#299(7週目月曜日・午後・セイン2)

「スバル、ここからは一気に難易度が跳ね上がるから気をぬくなよ」

「はい! 師匠!!」


 相変わらず良い返事をかえすスバル。先ほどあれだけ叱ったのだから、普通ならテンションが下がっていても不思議はないのだが…、見るかぎりその気配は感じられない。やはり性格だろうか? 本当に才能のあるヤツは、根っこの部分から強くなることに向いているようだ。


 それはさて置き、やって来たのは"イズモ"エリアの"ハル島"だ。ここはアーバンなどの港から行ける、海外をモチーフにした追加マップで、名前からも分かる通り日本を題材にしたエリアとなっている。(L&Cは基本的に西洋ベースのファンタジーであり、出現する魔物はギリシャ神話などのヨーロッパに関係するものが多い)日本エリアであるハル島では、妖怪などの日本固有の魔物が出現する。因みに、追加マップという事もあり平均難易度は高めで、基本的には転生後を対象としたエリアとなる。


 また、特殊な装備や拡張職なども存在するが、総じて高い技量を必要とするものが多く、要求ステータスに限らず人を選ぶものが多い。武器に関しては、時間をかければアーバンでも買えるが、素材やレシピに関しては直接足を運ぶしかない。


 少し行くと、一陣の風とともにつむじ風が巻き起こる。


「そこ!!」


 俺は迷わず、つむじ風に斬りかかる。すると「ガキン!」と金属音がこだまして、その場にイタチのような動物が出現する。


「あ、結構可愛いですね。これが"カマイタチ"ですか?」

「そうだ。コイツはスキルでつむじ風に変身して攻撃してくる。その時は姿が見えないから音で判断しろ」

「はい!」


 カマイタチは、小型の動物系の魔物で、手足に鋭い鎌がついているのが特徴だ。顔立ちに関しては、まぁ可愛いと言えば可愛いが、手足が禍々しくて、とても抱き上げる類のものではない。見た目は完全に陸上生物ではあるものの、属性は風であり、移動速度が速くアクロバットな攻撃をしてくる。油断しているとアッという間に不意打ちを貰ってしまうが、注意していれば低耐久なのも相まって、未転生でもギリギリ戦える相手となる。


「カマイタチのつむじ風は、まともに貰うと即死級だ。だが! 1発入れれば解除できるから、予備動作を目に焼き付けて、おけ!」

「はい!」


 とは言え、強いと言っても所詮は数をさばくことを前提としたザコなので、条件さえ満たしていれば、あとは作業で倒せてしまう。多少、風の追撃スキルで体力を削られたものの、ほどなくしてカマイタチを撃破する。流石にこのランク帯でノーダメは不可能だが、1対1なら充分倒せる相手だ。1対1なら…。


「こんな感じだ。1人でもやれそうか?」

「はい! 見た目のわりに討たれ強いのが、ちょっとホラーですけど…」

「ふっ。たしかにな」


 少し笑ってしまった。カマイタチの体格は小型犬程度。それが数回斬られた程度では死なないのだから、たしかにホラーだ。俺としては見慣れた光景なので違和感はないが、これから高ランクの魔物は見た目と耐久が釣り合っていないものがドンドン増えてくる。


「あ、早速[カマイタチの鎌]が出ましたよ!」

「よし、この調子で頑張ろう」

「はい!」


 イキイキと返事をかえすスバルに対して、俺の心は若干薄暗いモヤがかかるものだった。


 カマイタチは、たしかにつむじ風さえ見逃さなければ転生前でも狩れる相手だ。しかし、見逃さないまでも、至近距離で2体同時に発動されると完全に詰んでしまう。よって、デスペナの危険が高すぎて、俺たちの他にココで狩りをしている者はいない。


 そして、それに拍車をかけるのが(直接装備をドロップするのではなく)『ドロップが収拾アイテム』という点だろう。カマイタチのドロップは、コモンが[カマイタチの鎌]で、これを10個集めると[魔力をおびた鋼(小)]と交換できる。名前の通り、これをさらに集めるとサイズが上がっていき、それらが上位の刀系装備の基本素材となる。本来なら、もっと上位の狩場で加工状態のものを集めるのだが、今は難易度的に最初期の状態からワラシベするしかなく、必然的に必要数は100を超える。今はスバルがいるので2体が上限となるが、2体までだと湧きの悪いエリアが限界。そのせいで、さらに効率は悪く、なによりダルい狩りになってしまう。




「よし、丁度いいから、ひとまず補給に戻ろう」

「はい!」


 回復アイテムが底をついてきたところで、一旦、港に戻る。幸いなことに、補給場所は近いので移動など余計なロスは殆ど存在しない。単純に、エリアを一筆書きしていくだけの作業だ。


