#227(5週目土曜日・夜・アイ)

『千尋ちゃん、お風呂の時間ですよ。さぁ、ママと一緒に…』

『やだ! ボクもう大人だもん。一人で入る!!』

『もぉ、世話を焼かせないで。ほら、服をぬいで…、て、あらあら、そう言うことだったのね…』

『や、見ないでママ』

『大丈夫、これは生理現象だから。ママに任せ…』


「 …お~ぃ。アイにゃん。アイにゃ~ん」

「ぐふっ、ぐふふふっ」

「だから、アイツラが来たのにゃ!!」

「はっ! なんですか猫。いつからそこに?」


 気がつけば私は、魔人の村の屋根の上に身を潜めていた。


「いや、最初から一緒に行動していたのにゃ…」

「すみません。すこし妄想イメージトレーニングに集中し過ぎました」

「ちょっと待ち時間が出来ると、トリップしちゃうのは悪い癖にゃ。どうせ、ろくでもない事考えていたのにゃ」

「失礼な! もしもの時のために、兄さんを身籠った時の対応を考えていただけです!!」

「あぁ…、うん。予想の3000倍はヤベェ感じだったにゃ」


 なぜか呆れたようなポーズを見せる猫。獣のことはどうでもいいが…、VRとは言え、人前で集中しすぎていた事には反省しておこう。危うく、このまま一線を超えてしまうところだった。


「しかし、相変わらず目立ちますね、あのPTは…」

「アイにゃんは、"赤"と交流でもあったのにゃ?」

「いえ、直接的には…」


 視界の先に見えるのは、赤を基調とした装備に身を包んだ一団。隠す気のない重武器を主軸にしている事からも、まず間違いなくクレナイのPTだろう。


 複数のチームに分かれて攻略を進める最大手ギルド"hairsヘアーズ"のトップチーム"テクノカット"はリーダーであり勇者経験者であるクレナイを軸に戦う攻撃特化のPTだ。一応、ヘアーズのルールにのっとって髪形にちなんだチーム名にはなっているが、見た目の印象もあって「赤」とか「クレナイ(PT)」などと呼ばれる事の方が多い。


 予定では勇者は不参加。出てきても中堅ランカー止まりだろうと予測していたが…、どうやらL値を稼ぐために同盟の意向を無視して荒らしに来たのだろう。イベントを進めると言う意味では、C√の進行度を上げるのは意義のある事であり同盟は目先のL値よりもC√をお膳立てする方針を打ち立てたわけだが…、ヘアーズはギルドの利益が優先であり「全体の進行速度よりも自分たちのルート値を優先した」ってところだろう。


「まぁ、そうだろうにゃ。しかし、さすが兄ちゃん。予想的中だにゃ」

「当然です」


 赤の一団は、順路を無視して迷路の行き止まり、ちょうどバリケードで封鎖された通路にやってきた。そして…、重武器でバリケードを攻撃。無粋なことに、攻城スキルでオブジェクトを破壊してショートカットする作戦のようだ。


 攻城スキルは、一部のオブジェクトの破壊に対応している。それでも使えば即座に破壊できるわけでもないので、本来は「近道を作ることで時間を短縮するスキル」ではなく「リスタート用のショートカットを開通させるスキル」なのだが…、勇者経験者がデスペナを払う前提の作戦を考えるはずはない。おおかた、スキル熟練度を上げるついでに、同盟の監視ギャラリーが追いつく時間を作っているのだろう。一見すると無駄な行為だが、兄さん曰く「赤はそういう形で煽ってくるPC」だそうだ。


「あ、はい。それで…、助けなくていいのにゃ? まぁ、アチシらが加わっても、勝てる見込みはにゃいけど」


 まぁ、たしかに強敵ではあるが、倒せないってことは無いだろう。少なくとも私と兄さんなら…、いや、流石に"傭兵"のサポートはいるかな? まぁでも、その程度の相手だ。


「助けるとは、何をですか?」

「いや、だからあの3人を…」

「本人が不要だと言うのですから、それはもう、"助力"ではなく"妨害"でしょう」

「はぁ~。まぁ、兄ちゃんもそう言うんだろうにゃ。お前は、ドヤ顔で戦いに水を差して良いことをした気になっている漫画の主人公か? って。ホント、そういうとこ兄妹そっくりだにゃ」

