#281(6週目土曜日・午後・ニャンコロ)

「センセー、質問で~す」

「はい、ナツキにゃん」

「セインさんの姿が見えないんですけど…、今日ってセインさんが魔法について教えてくれるって話じゃ…」

「いい質問ですね。兄ちゃんは、レベル上げが遅れているからと言って、1人でレベリングに出かけたのにゃ」

「えぇ…」


 午後、アイテム集めを手伝ってくれた人たちへのお礼も兼ねて『L&Cにおける魔法について』をレクチャーする事となった。なったのだが、肝心の兄ちゃんはボイコット。アイにゃんも当然のように露店を回しに行ったので。私1人で4人(スバル・ナツキ・コノハ・SK)の面倒を見る事となった。まぁ、私の装備を集めるために手伝ってもらったので、そのこと自体は異論はない。


「残念だったね、お姉ちゃん」

「ちょ、私は別に! でも、ドタキャンは、ちょっと酷くない?」

「ははは、アニキらしいよね~」

「実際、師匠は自分が指導する、なんて一言も言っていませんからね」

「いや、まぁ、そうなんだけど…」

「お兄さんって、基本、自分の予定を言わないよね」

「それ! もうすこしさぁ、なんて言うか、私たちに興味を持ってもいいと思うんだよね。一応、私たちも女の子なわけだし…」


 相手にされていない現状に肩を落とすナツキちゃん。気持ちは分からなくもないが、流石にソレは兄ちゃんのキャラじゃないと思う。


 しかし、あの兄妹は本当に協調性がない。まぁ、そういうところに少なからず憧れを持っている私が言うのも変な話だけど…。とりあえず、兄ちゃんは折角モテるんだから、もう少し柔らかくなってもいいと思う。いや、兄ちゃんの場合は、むしろこの硬さがモテポイントなのかな?


「そこがいいんじゃないですか~。師匠は、そこらのナンパな人とは違うんです! 優しさはあるけど、甘くない。厳しくするのも愛情なんです!!」

「たしかに、お兄さんは硬派なところが魅力ですからね」

「いや、まぁ、それはわかるけど…」


 なんだろう、この半歩くらいズレた会話は…。スバルちゃんが兄ちゃんの事を好きなのは分かるけど、ドMな性癖を差し引いても信頼感が高すぎる。とても出会って1ヶ月半とは思えない数値だ。可能性として高いのは、やはり6時代の知り合い(ファン)が憧れのPCを追って(ストーキング)きたって線だろうか? ふに落ちない点も多いが、考えてみれば私も兄ちゃんの事はよく知らないし、なにかあるのだろう。少なくとも私は、2人が(6時代)誰にも注目されることのなかった無名の実力者、だとは思っていない。


「お喋りはその辺にして、そろそろ、はじめるのにゃ~」

「「はぁ~ぃ」」


 なんの変哲もない過疎フィールドで青空授業が始まる。本当は、ギルドを使いたかったところなのだが、ホームの設定を変更できるプレイヤーが不在では仕方ない。まぁ、こっちなら魔物まとには困らないし、ポジティブに考えよう。


「えぇ~っと、それじゃあ基本的なところから。まず魔法は3つのタイプに分かれて…。…。」


①、放出系魔法。魔力(MP)を攻撃や防御などに直接変換するタイプ。魔法の威力は術者のステータスに依存する。『魔法使い』と言えば基本はコレをさす。


②、信仰系魔法。僧侶系の魔法で、回復や強化がメインだが限定的に攻撃に使えるものもある。放出系魔法と違って、効果が信仰値と呼ばれる数値に依存する部分が多く、他の系統のスキルと共存が難しい。装備も信仰値を稼ぐものが求められるので放出系以上に見た目が分かりやすくなる。


③、環境系魔法。放出系の派生型で、精霊使いや死霊使いなどがコレに該当する。こちらは周囲の環境を利用するのでステータスの依存度が低く『魔法攻撃手段も欲しい』と言うソロPCや少数PTが好んで利用する。魔法攻撃力が低くても大きな効果が得られるが、大抵の魔物は環境と同じ属性を持っている(水場なら殆どの魔物が水耐性を持っている)ので活用できる狩場が限定される。単体では汎用性が低いので、PCが使うと言うよりは、NPCや人外転生したPCが防衛用に使う場合が多い。


