#276(6週目金曜日・午後・????)

「くそっ! ダメだ。せっかく軌道に乗ったと思ったのに…」


 広大なVR空間と、這いかう無数の魔物。そんなファンタジックな世界を前に、俺は何故かブラウザの管理画面と格闘していた。


「はぁ~。俺、なんでこんな事をしているんだろう…」


 いや、理由は分かっている。これはただの愚痴だ。


 上を目指すには、単純な戦闘技量だけでなく、様々なものが必要になる。それはレベルだったり、知識だったり、ドロップ運だったり…。そこには組織を大きくすることや、相手への妨害も含まれる。それは分かっているのだが…。


「全部、アイツラが来てからだ。おかしくなったのは…」


 俺たちのギルドは、侵攻イベント以降、兼ねてより計画があった戦力の増強と行動方針の大々的な改革がなされた。それまでは、何処にでもある中堅の悪徳ギルドとして、C√PC同士でPKをしたり、普通に狩りをして、ほどほどに勝ち、ほどほどに負け(自己満足ではあるが)結構楽しい毎日を過ごしていた。


 しかし、そんなやり方ではいつまでたっても中堅止まり。上を目指すために、俺たちはランカークラスの実力者をはじめ多くの新規メンバーをギルドに招き、順位争いを意識したかけ引きや、妨害行為にまで手を広げる事となった。


「あぁ~、めんどくせ~。なんで俺がWSサイトなんて作らなきゃいけないんだよ…」


 その結果、ライバルを蹴落とすための非公式のWSサイトを作る事となり、ギルド内で唯一、専門知識を持っていた俺に、白羽の矢が立った。いや、そんな綺麗なものじゃない。面倒ごとを押し付けられただけだ。


 俺は手に職をつけるために、高校はWebデザインの専門学校を選んだ。自慢じゃないが俺は、この手のソフトを扱うのが得意だ。1年にしてプロ向けの上級ソフトを使いこなし、同級生たちに成績で差をつけていた。しかし、俺には肝心のデザインのセンスが無かった。いくらソフトやプログラミング言語を使いこなせたとしても、出来たものが平凡では意味がない。2年にあがる頃にには、同級生にセンスの差を見せつけられ、最後は水面飛行、常に及第点をとり続けて卒業となった。


 当然、あるのは基礎知識だけ。サイトを作る時も完全に手探りだった。それでも、クエストやIDを半自動で処理するWSサイトを作れたのは、俺の才能があってこそだし、メンバーに同じことができるヤツはいない。本来なら金を取ってしかるべきレベルの作業をしているのだが…、残念ながら、報酬は『ありがとう』のみ。つまり、これ以上ないくらい見事なタダ働きだ。


「くそ! また愚痴られる。なんで新入りに、あんなデカい顔をされなきゃいけないんだ!?」


 おまけに新入りには、知識はあっても技術がない。結果としてWSサイトは俺任せで、しかも失敗すると毎回愚痴られる。気の知れた古参メンバーに文句を言われるのは笑って許せるが、何もしない新参に文句を言われるのは我慢できない。


 この手のサイトは、失敗するのが当たり前。下手な鉄砲とばかりに幾つも撃ち出して、その中から軌道に乗るものが出るのを気長に待つものなのだ。だからそんなにすぐには出来ないし、今回みたいに失速する珍しくない。


「やっぱり閉鎖だな…。さて、気分転換に、魔物でもボコるか!」


 しかし、文句ばかりで何もしないのは、悪い事ばかりではない。転生まで身を潜めたいのか、連中は殆ど作戦に参加しない。つか、ほとんど別のチームって感じで顔を合わせる機会自体が少ない。ギルドが大きくなっていることも事実なので、プラスマイナスで言えば、プラスが勝っている。俺はまぁ、貧乏くじを引いてしまっただけと言えば、その通りなのだ。


「よし! レアゲット~」


 大した金にならなくても、レアアイテムが出れば自然にテンションも上がる。


 俺たち鬼畜道化師商会は、あくまで道化師。『勝ちも負けも、全て笑いにかえてやろう』と言う意味を込めて道化師を名乗った。今は、残念ながら成果ばかりを追いかけるガチな悪徳ギルドになってしまったが…、少なくとも俺は、あの日の思いを忘れてはいない。


 ぶっちゃけ、サイトが軌道に乗るか、転生してギルドの主導権が完全に新入りに乗っ取られる事態になったら、俺はギルドを抜けるつもりだ。当然、古参メンバーは誘うつもりだが、ダメでも構わない。『ギルドを大きくして頂点を目指す』と言う夢は諦める事になるけど…。諦めれば、また『バカになれたあの頃』に戻れる。


『ハーィ、Siサイ、今あいてる?』


 するとItイットからメッセージが届いた。アイツはこれまで通り、C√PCを対象にした地道なPKを担当している。今回の改革で、1番被害が少なかった古参メンバーであり、楽しかった頃の商会の空気を今に伝える貴重なメンバーだ。


『あぁ。ちょうど今、気分転換に狩りをしていたところだ。何かするなら付き合うぜ!』

『オ~、それはよかった。今から2軍メンバーを連れてPKの指南に行くんだ。よかったらSiも来いよ』

『いくいく! PKの楽しさを、アイツラにも確り教えてやらなくちゃな!』


 サイト管理は、正直に言ってウンザリだが、新人教育はそこそこ…、いや、結構楽しい。Itやコレが無かったら、とっくにギルドを抜けていただろう。




 そんなわけで、今日も愚痴をこぼしながらもズルズルと…、新生・鬼畜道化師商会の活動を続けている。

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