#297(7週目月曜日・午後・ニャンコロ)

 岩肌が剥き出しになった殺風景な岩山の一画。ここに出現する魔物は殆どが非行動のストーンスライム。街からアクセスが悪い上に、現段階では貴重な無機物特攻装備が必要な狩場であることから、ここを訪れる者は滅多にいない。そんな場所で、私は1人、杖を片手に魔法を振るっていた。


「ん~、初期魔法は、取りあえずこんなもんでいいかにゃ?」


 独り言をつぶやきながら、MP回復薬を片手に魔法を次々と無駄撃ちしていく。いや、無駄と言うのは語弊がある。魔物相手に魔法を放っていないので経験値こそ入らないが、それでもスキル育成には充分役に立つ。


 本来この手のスキル育成は、普段の狩りに織り交ぜる形で空いたスキルスロットやMPと相談しながら進めるのが効率的だ。しかし、金銭に余裕があるなら、装備やアイテムで限界までMPを強化して人の少ない場所で一気に上げてしまうのも手だ。


「やっぱり、防御に使いやすい風属性先行かにゃ…」


 システム画面を開いて、スキルスロットを入れ替える。


 行動回数でスキルが獲得できるのなら、街中や酒場でやればいい話なのだが、そこはゲームなので様々な制限がかかる。街中では攻撃魔法、と言わなくても戦闘状態に移行しただけでPKと見なされるし、室内では攻撃スキル自体が使用不可能になっている。例外として、戦闘試験などのイベントスペースを利用する手もあるが、そっちはそっちで時間制限などがあり、なによりC√PCには縁がない場所だ。


 そうこうしていると…、突然、肩が光り、続けてHPバーがいくらか短くなった。


「おいおい、それでも元ランカーか? 背中がガラ空きだぜ」

「人の少なりエリアだからって、油断はよくないわね。つまり、これは勉強代ってこと」


 振り返ると、そこには6人のPCが立っていた。6人は、それぞれ異なる色の仮面をかぶっており、一目でPKと判断できる装いなのだが…、中央に赤、左右に青、緑と派手な色が続いて、最後の一人が黒で、一歩引いた位置に陣取っている。遠目から見れば、戦隊モノのヒーローのような配色となっている。意識してやっているかは知らないが、まるで悪者が入れ替わったみたいで、すこし面白い。まぁ、私もC√PCなので、完全に間違いでもないのだが…。


「返す言葉もないのにゃ。それで、もちろん、アチシが誰だか分かった上で仕掛けてきたって事でいいのかにゃ?」

「当然! 多勢に無勢で悪いが、ここで土を、つけさせてもらうぜ!!」


 そう言って一気に距離をつめてくる6人。スキル構成を戻す時間は、どうやら貰えないようだ。


「せめて、武器だけでも! 替えさせて! くれないか、にゃ!!」

「冗談!」

「折角スキル育成の隙をついたんだ! そんなサービス、やるわけないだろ!!」

「ですよね~」


 仕方なく、杖を手に応戦する。不幸中の幸いは、私が拳闘士で、魔法とは関係のないパッシブスキルのスロットは殆ど普段のままという点だろう。おかげで、攻撃面はガタ落ちだが、回避に関してはギリギリ対応できている。


「くそ! この悪い足場で、よくそんなに動けるな!?」

「褒めても何も出ないのにゃ。むしろ、こっちがサービスしてほしいくらいなのにゃ~」

「チッ! 流石ランカー。6人に囲まれてもヨユーってか!?」

「まぁ、見たところ、諦める気には…、なれないか、にゃっと!」

「やるじゃな~ぃ。その余裕、嫌いじゃないわ!」


 強がりは言ってはみたものの、状況は絶望的だ。幸い、6人の腕前はベテラン止まり。実力差でなんとか拮抗まで持っていけているが、戦力差をひっくり返すのに必要な"火力"が致命的に不足している。長期戦は必至なので、あとは私の集中力が、どこまでもつかの勝負になるだろう。


 そんなわけで、絶望的な状況ではあるが、焦らず、平常心を維持することを優先する。


「折角だから、こんなのどうにゃ?」

「あまい! さっきまで魔法を使っていたんだから、魔法対策を怠るわけないだろ?」

「ですよね~」


 苦し紛れに放った魔法も、あっさり相殺される。当たったところで大したダメージにはならないが、それでも基本は確り押さえているあたり、経験はそれなりに積んできているようだ。


 6人は、見た目こそイロモノ感がぬぐえないものの、それぞれが確りとしたコンセプトをもってアバターをビルドしている。基本的には遠距離攻撃主体で、ジリジリ削っていくスタイルのようで、白の杖使いと黄色の鞭使いが距離を取りながら前衛を固め、黒の拳闘士と緑の魔法使いが物理と魔法、両方から2人をサポートする。ダメージディーラーは前衛の2人に加えて、隙を見て青の弓使いと赤の魔法使いが担当しているようだ。


「そこだ!」

「くっ!?」

「これもどう!!」

「にゃんの!!」


 ジリジリと体力が削られていく。決め手もそうだが、戦闘レンジも絶望的に相性が悪い。本来のPKは速度とリーチを重視してレイピアや軽量の片手剣を使うのだが、そこを外しているあたりメタゲーム対策なのだろう。近距離戦主体の私には、近距離での攻防を捨てるような装備の相手だと、どうしても攻防が噛み合わない。噛み合わない上で、相手だけ遠距離からチマチマ削る選択肢がある。これは本格的に、詰んだかもしれない。




「たく、手こずらせてくれたわね。でも、もう終わりかしら?」

「流石はランカーだ。しかし、肝心のスキルが死んでいる状態ではプレイヤースキルも時間稼ぎにしかならなかったようだな」

「はぁ~。まいったのにゃ。もう、回復アイテムも品切れ。煮るなり焼くなり、好きにしろにゃ」


 そんなわけで、結局なにも出来ないまま追い詰められてしまった。これは完敗。完全な作戦負けで、言い訳のしようもない。


「最後に、言い残すことはあるか? 録画してるんだ。せっかくだから、何か一言くれよ」

「えっと、じゃあ…。クッ! 殺せ!!」

「クッコロ、いただきました!」


 お互い半笑いになりながらも、とうとうトドメをさされる。まぁ、粘れるだけは粘ったし、これでいい画は撮れたよね?




 こうして、私はスキル育成の隙をつかれる形で、道化師にキルされてしまった。

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