#230(5週目土曜日・夜・セイン)
「コイツはクチで情報を引き出すタイプだ。まともに相手にすることはない。取りあえずボコっちまおうぜ!?」
「なんだか、モンスター捕獲ゲームみたいだよな? 取りあえず瀕死にして仲間にするか考える…、みたいな?」
「「…ぷっ」」
悲しいかな、人は群れると気が強くなり無駄口も多くなる。L√はPTプレイが基本であり、さらにヘアーズと言う大規模な集団でやっていくに、場を和ませる洒落た言い回しも必要になってくるのは理解できるが…、やはり、勇者PTとして見れば、いささか品格が無さすぎる。
しかし実のところ、これはMMOの本質的な問題点でもあるのだ。いくら本気になってやり込んでも、プレイしているゲームが"ゲーム"であることはかわらない。頂点を極めるには"遊び心"を捨てて真剣にプレイする必要があるが、そこに至った経緯は大半のプレイヤーが"遊び"目的であり、本質的には須らく"遊び人"だ。したがって、気が抜けているとトッププレイヤーでも無駄口や慢心が生まれてしまう。
「どうやら、時間の無駄のようだ。逃げるなら今のうちだぞ? 前に進むと言うなら、全員キルさせてもらう」
「「な!?」」
「こいつ、どこまで強気なんだ!?」
そう言って俺は後方に下がり、通路を曲がって視界を遮断する。
スキルショートカットは、先ほどの無駄話の時間を利用して変更させてもらった。鞭は非常に便利だが…、そのぶん制約や火力不足が否めない。本来移動できない高低差を移動できるのは戦略的に大きいが、鞭を巻き付ける関係で程よい位置(装備した鞭の長さ依存)に適した凹凸が必要になるし、シナる関係で腕を振ってから鞭の先端が到達するまでタイムラグがある。それでも雑多なPCには充分通用するだろうが、相手がランカークラス以上となればデメリットが多すぎる。やはり「本気の戦闘では使えない」が結論となる。
あ、そう言えば結局、その辺の注意を(スバルに)伝え損ねてしまったな…。
*
「相手はそうとうPKに自信があるようだ。奇襲や奇策は当たり前、後衛職は無理をしないで防御を重視しろ!」
「「おう!!」」
クレナイが喝を飛ばし、慎重にセインの後を追う。セインは、立体的な奇襲を得意としており、なおかつ後衛職くらいなら1コンボでキルするだけの火力も持っている。無暗に追いかけても罠にはめられるだけなのは理解しているが…、それでも放置して先制権を委ねるのは更に悪手。PTには高耐久の前衛もいる。この際、肉は斬られてもいいので確実に相手の骨を断ちに行く。それが相手を"強敵"と認識した、クレナイの選択であった。
「追ってきたか。それではキルされる覚悟は出来ているとみなす」
「「 …!?」」
しかし、通路を曲がると、そこには…、赤の一団の到着を待つ1人のPCが、悠々と立ち塞がっていた。先ほどの鮮やかな奇襲とは打って変わって、堂々としており「正面から相手をねじ伏せる」と言う強い意志を感じる。一同には、それが本当に先ほど奇襲を仕掛けてきた対人特化のプレイヤーなのかと疑問がよぎる。
「出来る出来ないは考えるな! あのPC(セイン)は本気で俺たち(赤の一団)を狩るつもりだ! 全力でいくぞ!!」
「「おう!!」」
元勇者のクレナイは、火力にものを言わせる豪快な立ち回りを得意としているが…、決して向こう見ずではない。むしろ逆。冷静に戦力を分析し、短時間に効率よくダメージを与えていく。自分たちのHPもリソースとして冷静に計算できているからこその特攻スタイルであり、ゆえに他の考えなしの同系スタイルのPCを差し置いて
8人がかりで1人のPCを相手にすると言う状況に若干の違和感を覚えつつも、赤の一団はセオリー通りの展開を見せる。
重斧と重槌が最前に出て注意をひきつける。2人は動きこそ遅いが火力と防御に優れており、いかなる神業を駆使しても瞬殺は不可能。少し引いて火力だけでなく速度も重視したダメージディーラーのクレナイが、相手の迂闊な行動を咎めるように物理面からダメージを稼ぐ。あとはヒーラーが前衛をサポートする形で、クレナイのメインPTは基本の型が完結している。
そして、あえて分けているサポート専用PT。PTプレイは確かに効率がいいが、それでも無暗に人数を増やせば無駄は産まれてしまう。ゆえにPTをわけて、必要に応じて適切な人員で隙を補てんする。キャスターによる魔法火力と魔法防御。スカウトによる索敵と対人戦闘。商人による補給。(すでにキルされたが)それらを支える追加のヒーラー。最小構成ではあるが、それでも慎重な性格のクレナイらしく、隙の無い完璧な布陣を用意した。
そう、クレナイに油断は無かった。
「くそ! すぐに死角に回り込んできやがる!!」
「さっきからチクチクと毒をまきやがって、鬱陶しい!!」
「焦ることは無い、まずは防御! 隙を見てじっくり削っていけ!」
短剣使いにとって防御重視のPCは戦いやすい相手だ。動きが遅いので素早さを生かしやすいし、攻撃力は低くとも鎧の隙間をつくことである程度のダメージも稼ぎやすい。
くわえて、セインの装備は右に対人特化の高火力短剣[アベンチャー]、左には火力こそ低いものの防御や投げにも使える[投げナイフ]を装備している。甘い動きを見せれば、近距離でも遠距離でも、的確にソレを咎めていく構成だ。
本来ならばサポートPTのスカウトを前衛として当てるのが相応しい局面なのだが…、クレナイは冷静にこれを却下した。理由は簡単だ。目の前にいるセインと呼ばれるPCはスカウト2人で対処できる強さではない。しかも短剣とは思えない火力も持っているので気をぬけば一瞬でキルされる。それならスカウトは後衛の
「もらった!!」
「あまい!」
必殺の一撃がアッサリ空を斬る。
念入りに罠に誘い込み、追い詰めたはずの相手が…、当然のように回避不可能(だと思っていた)の攻撃を難なく回避する。それもそのはず、セインは安全に回避するために、わざと誘いに乗っていたのだ。当てる気が感じられないヌルい攻撃をアクビ交じりに回避して、唯一、本気で殺しにかかる1撃の回避に専念する。
「まさかここまでとは…。しかし! 最後に勝つのは俺たちだ!!」
必殺の一撃を回避したセインだが、それでもクレナイの1撃は完全に回避しきれるものではなかった。クリーンヒットこそ回避したが、それでも重武器特有の衝撃波による追加ダメージは確り入っていた。
「そうかもな。 俺に…、回復手段が無かったら、だけど」
次の瞬間、セインの体が青緑の淡い光に包まれる。これは回復エフェクトであり、せっかく削ったはずのダメージがアッサリ回復されてしまった事を
「なるほど、1人では無かったか…」
お互い決め手に欠ける膠着状態ではあるが…、それでも徐々に手の内は見えてくる。はたして勝つのは何方なのか。元勇者と、元魔王の戦いは続く。
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