#242(5週目日曜日・夜・ディスファンクション)

「おい! あれ、白の賢者じゃないか!?」

「勝ったな、風呂行ってくる」

「今から行ったら、マジで稼ぎ無くなるぞ?」

「そうだった」

「前回は速攻決められたけど、今度は完璧な布陣だ。絶対に勝ちこすぞ!!」

「「おぉーー!!」」


 Cの村、王国軍防衛側待機エリア。


 遠距離戦を得意とするPCを中心に集まる広場に、歓声が沸き起こる。その中心にいるのは、白ずくめの魔法使い。彼の名はディスファンクション。白の賢者と呼ばれる元勇者…、と、その護衛だ。


 L&Cにおいてこの手のイベントは、多少のリスクはあるがルート値を稼ぐチャンスであり、基本的に「中堅PCが上を目指すためのリスキーなイベント」とされている。その理由は…。

①、個人の能力とは別にいくさに負け越す可能性がある。その場合のルート値は稼げず、時間的に大きなロスとなる。


②、デスペナルティーの軽減はあるものの、ボスやユニークなどの強い魔物も出現する。運が悪いと事故死する可能性がある。


③、大勢が入り乱れて戦う関係で、同士討ち(FF)が起こりやすく、中には故意に友軍を攻撃するPKも出没する。


「白さん、とりあえずいつも通りでいいですよね?」

「あぁ、頼む。俺が周囲魔法で稼ぐから、皆はバックアップに徹してくれ。あと…、PKには特に注意してくれ」

「「はい!」」


 彼のプレイスタイルは特殊で、複数のPTに"リーダー"として同時に加入している。もちろん、1つのPTにリーダーは1人だけで、リーダーを同時にこなすのは不可能だ。しかし、同時でなければ可能。狩場にあわせて最適なPTを誘い、リーダーとして指揮をとる。


 本来なら決まったメンバーと連携して戦うものだが、それでは狩場によって無駄なポジションが生まれてしまう。ゆえに、効率を重視してメンバーの入れ替えをおこなっているのだが…、それは単なる建て前。狩場にあわせるならPTを丸ごと入れ替えなくとも臨時で1~2人雇えばすむ話。本当の理由は、経験値やルート値を吸わせるかわりに、ライバルを減らしているのだ。


 たしかに彼をメンバーに加えれば、戦力は補強できるし、顔もきくので効率の良い狩場に陣取るのもラクだ。(元勇者ということもあって場所を譲ってもらえる)しかし、彼に頼ると…、どうしても彼の都合でクエストをこなすのでイベント攻略が中途半端になる。なによりPTに魔法使いの枠をあけておく必要がある。L&Cは魔法使いが必須では無いものの、彼の有無で出来る事が大きく変化し、結果として不在中に行けるところは片寄り、彼の予定があくのを待つ"待ち"も出来てしまう。そうやって彼は、他のPTを一時的に助ける事で…、ランキング上位を目指すライバルを絶対に自身を抜けない位置にキープさせているのだ。


「もちろん、手はぬきませんけど…、さすがに白さんを狙う恐れ知らずは居ないんじゃないですか?」

「念のためにな。嫌な予感がするんだ」

「うっす」

「まぁ、まかせてくださいよ」


 彼が心配するのはセインと言う、7世代に入ってから頭角をあらわしてきた1人のPC。一時期は、同盟に有益だと思っていたが…、予想よりも有能であり、なにより自身の管理下から外れた活躍が目立つ。彼が欲しているのは、あくまで"ほどほど"に使える人材であり、自分を超えるほど有能な人物は敵であり…、なにより嫌悪の対象であった。


『くそ! セインのヤツ、調子にのりやがって…。なにが、白の賢者は今回必要ない、だ! なんで稼げるチャンスを棒に振らなきゃいけないんだ! お前は俺の言う事だけやっていればいいんだよ!!』


 平然を装う彼の内は、見た目に反して大いに荒れていた。


 イベントは確かに中堅PC向けではあるが、魔法使いの彼にとって侵攻イベントは「稼げる狩場」であった。理由は、防衛陣から一方的に魔法を放ち安全確実に経験値を稼ぎ、おまけにルート値まで入手できる。遠距離職のなかでも、特に周囲攻撃に長けたPCが稼げるのが特徴であり、その中でも最も火力の高い彼が獲得経験値でトップに立つのは約束されていた。


 彼は確かに、同盟に加入するトップグループの一員であり、進行を早めたいと考えていた。しかし、それで自分が割を食うのは我慢ならない。予定では、初日を1対1、最終日を1対2で終えられれば、自身は2回とも勝ち星をあげつつ魔人側勝利でイベントを終えられるはずだった。


 しかし、結果は初日から0対2と稼ぎ損ねる始末であり、最終日は(セインの進言により)不参加を命じられてしまった。しかし…、それであっさり引き下がる彼では無かった。彼は独自の情報網から、最終日は自身に優位な展開になる可能性が高いと判断し、同盟の指示を無視してイベントに参加した。


 すると彼の脳内に「チンコン」と短く鐘の音が響く。


「すまない、メッセージが来た。そのまま待機していてくれ」

「うっす」

「警護は任せてください」


 彼は憂鬱な気持ちを押し殺しながら音声チャットを開く。


『言いたいことは分かると思いますが、なぜ貴方がココに?』

『心配する必要はない。PTとの約束をドタキャンして他で狩りをするわけにもいかず、渋々参加しただけだ。もしもの時は、経験値だけもらって負けるつもりだから安心しろ』


 チャットの相手は、防衛網に抜け道を作るために(C)を任された同盟の一員。クレナイが(A)か(B)に現れれば確実に村が1つとられる。その場合、片方をPKに守らせながら(C)をセインに落とさせる必要がある。その可能性があるので、彼は(C)から外れる指示を受けたのだ。


『そうでしたか。事前に一言欲しかったとは思いますが…、事情は理解しました。同盟にはコチラから事情を説明しておきますね』


 イヤミを混ぜつつ相手が同盟に告げ口をして、彼が暴走しないよう布石を打つ。当たり前の話だが…、強い事と人格者であることはイコールの関係では無い。


『あぁ、助かるよ。バタバタしていて時間がとれなかったんだ。それじゃあ、お互い、頑張ろう』


 適当な言い訳をクチに、足早にチャットを閉じる彼。


 前回クレナイが連れてきた勇者候補のザハールは、クレナイのリアルの知り合いであり、実力に関わらずクレナイはザハールに逆らえない。つまるところ、赤の一団は内輪モメで大いに荒れているのだ。そんな状況でPTが上手くまわるはずはなく、赤ではない別のPTが来るのであれば脅威にはならない。


 自警団のHの介入は気がかりだが、そのHも自警団の切り札であり、おいそれと人目のある場所には出せない。Hの脅威は"未知"であるところが大きく、対人戦最強クラスの実力を誇るセインとの戦闘は絶対に避けるはず。


 つまり、結局何も起きないままセインとPKが魔人側の村を守り切って勝利する。それが…、彼、ディスファンクションが導き出したイベントの展開だ。




 そうこうしている間に、魔人侵攻イベント最終戦の開始を告げる…、安っぽいホラ貝の音が響き渡る。それぞれの思いが交差する戦いの幕が、今、あけていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る