニアの隠れ里に来ていた。理由は…、ちょっとした確認のためだ。


 現在、桃姫帰国イベントが発生している。このイベントは内容がほぼ解明された既存イベントと違い、検証不足な点が多々ある。イベントの性質上『本来なら魔人陣営側にPCが所属していないはずのイベントで、魔人陣営にPCが居る状態ではどうなるのか?』その疑問を解決できるのは、あとにも先にも俺だけ(の可能性が非常に高い)なので、一応、見に来たわけだ。


「なんだ兄ちゃん、俺っちはこれでも忙しいんだ。用事が無いなら失礼させてもらうぜ!」

「 ………。」


 忙しいと言いつつも、同じルートを永遠と回り続けるウサギのNPCを無言で見送る。ちょっと殴ってみたい気もするが、それで村を出禁になっても困るので、ここは我慢しておく。


 それはさて置き、ストーリー初期限定で発生する帰国イベントにおいて、本来居ないはずのPC向けのイベントがあるはずは無いのだが…、帰国イベントが桃姫祈祷イベントと同系イベントと考えると、事情は少し変わってくる。


 祈祷イベントは、巫女でもあるミレーヌ姫が『年に一度、アルバ山にある祠に祈りを捧げに行く』と言うもので、こちらは魔人陣営に属するPCにも出番がある。内容としては、盗賊側参加者と協力してL√PCが護衛するミレーヌ姫(影武者)一行をキルする…、のではなく、第3勢力として両者に敵対する三つ巴の構図となる。


「これで一通り話しかけたか…」


 残念ながら収穫は無し。ほかの街も確認するかで少し悩んだが…、特定の街限定のイベントは、他の街にソレを匂わせるヒント用のNPCが出現する。その例にならうなら、一通りのNPCに話しかけてノーヒントだった時点で、他の街には何もない事が推測できる。


 しかし、ここまで何もないのも逆に引っかかるものがある。と言うのも、L&Cのデバックは既存タイトルの中ではトップクラスだ。"本来は"魔人陣営にPCは居ないと言っても、現に俺は魔人陣営に属している。例え、初期バージョンの帰国イベントでは対応NPCは未実装だったとしても…、現バージョンでは、俺が魔人陣営に属しているのは当然、運営は承知している。該当PCがいる事実を知りながら、未実装を未実装のまま運営が放置するだろうか?


 そんな事を考えながら、村を出ると…。


「おぉ~、そこに居るのはいつぞやの人族ではないか! ちょうど良いところで会ったな!!」


 そこに現れたのは獅子将レオニール。つまり、NPCだ。しかも重要なユニークNPC。若干、登場の仕方が『偶然を装って校門で意中の人を待つ少女』のようで、俺の口元は引きつっているが…、それはグッと堪えておく。


「いえ、人違いです」

「まぁ話を聞け。実はな…。…。」


 俺のボケを機械的にスルーして、強引に本題を話す獅子のオッサン。これは完全に強制イベントの流れだ。因みに、選択肢が出なかった時点でどんな受け答えをしても大筋の流れが変化することは無い。


 周囲を見渡せば、まわりに魔物ザコは1体もおらず、今出てきたはずのゲートも存在しない。一見すると通常のフィールドだが、どうやらココは専用のイベントエリアのようだ。この手の強制イベントは他者が介入しないよう専用エリアで進行する。街中で何も起きなかった理由がやっと頷けた。


「それで、具体的に何をすればいいんだ?」

「話が早いな。それはだな…。…。」


 レオニールの話を纏めると、

①、ミレーヌ姫を護衛するから手伝え。


②、しかしレオニール本人は目立つので参加せず、人族に近い容姿か変身できる種族が馬車を護衛する。


③、俺は馬車から少し離れて護衛をする。つまり偵察や遊撃が主な仕事になる。


④、護衛が終わったら、適当に暴れておけ。


 アバウトな説明で若干理解に苦しんだが、つまりはL√の護衛イベントとC√のフリー参加を混ぜた内容のようだ。ただし、L√にある面倒な(本イベントに参加するための)前提イベントは無くなっている。


「それじゃあ、頼んだぞ!」

「 ………。」


 「ガ~ハハハァ~」と豪快な笑い声を木霊させながら獅子将がありえない跳躍で視界外に消えていく。


「さて、とりあえず帰るか…」


 未知のイベントが見つかったことに歓喜する気持ちはあるが、思っていたよりも俺の気持ちは落ち着いていた。何を隠そう、ミレーヌ姫とレオニールの繋がりは以前からも噂されていたもので、そこに関しては『やっぱりか』としか思わない。それよりも『転生を控えたこの時期に…』と言う悩みの方が、俺の中では大きかった。


 因みに。魔人陣営もアルバ王国と同じで1枚岩ではない。むしろ、魔人の場合は、それぞれの立場で好き勝手に動いている。そのあたり、小説なんかによくある『魔王の1人なのに主人公に味方する』パターンをイメージしてもらうのが早いだろう。実際、L√イベントでも敵の敵は味方理論でレオニールが王国を助ける場面がある。


「ところで…、イベントエリアここからどうやって出るんだ?」




 結局、システム画面に帰還用のコマンドが出現しているのに気がついたのは、誰もいない村や周辺フィールドを10分ほど散策した後だった。

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