#258(6週目火曜日・午後・セイン2)
「うわぁ…、ラムチョッパーって思った以上にグロいですね…」
「この辺りは
「はい!」
ゴルゴン山脈の正規ルートから少し離れ、やって来たのは"シルバ地方"。少し進むと"シルバの森"、さらにその先にはボスが出現する"シルバの谷"もある。このあたりは異形系の魔物が出現するエリアとなる。今回の目的地は、森の中にある隠れ里だ。
「よっと。コイツラ、見た目のわりに力が強い。間違っても剣をとられるなよ」
「うぅ、顔は可愛いのに…」
そうか?
美的感覚は人それぞれだが…、ラムチョッパーは同じ魔物でも3タイプに分かれている。パワータイプの羊型、スピードタイプの鶏型、テクニックタイプの人型。どれも頭は羊なのだが…、首輪から下の部分がそれぞれ別の形状になっている。しかし種族は、鶏型でも鳥ではなく、人型も人ではない。どのタイプも動物+悪魔であり、特化装備を使う場合は注意が必要だ。
とは言え、ラムチョッパーはヘルハーピーに比べれば対処しやすい魔物だ。耐久値はラムの方が上であり、火力が低いと強引に押し切られる危険があるくらい。イメージとしてはゴブリンの動物版だろうか? コボルトも動物だが、ラムの方が知能が低く、ゴブリンに近いAIを持っている。あと、背が低いのもゴブリンっぽさに拍車をかけている要素の1つだろう。
「よし。その調子で、確実に致命傷を与えていけ。半端に部位破壊を狙うと、組み付かれて大変なことになる」
「うぅ、組み付きは…、ぞっとします」
ゲームと言っても、VRである以上、等身大の相手と戦う事になる。ゾンビなどもそうだが、強さとは別に肉薄される事に嫌悪感を覚えるのは仕方のない事。特に虫系は近寄って来ただけでパニックを引き起こすプレイヤーも少なくない。
「それなら、なおのこと着実に処理していくだけだ。まぁ…、何事も慣れだから、これくらいの(気持ち悪い)相手で慣れておくのも、アリだぞ」
「うぅ、ちょっとまだ、心の準備が…」
「まぁ、無理になれる必要はない。わざわざ狩る必要性もないしな。そんなに嫌なら、適当に無視して先に進むか?」
先に進めば、鶏+蛇の魔物コカトリスやクモ系の魔物が出現するエリアとなる。こっちはこっちで嫌悪感があると思うが…。
「いえ! もうすこし頑張りましょう。こういう辛さは趣味ではありませんが…、まだ、その…、とにかく! 慣れる意味でも頑張りましょう!!」
「お、おう…」
変なスイッチが入ったのか、やる気を取り戻すスバル。ナチュラルハイと言うべきか…、体や精神を鍛えていると、ある種のトリップ状態に陥る領域がある。普段、肉体的に自分を追い込み慣れていない人には分かりにくい感覚だが…、筋トレなどで自分を追い込んでいくと、その"負荷"が気持ちよく感じられるのだ。
そんな調子で、しばらく黙々と狩りを続け…、そろそろ移動しないといけない頃合いとなった。
「おーぃ、そろそろ移動するぞ」
「はっ、すみません、完全に思考停止していました」
声をかけられて我にかえるスバル。もちろん、意識を失っていたわけではない。レベリング終盤ではよくある事だが、同じ相手を永遠と狩り続ける作業は…、本当に"作業"だ。この苦痛を回避する方法は2つあり…、1つは誰かと話をしたり音楽を聴いて、思考をそちらに向ける事。もう1つは、無心になって根本的に何も考えない事だ。俺の場合は後者であり(スバルはどちらになるのかは知らないが)俺に合わせる形でスバルも淡々と狩りを続ける事となった。
「気にするな。長時間の狩りはそれでいい」
「えっと…、それでドロップは…」
あぁ、忘れていた。一応、コモン以外は拾ったつもりだが…、思考停止していたので自分でも何を拾ったのか覚えがない。
「とりあえず、隠れ里に向かいながら確認しよう」
「はい、警戒は任せてください」
体は疲れているはずなのに、妙に感覚は冴えている。ゲームの刺激は疲れや眠気を麻痺させてしまう。まぁ、それでも疲れは蓄積されていくので無理は禁物だが…、意外に(思考停止していても)なんとかなってしまうものだ。むしろ、そうでなければやっていられない。
そんな調子でドロップを確認しながら…、今度は極力魔物を無視して目的地である"ニアの隠れ里"へ向かう。
「えっと…、ドロップしたレアで一番価値があるのは[フェザーリング]かな? あとは[フェザークリップ]と[家畜の首輪]かな…」
[フェザーリング]はハーピーのユニークからドロップした速度UP系のアクセサリーで、とりあえず装備しておいて損はない汎用装備だ。[フェザークリップ]はヘルハーピーのドロップで効果はリングと同じだが、こちらは頭装備となり防御力も無い事から汎用性は大きく下がる。
「よし! 首輪、出てくれたんですね!!」
「なんだ、首輪が欲しかったのか? おすすめはリングの方なんだが…」
[家畜の首輪]は、首を守る防具で、頭や体系の防具に首の防御判定が無い場合に、急所の首を守るために使われる。用途が限定的なので露店を探せば安価で売っていると思うのだが…。
「いえ、狙っていたのは首輪なので…、って! リングですか!!?」
「あぁ、[フェザーリング]。効果もそうだが、デザインがオシャレだから、それなりに高価で取引されていたはずだ」
狙いが首輪だったせいで、リングの存在が頭から抜けていたご様子のスバル。
L&Cはリアル志向であり、細かい物理演算の関係で…、装備のカテゴリー以外にも装備場所の判定があり、同じ場所に複数の装備をセットできない縛りがある。例えば、体枠の防具に首の保護機能があった場合、首までカバーしているフルヘルメットは装備できない。そんなわけで、干渉しにくい装備になるほど汎用性が高く、取引価格も高くなる。
「ぬぉぉぉ…。リング!? でも、首輪も…、でもでも、指輪! 指輪は…」
表情をコロコロ変えて悶絶するスバル。
そう言えばスバルは既に[祝福の指輪]を持っている。耐性系装備なので狩場にあわせて使い分ければ済む話だが…、それでも装備場所がカブっているので枠があいている首輪も捨てがたいようだ。俺なら…。
「首輪なら露店を探せば見つかると思うぞ? リングの方が良くないか??」
「いえ、師匠から貰わないと、意味が無いので!」
「そ、そうか…」
よくわからない葛藤だ。まぁ、MMORPGだと、そういった「自分ルール」を決めているPCは少なくない。ここは、合理的な意見を挟むのは野暮なのだろう。
そんなこんなで、しばらくスバルが使いものにならなくなるハプニングはあったが…、シルバの森を進み、夕方には無事、"ニアの隠れ里"に到着した。
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