#232(5週目土曜日・夜・クレナイ)

 その時、俺は戦いの中で懐かしい感覚を覚えていた。戦闘に集中している自分とは別に、俯瞰で冷静に戦況を分析している自分。別に多重人格になったとかそう言う話ではない。もっと単純に、キレてアドレナリンがダダ洩れ状態になっても、冷静な部分を確保できる。そういう体質?なだけだ。


 別に、その能力が無くなったわけじゃないんだが…、どうにも勇者になってからは気を使う事が多く、分析や指示にリソースを多くとられて…、なんて言えばいいんだろ? 自分の中でシックリくるバランスに納まりきらなくなっていた…。


「相手は1人だぞ! キッチリ足止めしろ!!」

「チッ! わかってる」

「クソ! 背中に目でもついてるのかよコイツ!!」

「間違いないスージーだ! スカウト専門のNPCを雇って別アングルから俺たちの行動を分析しているんだ!!」


 やはりザハールの指示ではPTは上手くまわらない。しかし…、おかげで俺は肩の荷が下りて、あらためて冷静に状況を分析する余裕が出来た。皆には悪いが、すこしこのまま傍観させてもらおう。わりと不味い状態だが、それでもあのセインと呼ばれるPCは見ておく価値がある。


 間違いない。セインも俺と同じで戦いながらでも冷静な部分をキープできるタイプだ。短剣使いとして完成はしているが、ヤツの本質は"剣の腕"ではない。1つ1つの動きを見ると「特別凄い」と感じる部分はない。全体が高いレベルで纏まっているものの、たぶんレベルはそこまで高くない。ヘタをしたら俺より低いかも? それでもココまでの差が出ているのは"先読み"が圧倒的なのだ。


 全力で戦っていても、しっかり相手の動きを見て、先を読んで対処する。それは、その一瞬1つ1つをとってもそうだが…、1つの戦いや、大局をとってもそうなんだ。例えるなら「クモの巣」だろうか? 相手からしてみれば先手をとって攻め込んだ「主導権を握っているのは自分たち」だと思っていたはずが…、気づけば相手の思うつぼ、手の上で踊らされていたのは自分たちでしたってオチになってしまう。


『すまない、奇襲を受けた』

『例の女性PC2人にPKされた。すまないがNPCの対処はそっちでなんとかしてくれ』

「はぁ!? ふざけんなクソが! なに女に負けてんだよ!!?」

「2対2で下位のランカーに負けるとか、まじつっかえ」

「完全にハメられたな。NPCは囮だったわけだ」


 傭兵NPCを対処するために別行動をとっていた2人がキルされた。まず間違いなく、セインの作戦だろう。そうでなければわざわざ無茶な9対1なんて選ぶ意味がない。


 L&Cは「FFあり」のゲームとして、本当によくできている。1人に対して同時に攻撃できるのは2人から3人が限度。しかも魔法や、スキル同士にもアタリ判定があるので「数の暴力」は絶対ではない。

①、最初にセインが単独で俺たちを足止めする。


②、手の空いたメンバーにNPCの対処をさせる。


③、NPCの対処に送り込まれたメンバー(対人戦に不向きな者が選ばれる確率が高い)を潜ませていた仲間にキルさせる。


 すべてはセインの筋書き通り、なのだが…、たぶん、これも幾つか用意した策のうちの1つでしかないのだろう。俺なら、後退しながら戦ってMH(モンスターハウス)に引き込み乱戦にするなり、本陣までの道中を使ってヒットアンドアウェイで各個撃破するなりしただろう。


「大魔法を使う! 意地でも足を止めさせろ!!」

「チッ! 加減を間違えるなよ!!」


 痺れを切らしたザハールが、味方もろとも周囲魔法で一掃する選択を選ぶ。一応、俺たちはその選択を想定して属性や魔法防御も意識した防具を装備している。しかし、相手も攻撃してくるので火力の調整はシビアだ。ダメージだけなら問題ないが、間違って味方をキルしてしまうとL√としては大きすぎるペナルティーになる。しかし、そんなベタな作戦が、あの男に通用するのだろうか?


