#324(7週目金曜日・午後・セイン)

 その日、L&C界隈はゲーム内外を問わず大いに盛り上がっていた。理由はもちろん、装備のカスタム領域拡張にともなうBLの判定回避についてだ。これによりBLは(既存システムである)手配書での判別と同等以下まで性能が低下した。しかし、これほどの状況でもまだ動いているあたりBLの完成度の高さが窺い知れる。


 それはともかく、各種掲示板は情報収集や検証作業で盛り上がり、ゲーム内ではC値を稼ごうとするC√PCと、それを狙うPKK、そして、護衛イベントなどでNPCを守るL√PCが衝突して、殺伐とした雰囲気に包まれていた。


「にゃんにゃん。巫女姿も似合うのにゃ~」

「そ、そうですか?」

「ん~、私的には、やっぱりミニスカメイドかな?」

「あれは、流石に短すぎたかと…」


 包まれているはずなのだが…、なぜかギルドホームうちはネカマファッションショーで盛り上がっていた。


「どうでもいいけど、武装しているせいでメイドも巫女も、別モノ感あるよな~」

「それはまぁ、篭手とかブーツなんかもつけちゃってますし…」


 いや、ネカマではないのか? スバルの場合は女性向けの装備を着用しているだけで、性別は偽っていない。もともと小柄で中性的な男性アバターなので女性PCに見えてはいるが、実際には実用(魔法防御)目的で女性アバター向けの装備を選んだだけ。そもそも、メイド服や巫女服などの女性向け装備は"女性専用"ではない。


「わかってないわね~。そこがいいんじゃない」

「そうにゃそうにゃ。SKにゃんは萌えを理解していないのにゃ」

「流石はニャンコロさん! (男の娘萌えを)分かってらっしゃる!!」

「それほどでもないのにゃ~」


 考えてみれば男性アバターでも猫耳や(ヒラヒラの)ドレスローブを着用する者は居る。それはこの手のゲームでは当たり前の光景であり、俺も普段は気にも留めない。今回は、ニャン子やユンユンが悪ノリしてコスプレ撮影会みたいな雰囲気になってしまったから、俺もネガティブなイメージが浮かんだだけ。対してスバルは、大真面目に装備を選んでいる。ここは、ネカマだのコスプレだのと言うのは無粋だろう。


「そ、その…、師匠は、どう、おもいますか…」

「え? あぁ…、別にいいんじゃないか?」

「その、どちらが好みとか…」

「ん~。どちらも(残念な意味で)似合っていたし」

「そうですか!?」

「性能はほぼ同じだから、スバルの好きな方でいいんじゃないか?」

「その、えっと…、ボクはその、そういうのよくわからないので、出来れば師匠に選んでほしいかな~、なんて」


 言葉は控え目だが、いつになくグイグイ迫ってくるスバル。


 もしかしてコイツ、女性向け衣装を装備する理由を俺に押し付ける気か!?


「折角なんだから選んであげなさいよ。お兄ちゃん、師匠なんでしょ?」

「そうにゃそうにゃ。それに装備は自分からは殆ど見えないのにゃ」

「アニキ、さっさと選んでくれよ。これ、選ぶまで終わらないヤツだぞ?」


 SKのダメ押しに、思わずグウの音が漏れる。


 最悪、無視して狩りに出かける手もあるが、それはそれで後々愚痴られそうで面倒だ。それならSKの言うとおり適当に答えて話を終わらせるのが1番なのだろう。


「えっと…、そうだな、刀の和風イメージにあうのは巫女服だけど、どちらかと言えばメイドかな?」

「「おぉぉ…」」

「いや、メイドって言ってるだけで、普通にスカートスタイルのバトルスーツじゃないか」


 世界観を統一するなら巫女服なのだろう。なぜか腋が大胆に開けているのと、黄色のスカーフを合わせている意味が分からないが…、それ以外はスタンダードな紅白の色合いで、なんというか巫女っぽい。しかし、なまじ合っているせいで違和感が逆に強調されてしまう。せめて、武器が御札とか薙刀だったら、そこまで違和感は無かっただのろう。


 対してメイド服は、白と黒を基調にしたドレススタイルで、エプロンの部分さえ見なければ既存の装備に似たもの(姫騎士の鎧など)は多く、見慣れているせいもあって違和感はさほど感じない。


 それに…、男的に着てダメージが大きいのは"ミニスカート"のメイド服だろう。


「流石は兄ちゃん。ドSだにゃ~(性格的な意味で)」

「ふっ、バレたか…(嫌がらせ的な意味で)」

「お兄ちゃんも、男の子だね~(性的な意味で)」

「えへへ~、師匠がそう言うのなら、ボク! メイド服にします!!」


 満面の笑みを浮かべて喜ぶスバル。


 そう言えばコイツ、わりと何でも喜ぶヤツだった。と言うか、首輪でも喜んでいたし、美的センスはあまり無いのかもしれない。


「 …もしかして、アニキって、ああいうヒラヒラしたのが好きなのか?」

「え?」

「にしし、SKにゃんも着て見るかにゃ?」

「え? いや、アタシはいいから!」

「そういわずに、先っちょだけ、先っちょだけにゃから」


 今度はSKに矛先が向けられる。そういえば装備の新調が必要なのはSKも同じだった。


 女性向けの装備を抵抗なく着こなす男もいれば、抵抗を覚える女性もいる。俺もMMOの世界で色々なヤツを見てきたが…、やはり固定概念にとらわれるのは悪い事だ。例え相手が、見るからにひ弱そうな少女でも、ガチムチなオッサンの魔法少女でも、先入観にとらわれるとステータスやスキル構成を読み違えて痛い目を見る。


「SKちゃん、コッチは通行止めだよ!」

「なぁ!?」

「こっちもにゃん!」

「ちょ、アニキ~~」

「 …あぁ、もうこんな時間か」




 そんな事を思いながらも、俺はどこからともなく聞こえてくる少女の悲痛の叫びを無視して、今日も冒険の旅に出かける。

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