#275(6週目金曜日・午後・セイン)

「お兄ちゃん的には、どこがオススメなの?」

「そうだなぁ、やはり無難なのは装備の素材に使えるワイバーンかな?」

「こっちのタイタン系なら直接装備を落とすんだろ? 攻撃力も高いらしいし」

「あ、ボクはちょっと、オークに興味が…」


 昼、ギルドでは早速、公開された襲来イベントの話題で盛り上がっていた。


 大型生物襲来イベントは、各地のイベントマップに特定の魔物が大量発生する小規模イベントだ。侵攻イベントの前段階でユニークの出現数が上がるのに近い感覚だろうか? 良くも悪くもユニークでは無いので、特別なドロップは存在しない。しかし、出現数が多いので経験値効率は上がるし、補給地点も近いので装備を拾ったり、回復アイテムを惜しみなく使って強引に稼ぐのもアリだ。ただし、場所によっては混むので一概に効率が良いとは言い切れない。


 該当エリアは固定だが、出現する魔物はパターンの中からランダムで選ばれる。人気なのはドラゴン系の下位に位置するワイバーン系、あとは珍しいグリフォン系、経験値効率でオークもありだ。ただし、相手によって難易度は大きく変化するので注意。当たり前だが、欲をかけば返り討ちにあってデスペナ祭りになる。そういう所は、本当にシビアなゲームだ。


「つかさ、アニキはそもそも、参加するの?」

「え? 参加しないけど」

「「やっぱり…」」


 基本的にこの手のボーナスイベントは、中堅プレイヤーを優遇する構図になっている。とくに今回のイベントは√値の加算は存在しないので、上位陣は『知り合いやギルドメンバーからドロップを買えばいいや』となる。


「わざわざ俺が参加する必要はないだろ? 良いものが出たら高額で買い取ってやるから、お前たちだけで頑張ってこいよ。俺は…、それこそボスでも狩りに行った方が稼げるし」


 イベントに人が集まれば、人が減った既存狩場の効率は上がる。特に競争率の高いボスや、出現数に制限のある希少モンスターは狙い目だ。


 てか! いい加減イエローマウス狩りを終わらせたい。流石に俺のレベルになるとスキル上げだと思っても効率が悪い。それで昨日は、サボって決闘大会を開いたら…、SKたちまで狩りをサボって挑戦しに来る始末。まぁ強制では無いので仕方ないが、やはり高ランクの装備は簡単に入手できるものではない。


「ちぇ~。まぁいいや。どうせ夜はナツキたちと挑戦することになるだろうし」


 そう言ってコンコンと鎌で地面を小突くSK。


「そう言えば最近はサイスそればかりだけど、気に入ったのか?」

「ん? まぁ~ね~。魔法が使えなくなるのは残念だけど、使っていて面白いかな」


 そう言って器用にクルクルと回して見せるSK。もちろん、回しているのはボールペンでもなければ、草刈り用の鎌でもない。対人武器の大鎌であり、人の首を落とすために作られた禍々しい武器だ。その光景は、まさに狂気なのだが…、思ったほど不快感は無い。どちらかと言えば、大きな武器を持った美少女イラストだろうか? 派手な赤髪と言う事もあり『絵になる』って印象を強く感じてしまう。


「そう言えば…、L&Cにはデカ武器愛好家ってのがいるらしい」

「なにそれ? サイスこれみたいな?」

「あぁ。L&Cはリアル志向だから、バランスを無視した極端な武器は少ないんだが…、小柄な少女に、あえて大きな武器を持たせるのが、一部のマニアにうけるらしい」

「え? なにそれ、キモ」

「あくまで、そう言う人がいるって話だからな。だからガチで引くのはやめろ。関係なくても、なんだか嫌な汗が出る」


 女性なら誰しも、親離れをすると聞く。(俺は兄だが)ウチはまだ大丈夫だが、いつしかアイにも彼氏が出来て『兄さん、気持ち悪いので話しかけないでください』とか言うようになるのだろう。アイは、小さいころから俺にベッタリだった。正直、小さい頃は鬱陶しいとさえ思っていた。しかし、今はお互いに最適な距離感に落ち着いている。まぁ、ちょっと歳のわりには甘えん坊かな? と思わなくもないが、今後も仲の良い兄妹として助け合える関係でありたい。


「あ、でもセーラー服の女性に刀を持たせているイラストなら、何度か見た気がしますね」

「確かに私も昔、女性キャラに前衛をやらせていたっけ。大きな武器をブンブンするのって、意外と絵になるのよね」

「要求ステータスが高すぎて使えないだけで、L&Cにもありますよね? デカ武器」

「え? あ、あぁ。転生PC、それも腕力にボーナスがある種族限定だけど、ドワーフ系も含まれるから。そう言ったロマン型は最前線でもソコソコ見かけるぞ。なにせ、大型の魔物は大型の武器じゃないと倒せないからな」


 武器が妙に大きなゲームは多い。L&Cはリアル志向なので重量の問題が大きくのしかかるが、それでもレベルを上げれば腕力も上がる。何より、ドラゴンなどの大型の魔物には、短剣などの小型武器ではダメージが通らない。扱いは難しくても大型武器を扱えるPCは、終盤になると非常に重宝される。


「へぇ~、そうなんだ。デカい相手とは戦って見たかったし、アタシも挑戦してみようかな…」

「そう言えば、攻略サイトで武器を流し見していたとき、重量のところに1トンって書いてあって、目を疑いましたね」

「わかる。ハンター系のゲームをやっていると違和感がなくなっちゃうけど、あのサイズの鋼って、どう計算しても1トン超えちゃうのよね」


 1トン超えとなると、たぶん巨人用の装備だろう。小学生で習うことなのに意外に理解できていない問題の1つに『体積の計算』がある。これはリアル志向のL&Cでは非情に重要なことだ。


 例えば、1メートル1キロの刀があったとして、それを2メートルで作ったら何キロになるか? 答えは、2キロ…、ではなく6キロになる。(単純に2倍すると3乗で8キロになる)実在の武器でも大太刀やツーハンドソードなど5キロを超える剣は存在するが、つまり、人の腕力で振れるのはソレが限界で、普通は1キロ以下、重くても2キロまでが現実的に使えるボーダーラインとなる。間違ってもアニメやマンガに出てくるような装飾過多のデカ武器を作ろうものなら軽く数百キロ。間違いなく振り回すどころか、持って移動する事すら困難になるだろう。


 とは言え、現実にもぶっ飛んだ武器は幾つも存在する。特に長物は機敏に振り回すことを前提としていないものも多く、10キロ超えもチラホラ出てくる。例えば、西遊記の沙悟浄が使っているサンと言う武器や、三国志の関羽が使う偃月刀なんかは20キロ超えだ。アニメの勢いで振り回せば、間違いなく脱臼するだろう。


「さて、時間も時間だし、俺は狩りに出かける」

「あ、師匠、ボクも!」

「仕方ない。今日こそは、奇跡のなんとかを、手に入れるぞ!」

「石な…。ほんと、今日こそ終わらせよう…」


 この後は憂鬱なザコ狩り。しかも肝心のアイテムを必要としているPCが狩りに不参加と言う…。




 そんなこんなで、この後は、転生後も見据えた装備を考えつつ、イエローマウスを探して、探して、探しまくった。

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