#248(5週目日曜日・夜・コロッケ)

「ごきげんよう、調子よさそうでなにより」

「 …ついに現れたか。調子は、キミに比べたらそれほどでもないさ」


 屋根の上から気さくに挨拶してくるものだから、一瞬誰だか分からなかったが…、挨拶のヌシは、セインその人だ。


「そうでもないさ。こっちはこっちで勢力の板挟みにされて…、おたがい大変だな」


 まるで、久しぶりに会った同級生のようなノリで話しかけてくるセイン。調子が狂ってしまうが…、考えてみれば、お互いの狙いは"時間稼ぎ"。ちゃんと状況を見て最善策を選ぶあたり、伊達にソロで成り上がったわけではないようだ。


「あちこちに喧嘩を売っていると大変だな。誇っていいぞ。ソロの対人戦なら、キミは間違いなくL&Cで1番だ」


 セインの狙いはあくまで"防衛"であり、相手をキルすることは手段の1つでしかない。彼はソロのPCではあるが、多くのPKが彼を後押ししており、主戦力である我々を足止めするだけでも充分勝ち越しに貢献できる。


「1手以上先を読んで動くPTが相手だと、流石に厳しいけどな。まぁ、臨機応変に、ノラリクラリと行くさ」


 問題は、こちらに戦う意思がないことを悟られない事。まぁ絶対ではないが、あまり悠長に構えて、早い段階でコチラの狙いを悟られるのはマズい。1つ救いがあるとすれば…、手出ししにくい高所に陣取っている点だろう。同じ足場で仕掛けて来られていたら、相手しないわけにはいかない。


「どちらかと言えば、蝶のように舞い蜂のように刺す、だろ? よければ、地を這う虫の我々にも届く距離に下りてきてくれないか??」

「こっちが蜂なら、そっちは熊だな。こっちの事情なんてお構いなしに巣を襲いに来る」


 正直に言って、我々の実力ではセインには敵わない。彼は対人戦に特化したPCであり、たしかに強いのだが…、その強さの根幹にあるのは"1対多"の戦闘に特化している点があげられる。L&Cの仕様では1度に攻撃できる人数は限られるので半端な実力では数を集めても意味がない。つまり、彼を倒すには、1対1の対人戦に特化した「純粋に強いPC」をあてがうしかないのだ。かと言って、こんな人目の多いところにHを投入するわけにもいかない。


「たしかに、侵攻側なのでを荒らす悪者と言うのも間違っていないのだろう。しかし、こっちも生きていくには糧が必要なのでな…」


 魔法使いに合図を送り、攻撃を指示する。通用するとは思えないが、戦う意思は示す。


「!! おっと、あぶないあぶない。屋根が無ければ即死だった」

「ふっ、どうだかな」


 とっさに屋根に隠れて魔法をやり過ごすセイン。バリケードはともかく、既存の建物は破壊不能オブジェクトであり、魔法などの遠距離攻撃は貫通しない。それでも範囲魔法なら完全に遮断されていなければ判定距離にダメージは入る。しかし、屋根に陣取った時点で魔法が飛んでくるのは確定事項。まず間違いなく魔法防御を限界まで上げているだろう。


 今回イベントに参加するにあたり、古巣(ヘアーズ)に戻りクレナイと話をつけてきた。そして、出撃をギリギリまで遅らせる作戦を考えた。(八百長をしているみたいで気は進まないが…)たしかにセインは強い。それでもクレナイがフルPTで着実に戦えば負けることは無いだろう。しかし、攻め込むのが早すぎると、リスポーンしたセインともう1度戦う事になる。リスポーンにはクールタイムがあるが、魔人側の彼なら本陣の近くにスポーン可能であり、迷路になった村を攻略する時間でソレがまかなえてしまう。彼はたぶん、最初にヒーラーや商人をキルして補給を断ち「欠けた状態で進んで再戦する」か「いったん戻って仲間と合流する」かの2択を迫るだろう。これなら彼1人でもクレナイを倒せてしまう。


 しかし、セインの体は1つ。ギリギリまで突入(進行速度)を遅らせることで、同時に本陣にたどり着けるように調整すれば、彼は対応しきれなくなる。しかし、彼にはEDやPKが味方している。もし焦って早めに突入してしまうと、時間稼ぎをされて同時に本陣にたどり着くのが難しくなる。だから我々は、先行してPKのリスポーンを封じ、先に手ごまを一掃する事に注視したのだ。


「チッ! まさかクレナイが攻めてくるとは…。勇者の癖に、なぜ勝ち越そうとする!?」


 そうこうしていると、クレナイが突入する時間となった。一応、赤の衣装はやめておけと言ったが…、たぶんアイツなら、アドバイスは無視しただろう。「どうせ、PKと戦闘になったら、すぐばれる」とか言って…。


「確かに元勇者や上位陣は、イベント進行のために負け越しを望んでいる。しかし、イベントを早めて得をするのは、すでに首位を独走している者だけ。その上位陣を切り崩そうと思ったら…、わざと遅らせるのも手だってことだ」

「なるほど、そうやって説得したわけか。さすがは元ヘアーズのランカー。正直、侮っていたよ」

「それは…。ザマーだな!」

「ぷっ、そっちが素の性格か? MMOの世界でも周囲に気を使うのは、さぞ大変だろう…」


 ほっとけ!


 それはさておき、予定では慌てて(A)へ戻ってくれるはずだったんだが…。相変わらず余裕の表情を崩さない。まさか、我々を倒した後(A)に戻り(2回に分けてクレナイに挑めなくなる)本陣でボスと共闘してクレナイを倒す作戦か!? 流石にリスキーだが、こちらの作戦を完全に読んでいたら、勝ちすじはそれしかない。(B)と(C)をとる選択肢もあるだろうが…、昨日と違って警戒は厳重になっている。流石に不可能だと思うが…。


「それで、(A)に戻らなくてもいいのか? 我々はともかく、クレナイはそこらのPKには止められないぞ??」

「あぁ…。そうだな。戻ることになった」

「??」

「こっちも事情が立て込んでいてな。たぶん苦労しないと思うが、まぁ、頑張ってくれ」

「あ、あぁ…」


 そう言って去っていくセイン。あの口ぶりだと、やはりバックには勇者同盟がいるようだ。しかしその同盟も、何やらバタついている様子。ヘアーズ時代は雲の上の存在だったが…、隠居した今、いつの間にかL&Cの裏のトップの足元を揺るがす存在になってしまった。いや、大きくなったのは自警団の方か? それだけ、今のBLは脅威だって事だ。




 その後、セインが言うように…、恐れていたEDの妨害も無く、あっさり本陣を落としてしまった。


 ちなみに、6時代に何度も逃した本陣の攻略をなしとげ…、あとで部屋を転がり回って喜んだのは、皆にはナイショだ。

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