 俺なら…。


「燃え尽きろ! <クリムゾンフレア>!!」


 火属性の上位周囲魔法<クリムゾンフレア>が一面を赤く染め上げる。それはまるで血しぶきのようで、おもわず猟奇的な何かを想像してしまう。


 わざわざ1人相手に、こんな派手な大技を使わなくてもと思ってしまうが…、何らかの魔法防御(例えば対魔法に特化した魔法使いNPCのクリステルが居た場合など)を事前に付与していた場合、火力不足で倒しきれない可能性がある。属性防御を固めているとは言え、これでは仲間も巻き添えにしかねないのだが…、ザハールは仲間を巻き添えキルしてでも確実に相手を倒す選択肢を選んだようだ。(あるいはキレて冷静な判断ができていないだけか)


『すまない、キルされた』

『俺もだ…』


 予感的中。あのセインが、大人しく対策していない大技を撃たせてくれるわけがない。たぶんだが、火属性の大技はヤマを張っていた(自身も火属性対策をしていた)のだろう。そして、大魔法の派手なエフェクトと(FFされた仲間の)回復に気をとられている隙に前衛をキルしてしまう。


 余談だが、NPCの数少ない利点にエフェクトなどの演出に全く引っかからないと言うものがある。見た目ではエフェクトに視界を遮られていても、システム的には見えている判定になっており、NPCは瞬時に正確な回復をおこなってくれる。


 俺たちは赤の一団と言う事で火属性攻撃をよく使う。読まれていても不思議はないし…、[投げナイフ](この装備はスタックに対応しており、1つのショートカットに同系装備限定で複数、登録できる特性がある)に属性エンチャントを付与して(回復などの反応を見て)装備の属性を判断していたのだろう。


 それに…。


「はぁ? ふざけんな!!?」

「ザハール、気をぬくな!!」


 前衛がやられフリーになったザハールを、当然のようにセインが襲い掛かる。なんとか間に合ったが…、やはりこの男、最高速度をセーブしていたようだ。驚きはしたが、狙いが読めていれば対応はできる。


「よく間に合ったな。やはり、この中でマトモに戦えるのは、お前1人のようだ」


 対応はできるが…、このバカみたいに強いPC相手に、振りの遅い両手剣がどこまで通用するか…。


「そりゃどうも。これでもまだ勇者を続けるつもりなんでね」


 まずい! 欲を出すな!!


「そうか。それはよかった。 …ふっ!! こんな弱い連中では、張り合いが無いからな」


 セオリー通りに、背後に回り込んだ仲間(商人)が隙だらけの背中に襲い掛かるが…、当然のように罠であり、あっさり振り返りざまの1撃でキルされてしまった。アイツは2人(重装備の2人)ほどではないが防御重視の装備であり、それをワンショットキルできたと言うことは、俺も含めた残りの3人も1撃で倒せると言う事。


「おい、嘘だろ!? なんで短剣でそんなに火力が出せるんだよ!? チートかよ!!」

「対人特攻のついた武器で正確にヘッドショットを決めただけだ。見えていただろ?」

「だからって有りえねーだろ!? コッチはレベルも装備も完璧なのに! こんなんクソゲーだ!!」


 完敗だ。俺たち(赤の一団)がココ(魔人の村)を攻めて来たのは完全に予想外だったはず、それでもその上を読みきられてしまった。


「降参する。軽減があるとはいえ、デスペナは回避したい」

「おい! ざっけんな! おまえ、元勇者なんだろ!? 1人でもセインそいつを倒して見せろよ!!」

「装備的に不可能だ。諦めてくれ」

「知るかそんなん! てめぇ1人で体張って時間稼いでろ!!」


「「 ………。」」


 そう言い残して、ザハールは一目散に逃走してしまった。その背中を、残された3人が無言で見送る。


「追わなくていいのか?」


「あんなザハールザコに興味は無い」


 負けを確信して降参するのも褒められたものでは無いが…、仲間を見捨てて自分だけ逃げるのは問題外。ザハールはもう、勇者候補ではいられないだろう。


「まぁ、魔法使い1人なら、妹さんたちで充分だよな?」


「 ………。」


 振り返ってみれば"完敗"。たぶん、俺が指揮を続けていても結果は変わらなかっただろう。そう、本当に彼は"勝てる"と確信があったから俺たちに立ち塞がったんだ…。




 このあとは、幸運なことに少しだけ彼と話をすることができた。その内容は、秘密だが…、久しぶりの「清々しい敗北」に、とても満たされた気分になれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る