#271(6週目木曜日・午後・セイン2)

「そう言えば、皆、虫は平気なのか?」

「今更だね~。アタシは平気」

「あぁ、ボクは苦手ですけど、L&Cここの虫は平気ですね」

「アチシは…。…。」


 やって来たのは"ヘルバの森"。動物系を中心に幅広い魔物が出現するハルバDと違い、こちらは虫系の魔物が多く出現する。虫系の魔物は、ビジュアル的にアウトな人も多く、ヘルバエリアの不人気を支えるファクターの1つとなっている。


「なるほどな。まぁ苦手なら、帰れとしか言えないけど。さて、それじゃあ始めるか」

「はい!」「は~ぃ」「うぃうぃ」


 そう言って4人が別々の方向へ足を向ける。


 PTプレイ? アホくさ。俺たちは全員、前衛であり、ソロを前提とした構成になっている。俺とニャン子はレベルにも余裕があるので、当然、効率を重視して別行動だ。


『ははは、やっぱりアニキにった武器は、すげぇ強いな!』

『いや、貸しただけだからな。協力してもらうかわりに装備を貸し出しているだけだから』

『わかってるって』


 とは言え、ネットゲームなので離れていても普通に会話は出来てしまう。俺もお堅いことを言うつもりは無いので、成果さえ上げてくれればそれでいい。


『でも、たしかに武器の相性を実感しますね』

『サブウエポンが使えた方が便利なのは、紛れもない事実だな。優先順位は別として』


 SKに貸し出したのは火属性をエンチャントした[サイズ]。中二病感あふれる大鎌だ。見た目がアレなので、それなりに使用者の多い武器だが、同時に癖が強すぎて扱えるものが少ない武器でもある。強いか弱いかで言えば『使いこなせれば強い』。攻撃力自体は高いのだが、長物なのに突きが使えず、斬撃も相手を引き込んでしまう特性があるので、長物なのにリーチの有利を活かせない。


 しかし、そこはSK。センスは飛びぬけているので、基本を教えたらすぐに使いこなせるようになった。


『そうにゃ。確かに色々な魔物を狩るなら武器相性は重要だけど、それでメイン武器の熟練度を蔑ろにしちゃ、意味がないのにゃ』


 一言に効率といっても、種類は様々で、絶対的な正解は存在しない。ザコ戦での効率を落としてでも対人戦で有利な武器を極めるのは間違いではないし、長丁場になるレベリングを重視した武器を先に極めるのも、同じく間違いではない。


 ニャン子は、メインウエポンであるナックルを引き続き使っている。虫系の魔物は、状態異常攻撃などもあるので相性で言えば最悪の部類だ。


 対してスバルは、試しで[薙刀]を使っている。昨日は[カタナ]で、特別[カタナ]が不利と言う事も無いので、本当に気分転換のお試しだ。


 そんな話をしていると、扇を仰ぐような音とともに煌めく光が視界をかすめる。


「そこ!」


 振り返りざまに斧を投げて、蝶の魔物を打ち落とす。


 俺の装備は、投擲判定をもつ片手斧の[トマホーク]。基本的に武器は、手放せない仕様になっているが、[クナイ]などの投擲武器に関しては武器専用スキルをショートカットに登録することで遠距離武器としても使える。まぁ、投げっぱなしで自動的に返ってこないので、めちゃくちゃリスキーだったりするのは御愛嬌。


 地を這う蝶の魔物めがけ、左手の[トマホーク]を投げて、トドメをさす。


 蝶の魔物は、鱗粉によるカウンター攻撃を持っている。リスキーでも遠距離攻撃で倒すのが正解だ。


『いました!』

『いいな~』

『がんばってにゃ~』


 このエリアは虫系がメインなのだが、低確率で他の魔物も出現する。俺たちが狙っているのがまさにそれで、最近は装備を貸し出してまで人海戦術で狙っている。


『あ!? ちょっとまって!』

『ははは、足早いからね~。近くにいるから、合流するよ』

『一応、アチシも向かうにゃ』

『俺は遠いからムリだな。頑張ってくれ』


 珍しくスバルが手こずっているようだが、ターゲットは特別強い魔物ではない。原因は、やはり[薙刀]に慣れていないせいだろう。


 ターゲットは"イエローマウス"。名前の通り黄色いネズミの魔物で、足が速く、動物系では珍しく魔法攻撃を使ってくる。ユニークでは無いものの、出現エリアや出現数が限られる、レアな魔物だ。


 このイエローマウスを狙う理由は(レベリングやスキル育成もあるが)ドロップにある。コイツは低確率で[奇跡の石]をドロップする。これがニャン子の欲しがっている装備の材料なのだ。強さのわりに高ランクの武器素材を落とすので、もっと狙われていてもおかしくないのだが…、残念ながら他に狙うPCは見当たらない。確かに石は高額で売れるが、ぶっちゃけて言うとコレしか高額ドロップが無いので、あえて狙う意味がない。過疎エリアなのも納得だ。


「おい! そこのデフォルト顔のPC!!」

「止まれ! 話がある」

「ん、俺のことか?」


 過疎エリアなのだが、貸し切りと言う訳では無いようだ。通りすがりの男性PC3人に声をかけられた。だいたい用件は予測できるが、一応、話だけは聞いてやろう。


「お前、セインだな!?」

「いえ、人違いです」

「あ、え? マジ!?」

「ほら、違うって言っただろ? セインは短剣使いなんだよ。だから斧は無いって」

「くそっ! ぜったいセインだと思ったんだけどな」

「はい、俺の勝ち~」


 なんだろう。久しぶりにお約束をかましたら、全然通じなかった。普通に人違いだと思われてしまい、申し訳ない気分だ。


 つか、BLを入れていれば本人か確認できたものを。致命的なミスにも思えるが、非公式ツールなんて実際こんなものだ。ゴルゴン山脈に行った時もそうだったが、現状に困っていないプレイヤーは、極力、非公式ツールの導入は避けるものなのだ。


「じゃましたな。それじゃあ」

「あ、ちょっと」


 思わず呼び止める。別に、コイツラに興味は無いのだが、折角なので情報だけは貰っておく。


「ん? なにか用か?」

「声をかけられたのは、今日で2回目なんですよね。デフォルトだと、たまに間違えられるんで、その人のことは何となく知っていますけど、何かあったんですか?」

「情弱乙」

「タダじゃぁ教えられないなぁ~」


 ウザっ。指で輪を作り、嫌らしい笑みを浮かべる3人。取りあえずキルしてしまうのもいいのだが、気になる事もあるので利用する方針でいこう。


「お金はないですけど、代わりにセインってPCの情報を教えましょうか? 似たようなやり取りは何度かあったんで、多少は知っていますけど」

「「 ……。」」

「いいだろう。ただし、言うのはソッチが先だ。お前の情報が面白いものなら、教えてやろう」




 『やっぱりキルしようかな?』っと思っていないと言えば大嘘になるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る