「アイテム整理はやっておくから、トイレに行きたかったら先に行っていいぞ」

「え、いや、まだ大丈夫です…」


 モジモジしながら答えるスバル。どうでもいいが、スバルはトイレなどで一時的にログアウトするのを遠慮するきらいがある。男同士で気にすることも無いと思うのだが、そこは上下関係を重要視するスバル。師匠に雑用をまかせて、自分だけログアウトするのに抵抗があるようだ。俺としては時間の無駄なので、手が空いているならサッサと済ませて欲しいのだが…、まぁ時間を惜しみ過ぎて休憩も取れないって状況になっても問題だ。ここは、確り時間を区切って休憩をとるのがいいのだろう。


「まぁいい。もうすぐ終わるから、それが終わったら10分休憩にしよう」

「あ、はい」

「「 ………。」」


 と、言ったものの、本当に尿意はなかったのか、そのまま店の中で無言になってしまった。まぁ、休憩なのでやることが無いからといって切り上げるつもりは無いが、取りあえず、タイマーでもセットして仮眠でもとるか?


 そんなことを考えてると、珍しくスバルの方から話題をふってきた。


「あの…」

「なんだ?」

「今日は、すいません。ボクの装備集めにつき合ってもらって」

「そんなことか。多少効率は悪いが、その分実入りもあるので気にすることは無い」

「あ、はい」

「「 ………。」」


 正直なところ、スバルと2人っきりの時は、よく会話に詰まることがある。俺がプライベートに限らず多くを語らないのも大きいのだが、スバルはどちらかと言えば聞き手であり、自分から話題をふるのが苦手なようだ。しかし、無駄話が嫌いと言う訳でもなく、時折モジモジと話の切っ掛けを作ろうとしてくる。


「そう言えば、防具は何か希望はあるか?」

「えっと、師匠と同じものなら特には…」

「まぁ、今はいいが、厳密に言うと立ち回りはかなり違うからな。装備のステータス補正もバカに出来ないし、どこかで汎用装備から卒業したほうがいいぞ」

「うぅ~、やっぱり替えた方がいいんですよね…」


 ワンアバターのL&Cは、同じアバターでもスキルやジョブを切り替える事で違うポジションをカバーできる仕様になっている。もちろん、ステータスは簡単にはリセットできないので限界はあるが、ステータスが心技体の3種類なのもあって、装備で補える部分は少なくない。


 スバルの場合でいえば、技量補正の高い装備や、魔法防御に影響する精神補正の高い装備がいいだろう。


「やはり、基本は"侍セット"だな。見た目のまんま、刀使い向けの防具だ」

「そうなんですけど…、ボク、あまり技量補正は重視していなくって」


 流石はスバル。オープンアクションの最大の利点なのだが、元々のプレイヤースキルが高い者は、その分、技量にさくステータスポイントを削減できる。むしろ、下手に上げすぎると補正がかかりすぎてやりにくくなるくらいだ。かく言う俺も技量は限界まで削っていたりする。


「そうなると、魔法防御力重視だな。そっちは、ヒラヒラしたものが多いから、足運びも隠せて面白いぞ」


 ハッキリ言って、スバルの弱点は魔法だ。技量があるので飛び道具には対応できるが、遠距離スキルがほぼ無いので、魔法攻撃に関しては本当に選択肢が少ない。それを踏まえて考えると、魔法防御重視の装備は理に適っている。その手の装備は、攻撃や移動に補正こそ無いものの、軽量なので阻害もしない。元々完成しているスバルにはピッタリと言えよう。


「あぁ、ソッチ系はあまり関係ないと思って詳しく見てなかったです。たしかに、剣士でも魔法使いの服は、着れますからね…」

「魔法使いって言うか、僧侶系だな。ヒーラーは魔法攻撃力よりも魔法防御力が重要だからな。とは言っても…、回復魔法や信仰系魔法を使うわけでも無いし…、あ。いや、アレは無いか」

「? 何の話ですか?」

「いや、そう言えば条件にピッタリ合う装備があったなと思って」

「合っているなら、それでいいんじゃ?」

「いや、まぁ、そうなんだが…。その装備って、女性アバター向けなんだよ」

「え? あ、あぁ…」


 気まずい雰囲気になる。もちろん、入手難易度を加味しなければ選択肢はいくらでもある。しかし、現状で入手可能な装備に限定すると、侍系装備の亜種である巫女服セットとメイド服セットになってしまう。どちらも技量と魔法防御力に高い補正があるが、技量補正の要になっているパーツが腕や頭に限定されるので、そこを入れ替えれば、程よい技量補正と、魔法防御、そして足運びの隠避に役立つ。しかし、見た目がまさに女性専用装備なので、男性アバターが装備するには見た目と精神に問題が出てしまう。幸いなことにスバルのアバターは中性的なのでパッと見は問題ないが、それでもちょっと…。




 結局、その後は変な空気のまま時間となり、黙々と狩りを続けることとなった。

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