「やっぱり、L&Cの仕様って独特な部分が多いですよね。基本はベタなレトロRPGベースなのに」

「まぁ私は他のゲームを知らないから、むしろリアル設定のL&Cの方が自然に感じるけどね」


 コクコクと頷くスバルちゃんとSKちゃん。女性とは言え、コアなMMOで本格的なRPGの経験者が1人しかいないのは珍しい状況だ。6時代は、まず無かったことだが…、VR環境が7世代に入り、無課金でもそこそこ遊べる雑多なアイテム課金ゲームは開発資金の問題で軒並み閉鎖した。L&Cは、そんな中で生き残った月額課金の安心感もさることながら、最近になって新しいリハビリに対応している事が発表され、注目を集めている。SKちゃんは、まさにリハビリ組みであり(詳しくは知らないが)事故さえなければ(インドアの私には想像できないが)VRゲームに一生縁のない人種だったようだ。


「うぅ、ゲームをしているのに、ゲームの話が通じない」

「3人がレアパターンだから気にしたらダメにゃ。普通は、むしろコノハにゃんの方が、プレイ時間1000時間以下は素人、てバカにされるところにゃ」

「ですよね…」

「「千時間って…」」


 納得してくれたのはコノハちゃんだけ。実際のところ、素人がゼロからのスタートで1000時間で転生カンストするのは不可能であり、その世界を知らない者はチュートリアルの途中でしかないのだ。最近のゲームはヌルい仕様が多いので100時間もあればクリアできるものが殆どだが、ネット対戦に対応したゲームは、ジャンルを問わずこのくらいが常識となっている。


「えっと、それじゃあもう少し詳しく説明していくのにゃ。放出系は後回しにして、まずはヒーラーが使う信仰系魔法の基本の型、3つを…。…。」


①、支援型。ヒーラーとして回復や補助魔法に特化させる型。場合によっては浄化魔法をとって攻撃に参加できるようにする場合もあるが、やはりヒーラーは緊急時に備えていつでも回復が出来る状態で待機しているのが望ましく、結局大規模PTではショートカットから外すことになる。まぁ、浄化魔法は攻撃手段に乏しい支援型が、ソロや少数PTをする時の助けに、余裕が出来てから取得していくポジションだ。


②、モンク型。ステータス依存度が低い利点を活かして魔法ではなく物理方面のステータスを優先的に伸ばしていく型。ポジション的には中衛だが、殆どの場合はソロや少数の身内PT用となっている。また初心者や未転生時限定のパターンとして、あえてモンク型にして中衛枠で臨時PTに参加するPCも存在する。これはヒーラーの腕がPT壊滅に直結しやすいためだ。


③、派生型。モンクはあくまで僧侶なのに対して、こちらは聖歌隊などのヒーラー以外のポジションに転向することを前提とした、あるいは転向してしまった系統。臨時PTではヒーラーの枠は狭く、なによりスタンダードな構成が求められる。そのためコレが支援型のフリをして臨時PTに参加するとガチで嫌な顔をされる。もちろん、特別なスキルは持っているので大手ギルドでは重宝されるが、基本的には肩身が狭く、人口は極端に低い。例外として(効率が悪い事を覚悟で)ソロ用に支援スキルを取得して、戦士などの完全に別系統の職業に逃げてしまう場合も派生型に含まれる。


「なるほど、ヒーラーも大変そうですね」

「うぅ、アタシ、ちょっと眠くなってきちゃった…」

「あはは、直接かかわりのない部分が多かったですからね」

「まぁ、回復アイテムをケチって、回復スキルを伸ばそうとするのは地雷だ、てところだけ覚えておけばいいのにゃ」

「攻略サイトにも、書いてありましたね」

「にゃんにゃん」


 残念ながらこの中に信仰系魔法を覚えているPCは居ないので、説明が単調になるのは仕方のない事だ。実際のところ、支援魔法は無いと欲しくなるけど、実際には、活かせる局面は少なく、大規模PT向けであり、C√攻略には不要とされている。


「それで、他の魔法はどうなんですか? たしか環境魔法って、まだ使えないんですよね?」

「そうなのにゃ。だから…。皆、警戒するのにゃ」


 不用意に近づくPCに気が付き、私は話を遮る。




 現れた見覚えのあるPCに嫌な汗がにじむが…、どうしよう? 最近、こういうことは全部兄ちゃんに丸投げだったから、全く考えが纏まらない。こうして悩んでいる間にも相手はどんどん迫ってくる。あぁ~、もう、どうしたらいいの!?


 助けて兄ちゃん!!

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