#293(6週目日曜日・夜・セイン)

「兄さん、どうかしましたか?」

「ん? いや、たいした事はないんだが…、どうやら自警団がEDの幹部とやりあって、返り討ちにあったようだ」

「それって、わりと重要にゃんじゃ…」


 夜、レベリングに出かけようとしていたところ、自警団の緊急会議の情報が入ってきた。


「どうなろうと、本格的にEDの活動が再開するのは連中が転生してからだ。妨害もいいが、それで自分の攻略を疎かにするなんて、本末転倒以外の何物でもないだろ?」


 因みに、自警団がEDの幹部に接触できたのは(侵攻イベント以降では)これが初となる。連中にはBLがあるので、もっと簡単に見つけれそうなものだが、変装しているPCを(不確定でも)判別できるプラグインは自警団限定であり、エリアも敵対勢力圏であることから、今までは切り込んだ捜索が出来ずにいた。しかし、これからはPKK専門部隊のレベルも基準に達したことから加速度的に進んでいくのだろう。


「気になるなら、好きに動いてもいいんですよ? むしろ、猫はもっと、気を使うと言うことを覚えるべきです」

「いや、まぁ…」


 珍しくアイのボケ?をスルーして、考え込むニャン子。考えている事は大体予想できるが、あえてクチは挟まない。事の発端はどうあれ、自分で考えて、自分で動く気になったのだ。性格に難はあれど、基本的には有能なヤツだし、自信をつけさせる意味でも俺の出る幕はないだろう。


 まぁ、スタッフには、それとなく助言はしておくが。


「行くならサッサと行くぞ。今日は追加注文が入ったから旧都だ」

「勇者同盟ですか…」

「アイは勇者同盟の方が気になるか?」

「いえ、気には全くなりません」

「そ、そうか」

「しかし、せっかく潰したのにと…」


 アイの言うことももっともだが、勇者同盟はそもそも"敵"ではない。侵攻イベントの時は、白の賢者がドをこしたから咎めただけであり、勇者同盟本来の悲願である『進行度を上げてイベント発生を早める』目標自体には賛同している。


 それで言えば、むしろ今の勇者同盟は牙が抜けすぎて拍子抜けしているくらいだ。いや、牙どころではない、180度方向転換して自警団に協力する素振りさえ見える。白が居なくなっただけでここまで変わるのは不自然であり、導き出される"答え"は、俺の予想では…。





「ここも、結構賑やかになったのにゃ~」

「ところで、なぜ猫がここに居るのですか?」

「アイにゃん。アチシも夜は一緒にレベリングするって言っていたのにゃ」

「気遣いは…。…。」


 相変わらず仲良しな2人は置いておいて、言われてみれば確かに人が増えた。来たのは旧都の夜エリア。いわゆるハードモードエリアであり、面識こそ無いが、このあたりで狩りをしている連中は、必然的に高レベルPC、それも元ランカーや準ランカークラスの実力を持っている事になる。もちろん、中には物見遊山で無謀にも挑戦する素人や、効率を度外視したフルPTで素材を集める背伸びもいるが、それも含めて平均レベルがそこまで上がってきたって事なんだろう。


 あ…。1つ訂正がうまれてしまった。1人、面識のある人物がいた。


「よっ! セインじゃないか。相変わらず、両手に花のようだな!!」

「「 ………。」」


 両手剣使いが、気さくに話しかけてきた。犯罪者ではないのでBLは反応しないが…、その必要はないくらい分かりやすい格好であり、離れた位置からでも、それが誰なのか察しが付く。むしろ、あのシルエットを見れば誰もが彼を連想するくらいの有名人だ。いや、シルエットって言うか…、色だな。


「ちょ!? クレナイさん、なに気さくに話しかけてんすか!」

「そいつ、セインですよね? 例の対人最強の!?」


 そう、現れたのは元勇者であり、赤を基調とした派手な装備がトレードマークのクレナイだ。つまり、思いっきり敵対勢力なのだから、お付きのメンバーが困惑するのも無理からぬことだ。


「あぁ、大丈夫。ここだけの話、コイツは協力者みたいなもんだから。それに、LとCがツルむことだって、別に珍しい事じゃないだろ?」

「「はぁ…」」


 正式な同盟などは結んでいないのだが…、クレナイとは侵攻イベント以降、メールのやり取りが続いている。彼の所属するヘアーズも、裏で色々とやっているので、そのアドバイスというか、お互い予備の情報網として最低限のやり取りを続けていたのだが…、どうやらクレナイは、俺が思っていたよりも俺に好意を抱いていたようだ。まぁ、単純に(勇者ではなく)本来の性格がオープンでフレンドリーなだけ、って可能性もあるが。


「そいつらが、例の新チームか?」

「相変わらず察しがいいな。そう、コイツラが例のC√チームだ」


 本来のヘアーズはL√攻略専門ギルドであり、C√攻略やPK行為などを容認してはいない。つまり(実質)代表が堂々とC√PCを指導するのは限りなくアウトに近いアウトなのだが、そこは上手い事理由をつけてやっているのだろう。そのあたり、伊達に勇者をやっていただけはあり、根回しを抜かるバカではない。


 補則すると、ヘアーズも勇者同盟と同じく『進行度を上げる』ことを重視しており、新チームはそのための組織だ。とはいえ、現段階では勇者同盟のように手段を選ばず妨害行為をおこなう悪徳チームではない。ヘアーズ内にも様々な意見はあるだろうが、基本的にヘアーズの方がフェアであり、ゆえに今までは勇者同盟の支配を許していたわけだ。


「兄さん、その…」

「 ………。」


 意を決した表情で、アイが俺の袖を引く。見ればニャン子は、アイの袖を引いている。こっちも伊達につき合いは長いので、言いたいことは充分に理解できる。つまりは『C√チームの視線が痛い』のだ。ニャン子はともかく、アイは普段、非常に強気で攻撃的なのだが、根本的には2人とも同じ人見知りであり、攻撃できない相手には『早く話を終わらせてください』と目で訴えてくる。


「丁度いい、悪いがコイツラに指導をつけてやってくれないか? なんならキルしちゃってもいいから」

「「ちょ!? クレナイさん」」

「悪い、こっちも予定があるんでな」

「そうか。俺はあまり来られないが、コイツラはしばらく旧都こっちでレベリングする予定だから、気が向いたら声をかけてくれ。俺はともかく、コイツラはキル歓迎だから」

「「ちょ!?」」


 C√PCとしてはよく見かけるノリだが、それをLの頂点まで登りつめたPCがやっている事に違和感を感じてしまうが、人の上に立つものは、本来これくらい大きな器でなくてはならない。間違っても(どこかの団長のように)潔癖症では、大勢のプレイヤーを束ねることは困難であり、少なからず敵を作り、対立を生む。それを持ってクレナイを見ると、見た目こそ騎士風だが、ある意味『若き王』と言った印象も感じなくはない。




 そんなこんなで、その後は特に何事もなくレベリングに専念して解散となった。

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