#296(7週目月曜日・午後・セイン)

「たく、ちゃっかりしてるよな~」

「へへへ~」

「それならSKにゃんも頼んでみたらどうにゃ? アチシからもお願いするから」


 昼、いつものようにギルドに顔を出すと、珍しくニャン子までいた。もちろん、来ることは事前に聞いていたのだが、個人的に女性同士(スバルを除いて)の話が盛り上がっているところに割り込むのが苦手で、少し足が止まってしまった。


「セインお兄ちゃんって、なんだかんだ言って面倒見がいいから見込みのあるPCには手をかけてくれると思うけどね」

「いや、アタシなんて」

「謙遜しなくてもいいわよ。私だってゲーム歴長いから、それなりに自信はあったけど…、なんて言うか、本当に強い人って、戦いに向き合う姿勢が根本的に違うのよね~」

「あ! 師匠、お疲れさまです!!」

「なんだ、お兄ちゃんか。やっと来たわね」


 ほどなくしてワンコが気づき、駆け寄ってくる。時間は、ピッタリすぎるほどいつも通りなのだが、雑談で盛り上がったためか、普段よりもテンションの高い挨拶が飛んでくる。


「 …。あぁ、わかったから。それより、時間が惜しい。さっさと済ませるぞ」

「はい! 師匠!!」


 まるで散歩に連れて行ってもらえると分かった犬のように喜ぶスバル。やはり、スバルは犬系だ。


「 ………。」

「なんですか?」


 試しに手を出してみたが、流石にキョトン顔をされてしまった。


「すまん、手を出したら"お手"をしそうだったから。忘れてくれ」

「え!? あ、あぁ…」

「「はははぁ~、わかる~」」


 ひっこめた手を名残惜しそうに眺めるスバルに、周囲が沸き立つ。仕草もそうだが、スバル自身、犬扱いされるのは嫌いでは無いようだ。とは言え、これ以上茶番に時間を浪費するつもりはない。


「いいから、さっさと始めるぞ!」

「はい! お願いします!!」


 始めるのは、もちろん『いつもの手合わせ』だ。もう、いつものと言うには語弊がでるほど久しぶりだが…、今回、スバルたちにニャン子のサポートを頼んだところ、ちゃっかりスバルはコレを要求してきた。まぁ、突っぱねてもよかったのだが、秘策の補充も出来ているし、何よりスバルとの勝負は俺にとっても学ぶところが多い。毎日でないなら、俺からもお願いしたいくらいだ。




「それでは、両者見合って見合って…、れでぃー、シューッ!!」


 色々混ざった謎の掛け声で試合がはじまる。正直に言って、気が抜けるのでやめてほしいのだが、俺もヤジが飛び交うストリートファイトを想定している以上、禁ずるわけにもいかない。まぁ、お互いスロースタートと言う事もあり、掛け声に意味は無いので、ユンユンの好きにさせている。


 それはさて置き、久しぶりのスバルは、初手で居合抜きを選択する。対して俺はいつもの片手短剣。ただし、左手はフリーにしているので相手からすれば『何が飛び出すか分からない』状態だ。


「珍しいわね、スバル君が居合なんて」

「居合抜きは軌道が読まれやすいから対人ではあまり使われないのにゃ」

「あれ? でも…」

「シッ! SKにゃん、気が付いたことがあっても公平を期するために言わないのがマナーにゃ」


 居合の構えから、すり足でジリジリとにじり寄るスバル。刀使いとしてはスタンダードな戦法ではあるが、俺もスバルと戦い慣れているので、当然気づいている。


 やがて、間合いに入る。しかし、いつもならリーチを生かすために早いタイミングで仕掛けてくるのだが、今回はある程度引き付けてくる。


 まぁ、確定だろう。


「 …ふっ!!」

「甘い!!」


 顔へ向けて飛んでくる"突き"を難なく払いのける。


「くっ!!」


 当然のように対処され、一瞬複雑そうな表情を見せるが、手を止めることなく小技を連発するスバル。


 因みに、先ほどスバルが使ったのは、納刀状態から居合抜きをすると見せかけ、手首をかえして突きに切り替える技だ。軌道の分かりやすい技に警戒を向けさせ、実際に放つのは別の技。リアルではあまり聞かない技だが、実戦向きの奇策剣術が横行するL&Cでは定番のテクニックとなっている。


 しかし、この技にはデメリットもあるので、慣れてしまえば対処はそれほど難しくはない。難点は、まず切り返すことで一時的に刀身は加速するとは言え全体での速さや威力は居合が勝る。加えて、若干リーチが短くなり構えも微妙に変わってくる。あと、今は関係ないが、刀系は耐久値が低く、綺麗に攻撃を当てないと直ぐに破損してしまう。この手の技は綺麗に当てる事は非常に難しく、実戦で多用すると直ぐに剣が壊れてしまう。


