#259(6週目火曜日・午後・セイン3)

「そこの者、止まれ! これより先は人族の立ち入りを禁じている!!」

「あぁ、えっと、"これ"でどうか」

「なに!? それは[レオニールの証]ではないか。よかろう、特別に立ち入りを許可する」


 ウサギの兵士(NPC)に見せたのは魔人の試験で入手したイベントアイテムの[レオニールの証]。証の種類は様々だが、基本的には"通行手形"として使えるアイテムだ。


「師匠、それではお気をつけて!」

「あぁ、スバルも、気をつけて帰れよ」

「はい!」


 スバルに別れを告げ先に進む。ここから先は魔人陣営の"管理エリア"となる。(王国からみて)敵対領域でもエリアに入るだけなら普通に入れるが…、街の近くなどはNPCが見張りをしており、強引に入れば兵士や付近のPCに"メッセージ"が届く仕組みになっている。


 逆に(魔人陣営である)俺が王都に近づくと[手形]やBLの判定とは関係なく、NPCが敵対者として攻撃してくる。しかも、周囲にいるPCにまでメッセージが出て、倒せば特別報酬がでる徹底ぶり。よほど自信があるなら稼ぎ目的でわざとヘイトを買うのも手だが…、その場はよくても後々、賞金を懸けられ、賞金首として√をとわずPKに狙われ続けることになる。




 しばらく森を進むと、質素な柵に囲まれた場所に出る。そこでもう1度NPCに証を見せ、中に入る。そこには自生する大樹を利用する形で幾つかのツリーハウスが建てられている。ツリーハウスには、お互いや地上を繋ぐ形で吊り橋が架けられている。そう、「ニアの隠れ里」とは、この樹上の村の事なのだ。


 因みに、見えていないだけで奥には更に隠し施設があるのだが…、そっちは関係ないので割愛する。


「おいそこの人族、見ない顔だな? お前…」

「お構いなく」

「そうか、道に迷ったら声をかけろよ」


 話しかけてきたウサ耳を、まるでティッシュ配りを断るかの如くスルーする。今のNPCは、案内イベント用であり、道を知っているなら相手をする必要はない。


 樹上にあがればNPCが運営する店や宿などのサービスが受けられるが…、今回は時間も無いので用件を済ませてしまう。本当なら、すぐにギルドホームに行って転送場所に加えてしまいたいのだが…、残念ながらココにはギルドホームは存在しない。


 ギルドは、初期投資こそかかるものの、転送サービスや溜まり場、あるいは作成スキルを使う工房として幅広く活用できる便利なサービスだ。しかし、C√PCの利用率はあまり高くない。その理由は3つ。

①、C値は完全出来高払いでPTを組んで作業分担をするのに向かない。支援系職に√値を分配できないのもそうだが、戦闘職同士でも√値(ラストキルなど)を取り合う事になるので、PTやギルドを組んで助け合うよりも、掲示板でのやり取りや、あくまで世間話の相手として割り切った付き合いに落ち着きやすい。


②、ギルドホームを借りれる街が限られる。L√側だと人族や近縁亜人種が支配する街が多く、必然的に街の規模も大きくなり、重要な街には必ずギルドを設置できる。しかし、魔人系の街は規模が小さく、ギルドホームを設置できない村や集落が殆どで転送サービス目的でギルドを持つ意味があまりない。(PKなどの中立地帯で活動するPCは例外だが)


③、C√だと"お遣い系"イベントが少なく、転送サービスを利用する機会が少ない。ギルドホームの新設費用は1M、つまり100万だ。元をとるのに数百回も利用する必要がある。それなら1Mは装備につぎ込み、転送費用はそのつど稼いだ方が効率がいい。


 結局のところ、C√だと証などを集めて、あとは必要な時だけ有償の転送サービスを利用する形に落ち着く。もちろん、それを嫌うPCもそれなりにいるので絶対ではないが、効率の悪さは攻略サイトにもデカデカと書かれており「C√でギルドを使うのは素人」みたいな印象が定着しているのが現状だ。




