#257(6週目火曜日・午後・セイン2)

「スバル、確実に1体ずつ処理していけ! ヘルハーピーは群れるとドンドン強くなる!!」

「はい、師匠!!」


 「キィーーー!」と耳ざわりな声が響き渡る。声の主はハーピーの上位種のヘルハーピー。風属性の魔物だけあって体力は低いが、素早い身のこなしと遠距離周囲攻撃の<咆哮>、そしてその効果を同種族間で強化する<合唱>を保有している。1体ずつならハーピーとさほど変わらないが…、処理が間に合わないと加速的に不利になる厄介な魔物だ。


「いちいち仕掛けてくるのを待つな! 積極的に仕留めないと、コッチがジリ貧だぞ!!」

「は、はい!」


 やはり2人でゴルゴンを制覇するのは厳しい。しかし、絶対に無理ってことも無いようだ。ヘルハーピーやゴートなどの基本の魔物は単体ならそれほど脅威ではない。それこそスバル1人でも対処可能なほど。


 手こずっているのは、刀使いやソロプレイヤーとしての基本的な立ち回りが起因している。これらは基本的に俗に言う「ガンガン行こうぜ」と言った立ち回りはしない。当たり前だが、ソロで群れの中に突っ込んでも不利になるだけであり、精神面も疲労する。常に立ち位置やスタミナを意識する堅実な立ち回りが求められる。


 しかし、PTプレイにおいては積極的に前に出て釣りだして狩るスタイルや、(ヒーラーがいるので)ダメージを覚悟して殲滅を優先させる判断も求められる。スペックだけ見ればヘルハーピーは手こずる相手ではないのだが…、実際に戦ってみると相性の問題は様々なところから出てくるものだ。


「よし、少し休憩しよう。あそこの"山小屋"は安全地帯だから、そこなら安全にログアウトもできるぞ」

「はい…、ここ、結構、大変ですね…」


 なんとかヘルハーピーの群れは処理したものの…、疲労の色が見てとれる。やはり、慣れない立ち回りに精神的な負担が大きいようだ。


 話はかわるが…、この手のオープンワールドRPGには共通の課題がある。それは「テレポートスキル(サービス)の問題」だ。個人の利便性を求めるならあったほうがいいのだが…、それを許すと、例えば「ランダムテレポートをしながら周囲魔法をバラ撒く」とか「ボスをヒットアンドアウエイで倒す」などのズルを許してしまう。それ以外にも「いざとなればテレポートで逃げればいい」と無謀な狩りに挑む輩も増えてしまうし、作為的にモンスターハウスを作りだす迷惑行為にも悪用されてしまう。L&Cはリアル志向であり、個人のテレポートスキルは存在しておらず、代わりにNPCやギルドによる転送サービスを活用する形式がとられている。


 しかし、ゲームである以上、利便性や安全面もないがしろにしていい要素ではない。「商人のキャンプ地」もそうだが、マップには一定間隔で安全地帯(休憩場所)が設置されており、場所によってはアイテムの補給や限定的な転送サービスにも対応している。


「それじゃあ10分くらい休憩にするか。ログアウトしてもいいぞ?」


 安全地帯は酒場の個室と同じで他のPCからの介入を受けない。集中力の問題もそうだが…。


「いえ、ボクはまだ」

「戦闘で気が高ぶっていると上手く自分の状態を認識できない時もある。気を弛めすぎるのも考えものだが、生理現象は早めに処理しておかないと大変なことになるぞ」

「いや、その、今日はまだそんなに…」


 とつぜん挙動不審になるスバル。俺が言ったのはトイレのことなのだが…、言い方がまずかったのか、何か勘違いさせてしまったようだ。


「深い意味はない。俺も行くから、取りあえずトイレにでも行ってこい」

「はっ! はい。それじゃちょっと失礼します」


 スバルがログアウトしたのを確認して、俺も手早くトイレや水分補給を済ませてしまう。俺もそれなりに疲れたので少し仮眠をとりたい気分だが…、アイテムの整理もあるので悠長にしても居られない。普段なら不要なアイテムは拾いもしないのだが…、今回はスバルの分け前もあるので所持重量が許す限り拾っている。おかげで雑多なドロップで手持ちがいっぱいだ。全部まとめて捨ててしまえば悩む必要も無いのだが、重量効率なども考えて取捨選択しようと思うと、これが結構大変な作業だったりする。


 そうこうしていると、スバルも戻ってきて2人でドロップを確認する流れになった。


 序盤は他のPTも大勢いたのでやりにくかったが…、ある程度進めば(マップが広い事もあり)思ったよりも数をさばけた印象だ。普段来ないので比較しにくいが、それなりに稼げている気がする。


「スバルは何か集めている素材とかはあるか?」

「いえ、別に…。正直に言っちゃうと、装備とかって…、散々迷ったあげくいつものに戻ってきちゃう感じですね」

「スバルの場合は戦闘スタイルが確立されているからな。下手な要素を追加してもノイズになるんだろうな」


 オープンアクションだと、同じ装備でも長さや重さなどの微妙な違いが重要になってくるのだが…、返せばそれはマッチした組み合わせが見つかると気軽に装備更新できない事に繋がる。純粋な上位互換でもあればいいのだろうが、物理演算もあるので重量の増減1つとっても一長一短があり、簡単には決まらない。


「そう言えば師匠って…、両手剣も扱えたんですね」

「敵を知ればなんとやら。まぁスタンダードな装備は一通りおさえている。悪いが、簡単に"勝ち"を譲る気はないぞ」


 そもそも、短剣も本来のスタイルではないのだが…。


「その、SKの事もそうですけど、武器も立ち回りも、色々と使い分けれて器用だなぁって…」

「ソロだと相手にあわせてアプローチを変える必要も出てくるからな」


 個性豊かな魔物が出現するRPGゲームでは、特定のスタイルをいくら極めても、対応できない相手はどうしても出てきてしまう。最近はPTで行動する機会が多いので変更は最小限で済んでいるが…、魔物相手なら両手剣や槍が有利なのはかわならい。


 短剣の熟練度などは無駄になってしまうが…、俺はパッシブ型であり、本来は武器や攻撃方法の制約を受けにくい。ヘルハーピー戦なら、片手持ちで魔法障壁を展開して、両手持ちで一気にたたみかける、と言った器用な戦法がとれる。しかし、単純な火力なら刀を極めているスバルが上であり…、「器用貧乏よりも一点特化の方が強い」原則は変わらない。つまるところ、スバルには他人の芝が青く見えているだけなのだ。


「その…、サブウエポンですか? ボクも他の武器や戦法が使えた方が…」


 不安そうにこたえるスバルの頭を、ぽんぽんと撫でながら答えてやる。


「焦る必要はない。スバルはすでに、1点においては充分すぎるほどの"強さ"を持っている。1点を極めるのも確かな答えだ。今は焦って迷うよりも、経験を積み、見聞を広めろ。そうすれば見えてくる答えもあるだろうし、迷うにしても転生して余裕が出てきてからのほうが都合がいい」

「はぁ…」

「それに…」

「??」

「その方が、刀使いけんしっぽい、だろ?」

「はい! 師匠!!」




 上手いアドバイスをしてやれた自信は…、正直なところ、ない。しかし、結局のところ"答え"と言うものは納得できるか、迷いを振りきれるか、にかかている。そう言う意味では…、スバルの顔を見るかぎり、上手いアドバイスが出来たのだと、思う。

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