#294(6週目日曜日・夜・ナツキ)

「とうとう来たわね。みんな、準備はいい!?」

「おっけ~」

「大丈夫だから、早く場所取りしちゃお」

「え、あぁ、そうね…」


 夜、若干の温度差に戸惑いながらも、私たちはワイバーンが出現するイベントエリアに来ていた。


「お姉ちゃん、こういう混んでる狩場はPTの距離感にも気をつけてね」

「え、あぁ、そうね…」


 普段の感覚で空いている場所に陣取ろうとしたら、妹に袖を引かれ、諭されてしまった。もちろん(ゲーム初心者とは言え)私もそれなりにL&Cをプレイしてきたのでゲームマナーと言うか、PT間で距離をとりあうルールは肌で覚えている。しかし、ワイバーンは大型の魔物であり、移動攻撃も使ってくることから普段よりも遥かに広く距離を置いて戦う必要がある。


「入り口付近は混んでるけど、奥は結構空いてるから、さっさと移動しちゃお」

「そうですね。下手にタゲを貰ってもお互い気まずいですし、急ぎましょう」

「え、あ、まって…」


 走り出す2人の背中を慌てて追いかける。


 うぅ、また、気持ちが早って空回りしてしまった。姉として、先輩として(SKよりもほんの僅かにゲーム歴が長い)カッコよく決めたいと思っているのだが…、リアルと違ってなかなか上手くいかない。いや、リアルも、あまり大きなことは言えないのだが…、少なくとも! 成績や社交性では、まだ私が勝っている!!


 まぁ頭の回転は、もしかしたら若干負けているかも? と思う時はあるし、社交性もネットを含めると惨敗なのだが…、それでも! リアルでは『出来るお姉ちゃん』として妹をリードしている。これ以上、姉の威厳を損なう前に、早くゲームの中でも上手く立ち回れるようにならなくては!


「と言うか、やっぱりソロで挑戦していたんですね」

「まぁ、下見も兼ねてね~」

「えっと、それでどうだったの?」

「もちろん…、惨敗だったね。ハハハ~」

「「 ………。」」


 ケラケラと敗北を笑い飛ばすSK。しかし、私は知っている。彼女は人一倍負けず嫌いで、本当は無茶苦茶悔しがっている。しかし、それ以上に"戦い"に矜持を持っていて、負けを確り受け止める度量と、高みを目指す飽くなき探求心を持っている。もちろん、戦いのセンスはずば抜けているのだが、彼女の強さは、そのひた向きさにこそある。まぁ、気分屋で、単純作業になりがちなレベリングは、本当に性能が落ちるけど…。


 因みにSKは、平日の昼間もログインできる分、プレイ時間はそれなりなのだが、無謀な挑戦で相当デスペナを貰っており、レベルに関しては、なんとか追いついている。


「この辺りなら、よさそうですね」

「よし! コノハは索敵とブレス対策に専念して! SKは、悪いけど、ワイバーンが現れても最初は逃げて私にタゲを移してちょうだい」

「わかってるって」


 この日のために新調した[タワーシールド]を構えて、コノハをフォローする。SKは軽く周囲を動き回りながら、陣地内に出現したワイバーンのタゲが他のPTに流れていかないよう、タゲ拾いが仕事となる。


「お姉ちゃん、気を張り過ぎないようにね」

「わかってるって」

「ガッツリ構えながら言われてもね…。お姉ちゃんもSKさんみたいに力の抜き方を覚えた方がいいと思うよ」


 見ればSKは、鼻歌交じりに周囲をフラフラしている。傍から見れば真剣みは感じ取れないが、彼女はアレで結構、気を張っている。


 自分で言うのも何だが、私はお堅い性格であり、ああいった不真面目な態度は本来ならば嫌悪感を抱くのだが…、なぜだかSKとは気が合うと言うか、何となく考えている事が理解できてしまう。それで言うと…。


「いや、あれで結構殺気立ってるから。本当はソロでリベンジしたいけど、勝ち目がないから大人しくしているだけで」

「へ~。そんなもんですか」

「そんなもんです」

「 ………。」


 話は聞こえているはずだが、何も言わないSK。これは"肯定"と見ていいだろう。


 SKの場合、センスは間違いなくあるのだから大人しくレベルと装備を整えれば勝機は充分にある。しかし、どうにも彼女的にはそう言った勝ち方では満足できないようだ。縛りプレイだっけ? あえて条件を厳しくした状態で勝利して、はじめて"勝利"に価値を見出す。彼女はそういう、回りくどくも気高い性格なのだ。


 Gyoooooo!!