「せめて相思相愛と言ってください」

「え? あ、うん」


 しんそこ不可解な顔を見せる猫。とりあえず、ネコミミとシッポをむしりたい。


 それはさておき、大名行列のようにPKさえも平伏して道を譲る(比喩)赤の一団に、勇猛にも勝負を挑む初心者PTがいた。正直なところ、初心者PTなんて、どうでもいいのだが…、あの3人。とくに赤毛の女性PCは特別だ。


 もちろん!! 兄さんが、あの女を…、その、気があるとか、そう言った話ではない。兄さんは、異性として、あの赤毛を意識しているわけではない!(重要なので念押ししておく)


 話がそれたが…、あのPCは、どうやら「VRを利用したリハビリ補助システム」のモニター患者のようだ。本来ならば、今後発表されるオフライン版で正式な試験運用が始まるのだが…、彼女はその先行モニター。医療費の免除などを条件にシステムの効果を計測するために様々な実験に参加する存在。開発にまで関わっている兄さんとは、直接の面識はないそうだが…、偶然とはいえ、知り合いになってしまったので、一応、目をかけているようだ。





「うわわ!? ちょ、つよ!!」

「気を付けて! この人たち、本当に強い!!」

「相手は格上です。セオリーやゴリ押しは通用しないと思ってください」


「へへへ、なかなかやるじゃないか」

「俺たちほどではないが、筋はいいと思うぞ? よかったらヘアーズに登録してみないか?」


 余裕の表情を見せるスカウト2人。初心者相手にテクノカットが本気をだすわけもなく、対処は補助要員のスカウトに任せ、クレナイたちはバリケードの破壊に専念する。


「ふん! アタシは徒党を組むのは性に合わないんでね!!」

「そうね。キッチリ計画的に攻略するのはいいけど、攻城スキルそれと言い、ちょっと趣味じゃないかな?」

「そうそう。それに、私たち、もう、師匠が居ますから」


「そうかい。まぁいいや、女じゃどうせ先が見えてるし」

「だな」


 そう言って口元をほころばせるスカウト2人。本来ならば貴重な女性プレイヤーは優先勧誘目標なのだが…、彼らはそれ以上に本気で上を目指す"ガチ勢"であり、純粋なヒーラーでもない女性PCは特に必要としてはいなかった。


「くっ、3対2だってのに、ぜんぜん攻撃が通らない…」


「お前たちは所詮、欠点を補い合っているだけの出来損ないだ。脳みそ空っぽのNPC相手ならまだしも、上位ランカー相手にソレが通用すると思うなよ!」


 もてあそばれるように徐々に追い詰められる3人。実際のところ、この2人は露払いに特化しており、この手の戦闘はお手のものであった。逆に重斧や重槌使いは対魔物に特化しており、細かい駆け引きは出来ない。まるで「お前たちの相手など2軍の俺たちでも余裕」と言わんばかりの状況だが、実は粛々と最適な対処をしているだけであった。


「ぐっ、テクノカットだかパイプカットだか知らないけど…、アタシだって大見得きった手前、簡単に負けるわけにはいかないんだよ…、ね!!」


「おっと、いい攻撃だ。女にしておくのは惜しいな」

「よっと! そろそろ道も開通する。終わりにするぞ!!」

「おう!!」


「しま!?」

「な、はやぃ!?」


 一気に距離をつめて盾持ち、レイピア持ちと、次々にクリティカルを決めていく。3人も踏ん張ってはいるが、そこにはレベル差からくる純粋なステータスの差が、存在していた。


「そこだーー!!」


「おっと、やるじゃないか? だが…」

「ほい、おわり」


 最後に、赤毛のPCの渾身の1撃が通りはしたものの、それでも相手をキルする事はかなわなかった。




 こうして、3人は「格の違い」を見せつけられつつも…、光になって消えた。

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