「おい、止まれ! ここから先は部外者立ち入り禁止だ」


 目的地に到着。里の奥へと進み、太ったウサギの兵士が見張りをしている一画についた。


「なにか食糧で困り事があると聞いてやってきたのですが…」

「なに!? そうか、お前、もしかして商人か何かか? 買い付けは頼めるか??」


 C√はイベントが少ないと言っても、そこはRPGなので全く無しにも出来ない。流石にL√のような長編クエストは殆どないが、証系は基本的に何かしらのイベントをクリアする必要がある。


「はい。必要なものは何ですか?」


 とりあえず前置きイベントをスッ飛ばして、イベント本編を発生させてしまう。本来ならば…、このウサギ兵士が「困った困った」とボヤいている所からイベントは始まる。どうでもいいのでザックリ纏めると「雨が続いて狩りに行けず食糧庫の備蓄が心もとなくなっていたところに、突然来客があって宴会を開くことになった。だから足りなくなった食材を調達してほしい」って流れだ。


「えっと…、なんだったかな…。あ! そうだ[鶏肉]だ! 宴で鶏料理を振舞うから[鶏肉]が必要になったんだ。わるいが[鶏肉]を20個、持ってきてくれ!!」

「はい、まかせてください」

「おぉ、たのんだぞ!!」


 この手のお遣いイベントの基本は、やはり攻略サイトを見て必要なアイテムを事前に揃えておく事だろう。とくにその場を動くことなく、改めてウサギの兵士に声をかける。


「持ってきましたよ。どうぞ」

「おぉ! たしかに[鶏肉]だ! これで隊長にどやされずにすむ!!」


 因みにこの[鶏肉]は、先ほど"羊"の魔物から入手したものだ。例え相手が羊であろうと、体が別の何かに変わったキメラであろうと…、ドロップしたのが[鶏肉]なら、それは紛れもなく[鶏肉]だ。


「必要なものは揃いましたか?」

「あぁ丁度いいところに! 実はまだ足りない食材があったんだ。こんどは[毒消し草]を30個、持ってきてくれ!!」

「はい、オマカセクダサイ」

「おぉ、たのんだぞ!!」


 色々とツッコミどころのある会話だが、そこはスルーするとして…、お遣いイベントの"お約束"、1回で済む用件を分けていう。因みにこのイベントだと、合計3回、ランダムで決まるアイテムを規定数集める事になる。


 あと、余談だが…、C√のイベントは"抜け道"と言うか、隠しの救済措置があったりする。


「持ってきましたよ」

「おぉ! たしかに[毒消し草]だ! これで隊長にどやされずにすむ!!」


 例えば今回だと、ゴルゴン山脈の山小屋に行けばNPCの旅商人がいて(多少高くつくが)そこで必要素材を買うこともできる。時間的なロスもそうだが、使うかどうかもわからないアイテムを全て揃えるより、必要なものだけ買ったほうが安くすむ。


 なんで宴会で毒消しが必要になるんだよ!!


 という言葉をこらえながら、また兵士に声をかける。


「必要ナモノハ揃イマシタカ?」

「あぁ丁度いいところに! 実はまだ足りない食材があったんだ。こんどは[トレントの実]を10個、持ってきてくれ!!」

「オマカセクダサイ」

「おぉ、たのんだぞ!!」


 時間の無駄なので素直にアイテムはわたすが…、実はアイテムを渡さずにイベントをクリアする方法もある。


 村で会話を進めると、実は狩りは通常通りおこなわれており、食材は足りているはずだと言う事実が発覚する。まぁつまり…、この兵士が食糧庫の食材をつまみ食いしていたってオチだ。その証拠をつかんで隊長に報告することでも、イベントはクリアできる。




 ともあれ、そんな無駄なことに時間を使う気にもなれず、普通にアイテムを渡してイベントは"クリア"となった。入手した証は[シルバ行商人の証]。近隣の街や安全地帯を繋ぐ転送サービスを利用するためのアイテムだ。


 こうして、妙な疲労感を感じながら…、俺はニアの隠れ里に転送で来られるようになった。

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