#282(6週目土曜日・午後・ニャンコロ)

 助けて兄ちゃん!


 なんて叫んでも、残念ながら兄ちゃんは颯爽と助けに来てくれる正義のヒーローではない。どちらかと言えば悪役サイド。しれっと相手陣営にまわっていても不思議はない感じだ。もちろん、悪人と言う訳では無いのだが…、なんだろう? 策略家? 『試合にわざと負けて、ちゃっかりそれ以上の利益を得る』みたいな勝ち方を好むタイプだ。


「はじめてではないけど、はじめましてと言わせてもらいます。皆さん、はじめまして」

「「 ……。」」


 現れたのは昨夜会った緑の仮面の道化師。間違いなく鬼畜道化師の幹部だと思われるが、その怪しい姿に反して紳士的な挨拶に、一様に返す言葉を失ってしまった。


「俺の名前はサイクロン。普段はSiと名乗っているので呼ぶときはサイか緑などと呼んでください」

「え? あぁ、その、ご丁寧に」


 自己紹介をしながら飛ばしてきたのは[証書]、通称"名刺"とか"履歴書"と呼ばれるアイテムだ。本来は、個人イベントなどでルールなどを事前に書き残しておくためのアイテムなのだが、大抵は別の用途で使われる。その用途に関しては、通称が全てを物語っている。このアイテム、備考欄以外は選択形式で任意の文章を入力できない。つまり、嘘の名前や連絡先を記入できないのだ。そのため、一方的に自己紹介をする場合や、ギルドに自分を売り込むときに使われる。


「えっと、この人は…」

「あぁ、えっと、なんだろ? 鬼畜道化師の人のはずだけど…」


 状況を飲み込めない皆に質問を投げかけられるが、むしろ私が聞きたいくらいの状況だ。こう言う時、自分のアドリブやメンタルの弱さが本当に嫌になる。


「それについては俺から説明します。とは言え…、あまり他言していい話でもないのですが…」


 そう言って目配せをするSi。なにやら秘密の話のようだが、相手はPKで、その彼の誘いに乗るのも問題がある気がする。えっと、ここは私が機転を利かせて…。


「えっと、秘密の用件のようですけど、流石に怪しすぎるかと」


 助け船を出してくれたのはスバルちゃん。見ればナツキちゃんも警戒しているようだが、彼女の場合は分かりやすく敵対心が先に出ている。あとの2人は、判断保留で傍観ってところか。


「そ、そうだにゃ。怪しい誘いには乗れないのにゃ!」

「そうですよね。一応、秘密なんですけど、まぁいいや、出来れば秘密にしてほしいですけど、噂程度なら流してしまってもいいですよ」

「「 ……。」」

「簡単に纏めると、鬼畜道化師商会が新入りに乗っ取られそうだから、次の身のふりを考えているところなんです。事の発端は…。…。」


 どこまで本当か分からないが、ペラペラと裏事情を語りだすSi。話の内容を纏めると…。

①、悪徳ギルドとしてランクアップするために、ランカークラスの実力者を募集していたところ、幸か不幸か団体で来てしまい。格上の新入りに大きな顔をされる状況になってしまった。


②、実力からしてランカークラスであることは間違いないのだが、本人たちは転生まで身を隠すことを優先しており、詳しい情報はギルドマスター以外知らない。結果として顎で使われる状況が出来てしまったが、指示は適切であり、当初の目的だったギルドのランクアップは進んだ。


③、しかし、新入りは古参メンバーを踏み台としてしか見ておらず、このままではギルドが乗っ取られてしまう事が判明。下っ端になってでもギルドに残るか、どこかの段階でギルドを抜けるかの選択が迫られている。


「なるほどにゃ。完全に信じたわけじゃないけど、状況は大体把握したにゃ」

「でも、それなら証拠をつきつけ、新入りを追い出せばいい話なのでは?」


 もっともらしい意見を投げかけてきたのはナツキちゃん。気持ちは分からなくもないが、相手は不義理ではあるものの、悪いことは何もしていない。単純に実力に勝る新入りが転生後は1軍として主導権を握る。それだけの話だ。悪意(ギルドを乗っ取る意志)はあってもギルドを大きくするために貢献しているのは事実であり、古参メンバーを特別に陥れるような事はしていない。主導権が移るのは、悪意に関係なく自然の流れでおこる摂理なのだ。


「それも考えたが、アイツラのおかげでギルドが急成長しているのは事実なんだよな。なんて言ったらいいか…。つまりはさ、気に入らないヤツの下でもいいから大きなギルドにいたいか、それとも、弱小でもいいから気の知れた仲間と面白おかしくやっていくか、その2拓なんだよ」


 MMOの楽しみ方は人それぞれであり、頂点を目指すのも正解なら、自己満足を選ぶのも正解なのだ。Siは(個人的な感情とは別に)新入りの貢献も正しく評価している。だから、古参メンバーにも移籍の話は持ちかけるつもりだが、2軍落ちしても上を目指す選択を選ぶのも受け入れるつもりでいる。ようは、その選択が迫られており、その下準備に私を訪ねたようだ。


 因みに、なぜ新入りが乗っ取りを企てている事が判明したかと言えば…、プライベートチャットルームで、わざと新入りだけが残る状況にして、自分は『サイト管理者権限』で会話ログを監視していたそうだ。なんともガバガバな話だが、一般人の知識からすれば、残った親(スレッド管理者)が『入室禁止』と『ログの削除』をすればバレないと思ったのだろう。


「つまり、復讐したいとか、そう言う話じゃ無いってことにゃ?」

「そうですね。俺としては、にゃんころ仮面さんたちを目の敵にしている連中の情報があるんで、それで配下に加えてもらえたらなって話です」

「配下って…」

「別に、庇護下に加えるとか、協力者とか、好きに受け取ってもらえばいいです。まだ声はかけていないですけど、ギルドにはノリのいいヤツが何人かいるので、にゃんころ仮面さんが味方してくれると分かれば、連中も鞍替えしやすいと思うんですよ」


 なんと言うか、めちゃくちゃ迷惑な話だ。だけど、私がそれを頭ごなしに断れない性格なのも事実。


 兄ちゃんならどうするか? 兄ちゃんならコイツラを上手く利用するだろう。


 アイちゃんならどうするか? そもそも話を聞かないだろう。たとえ、話を聞いても微塵も(利益の有無にかかわらず)興味を示さない。


「えっと…」

「あの、そういう事なら師匠に相談した方がいいのでは?」

「師匠?」

「えっと…」

「あぁ、もしかしてセインのことか? それは悪いが勘弁してくれ」

「えっと、なぜですか?」

「にゃんころ仮面さんなら、まだいいが…、なぜだか連中は本気でセインを目の敵にしている。だからセインの配下に加わったとなれば、完全に敵対者として潰されてしまう」


 いや、私の下も、兄ちゃんの下と変わらないだろうと思うのだが、どうやら世間の認識は私と兄ちゃんは別派閥になっているようだ。


 一応私も、この提案が利益につながることは理解している。敵対勢力である鬼畜道化師商会のスパイとしての価値。ほかの組織が知らない戦力を手に入れる価値。そしてSi個人の利用価値。しかし、私個人の意思としては『面倒なことは全部兄ちゃんに丸投げして、何も知らず何も考えずに過ごしたい』。




 つか! その新入りって状況からして消えたEDメンバーだよね!? それを見なかったことにして放置していいの??


 そんな思考が頭の中をぐるぐる回り、私は見事にテンパっていた。

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