「みんな!」

「OK!」

「来たみたいね。それじゃあ、作戦通りにね!」

「はい!」「おう!!」


 突然鳴り響く咆哮。それにあわせるように上空からワイバーンが舞い降りる演出が入る。索敵なんて必要ないほどわかりやすい出現エフェクトに内心で驚きつつも、皆に喝を飛ばす。


 あと、これだけ分かりやすい登場なら、索敵や構えていた意味が無かったと言う事実を、そっと胸に仕舞いこむ。


「ブレスくるよ!!」

「任せてください!」


 上空からのブレスに、構えていたコノハが絶妙のタイミングで防御魔法を展開する。しかし、炎を遮る光の壁はあっけなく消滅して、私は炎に包まれる。


「大丈夫!?」

「OK。それよりも、タゲは私! 工程が1つ省けたわ!!」


 魔法専門ではないコノハの防御魔法が最後までもたない事は想定の範囲。しかし、ブレスは浴びていた時間に応じてダメージが発生する。耐火装備もしっかり用意してきたので、これで充分なほどダメージは軽減できた。


「お姉ちゃん、くるよ!」

「よし! 耐えてみせる!!」


 ワイバーンの突進にモーションを見て、私は迷わず防御を選択する。ワイバーンの突進は即死級の攻撃だが、防御特化にしていればギリギリ耐えることができる(って攻略サイトに書いてあった)。あとは上手くSKがいる方に誘導して、SP切れの隙をついてもらうだけ。


 まぁ、ただ受け止めるだけなので、叫んだ意味は全くないのだが…、どうやら私も、結構熱くなっているようだ。


 構えたタワーシールドが揺れたと思った瞬間、景色が一瞬にして吹き飛ぶ。さながら電車に乗っているような感覚だが、もちろん吹き飛んでいるのは私の方。リアルなら衝撃で脳震盪を起こして気絶しているところだろうが、そこはゲームなので確り、痛みにリミッターがかかる。


「ナイス! ナツキ!!」


 5メートルほど吹き飛ばされただろうか? 離れていたはずのSKの声が驚くほど近くから聞こえて、そこでやっと我にかえる。


「任せたわよ!!」

「おう!!」


 ワイバーンの長い尻尾を駆け上がるSK。簡単そうにも見えるが、尻尾にはヒレ?があり、おまけに(SPがつきているとは言え)動いている。普通の運動神経では到底実現不可能だろう。


 ほどなくして、首狩り用の大鎌がワイバーンの首を捉える!!


「「やった!!」」

「よっと。 …ははは、ごめん、やっぱ浅かった」

「「えぇ!?」」


 再び空に舞い上がるワイバーンの姿を眺めつつ、姉妹揃って呆気にとられる。


「いや、ステータスが足らなかった。あと、登るのも遅すぎたね」


 SKの攻撃は確かに首を捉えたが、それとほぼ同時にワイバーンのSPは回復して再び空へ舞い上がり、SKも追撃を入れる間もなくふり落とされてしまった。


 それでも間違いなく致命傷は与えたはずだが、根本的なレベル不足もあり、キルには至らなかった。


「えっと…、次! 次で決めるよ!!」

「「おう!!」」


 因みに、次の一撃は私の回復が間に合わず、あえなく撃沈。


 その後は、散々グダったあげく、3回目の挑戦でようやくワイバーンを仕留める事が叶った。




 まぁ、完全な赤字なんだけど、とりあえずスッキリ出来たので良しとして…、残った時間はひたすら地味なレベリングに費やした。

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