「スバル君、今日はいつになく攻めるわね」

「対人戦では、小技を連打して押し切るのも、定番の戦術にゃ」


 定番と言えば確かに定番だが、SPの消費合戦なら有利なのは短剣を使う俺であり、逆効果だ。もちろん、スバルもそこまでバカではないので、動きを抑え、手首のスナップを活かして最小限のSP消費で攻撃を連打してくる。そんな事をすれば攻撃力はガタ落ちしてしまうのだが、幸いなことにルールでは『相手のHPを1割削れば勝ち』なので、確実に1割を削るための策なのだろう。


 しかし、ゆえに本当にスバルと戦っているのか疑問に思えてくるほど、戦い方が違う。攻略サイトでの予習を欠かさない事は理解していたが、ここにきて『L&Cにおける刀系での対人戦闘』を忠実に再現してきた。


 なんと言うか、勉強熱心でスバルらしいと言えばそうなのだが…、残念ながら、俺の求めていたものはココには無いようだ。


 しばらく細かい斬撃を捌いたところで、大げさに攻撃を弾いて後方に飛ぶ。


「スバル!」

「はい! 師匠!!」

「ちょっとこっちに来い」

「うっす!!」


 流石は体育会系。状況を察して、即座に剣を納めて走り寄ってくる。


「歯を食いしばれ!」

「うっす!!」


 次の瞬間、パシーン! と乾いた音がこだまして、続いて「ありがとうございます!!」と感謝の言葉が返ってくる。


「なぜ怒られたか、理由を言って見ろ」

「うっす! 未完成の技で、師匠の目を汚してしまいました!!」

「30点だ!(パシーン!)」

「あ、ありがとうございましゅ!!」


 今どき、運動部に所属している男でも理解されないノリだが、当然のようにスバルは正しく返してくる。まぁ、打撃スキルをセットしていないのでダメージはない。あくまで雰囲気の問題であり、俺もリアルでは流石にやろうとも思わない。


「他にはないのか?」

「耐久値減少がないとは言え、剣に負担をかける技を多用してしまいました!」


 確かに、実戦だったらカタナを叩き割っていたところだが、ルールを上手く利用するのも戦術であり、そこは問題ではない。完成度が低いのも、まぁ仕方のない事だろう。L&Cの剣術を1から覚える手間は必要なわけで、手合わせの話も突然だったので調整が間に合わなくても不思議はない。つか、ぶっつけ本番で毎回のように奇策を披露していた俺に、それを責める義理はない。


「10点だ!」

「はひっ、あ、ありがとうございましゅ!!」


 先ほどから、スバルの呂律がおかしい。もしかして、体調でも悪いのか? 勢いでやったとはいえ、なんだか居たたまれない気分になってきた。やはり、ガラにない事はするものじゃない。


「スバル、お前の剣術は最初から充分形になっている。お前の間違いは、それを付け焼き刃の奇策戦術で上塗りして、剣を曇らせたことだ」

「うっす!」

「俺は付け焼き刃に倒されるほど弱くはないし、そのスタイルなら上位互換はいくらでもいる」

「うっす!」


 勉強熱心なのは良い事だが、それで迷走していては意味がない。それでも以前のスバルは、頑固な部分も確りあって『自分の剣』は確り守っていた。負けがこんで焦る気持ちもあっただろうが、少なからず気の緩みと言うか、剣への愚直さが薄れていたことも揺るぎのない事実だろう。


「自分だけに才能があると思うな。人の道をなぞったところで先駆者には敵わない。とは言え、お前もやっていて薄々は気づいていたと思うがな…」

「その! いえ、何でもありません」

「 …まぁいい。退屈なお説教はここまでだ。時間が惜しい。レベリングに出かけるぞ! っと言いたいところだが、無理強いするつもりはない。休みたかったら休んでいいぞ?」

「いえ! ボクは平気です!!」

「そうか? 体調が悪そうに見えたんだが…」

「あ、その…、そうなんです! 30分、いえ10分ください!!」

「焦る必要はない。確り(お腹を)整理させて来い」

「はい! ありがとうございます、師匠!!」


 幸いなことにスバルは『怒られるとモチベーションを失う』タイプでは無いようだ。迷っていたとは言え、スバルなりに努力したのは事実であり、最善の選択肢は、今思えば『褒めた上でそれとなく諭す』だったのだと思う。


 とは言え、俺もそこまで出来た人間ではない。師匠と呼ばれてはいるが、俺もまだまだ人生経験の浅い青二才。偉そうなことを言ったはいいが、自分のダメさ加減も再認識する結果になってしまった。




 その後は、一段と清々しい笑顔になったスバルと再度合流して、地味なレベリングに打ち込んだ。

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