#221(5週目土曜日・午後・セイン)

 RPGをやり込んだことのある人には納得してもらえると思うのだが…、俺はアニメなどの、主人公やボスの耐久力がどうしても納得いかない。もちろん、アニメ的な演出だってことは理解している。何の話かと言えば、主人公の耐久値が異常に高すぎる反面、ボスの耐久値が低すぎるのだ。圧倒的に強い相手ボスの攻撃をひたすら耐え、一瞬の隙を突いて大逆転。それが熱い展開なのは理解できる。しかし、冷静に見てしまえば主人公の不死身っぷりはリアリティーがないし、それに対してボスも打たれ弱すぎる。つまり何が言いたいかと言えば…、「逆じゃね?」って事だ。




「ぐっ!? すこしはやるようだな。しかし…、試練はここからが本番だ。我の舞に…、ついてこれるかな!!」


 お決まりのセリフが、試験の折り返しを告げる。このセリフを発する前の獅子将は、本当にお遊戯。「エフェクトにもダメージ判定があるよ」とか「攻撃のリーチはこのくらいだよ」ってのを親切に教えていただけにすぎない。ここからは致命的なスキル攻撃も交えて、高レベルNPCの実力の一端が見せてもらえる。


 俺はすぐさまバックステップで距離を調整する。


 次の瞬間、獅子将の全身が眩い輝きを放ち…、俺が立っていたところに一瞬で移動する。


「すげぇ!? 完璧に避けやがった!!」

「あれは発動タイミングを完璧に見切っていたな。最初の突進攻撃は確定なんだよ。だからタイマーで回避のタイミングを計ることもできる」

「マジか!?」


 獅子将の攻撃パターンは大きくわけて4つ。

①、通常攻撃のラッシュ。エフェクトでの追撃はあるものの、分類としてはパッシブスキルで強化しただけの通常攻撃であり、ある程度のパターンは決まっているが、それでも通常攻撃なので相手の動きに対応して変化する。


 今回の場合は、レベル差が開きすぎているので打ち合うのは論外。防御越しでも致命傷レベルのダメージになるし、ステータスに差がありすぎてイナしても慣性を殺しきれない。エフェクトの追加ダメージもあるので充分なマージンをとりつつ回避に専念する。


②、<衝撃波>による周囲攻撃。ボスがよく持っている周囲に張り付いた相手を吹き飛ばすスキルだが、とうぜん防御越しても即死する。一度モーションに入ったらキャンセルも出来ないので退避一択。


③、<咆哮>による前方への範囲攻撃。コボルトなどのスキルと同じものだが当然即死級のダメージであり、キャンセルも不可。


 幸いなことに背後へのダメージは無いので後ろに回り込めば攻撃チャンスが生まれる。接近していれば比較的対処しやすい技ではあるが、基本的には離れた相手に繰り出してくる技なので、近接主体だと利用しにくいパターンだ。


④、<突進>による前方への移動攻撃。やはり当たると即死する。背後に回り込めば回避は可能だが、こちらはある程度、方向を修正してくるので背後に回り込むのは難しい。おまけに背後に回り込んでも(移動攻撃なので)攻撃チャンスは殆ど存在しない。


 ただし、移動距離は一定なので、終点に先回りしてジャンプ回避すれば、スキル発動後の隙をつける。こちらも離れた相手に使う技であり、移動してくるおかげで離れていてもダメージを通せる。しかし、迂闊に距離をとると<咆哮>が飛んでくるパターンもあるので、やはり作為的に距離をとって誘うのは無謀。


 結論、攻撃チャンスが存在しない。




「さっきから逃げてばっかりで全然攻撃しないな」

「しないんじゃなくて、出来ないんだよ。迂闊に仕掛ければカスりダメージでも即死しかねないからな」

「いや、それにしたってチキンすぎるだろ? 塵も積もればって言っても、塵さえなければ粘るだけ無駄じゃん??」

「そりゃそうだけど…、なにか考えがあるんじゃね?」


 実際問題、転生前、しかもレベルカンストもしていない状況で出来ることは限られる。


 なんと言っても厄介なのがエフェクトでの遅延攻撃だ。これのせいで紙一重の攻防に持ち込めない。どうしても多めに距離をとることになるし、そのせいでリーチの短い短剣では追撃のチャンスが作れない。だったら鞭でも槍でも長物を装備しろよって話になるが…、それだと今度はエモノが邪魔になって避けきれなくなる。盾でも武器でも、当たりは当たり。当たってしまえばダメージ判定が生まれるし、カスダメでもこのレベル差なら即死級のダメージとなる。


「なんか…、思っていたのと違うな」

「ランカーって言うから期待したのに、逃げてばっかりじゃん」

「なんつうか、地味過ぎて飽きてくるよな?」


 言ってろ。ランカーでも魔王でも、この時期だとアバターに明確な差異は存在しない。多少、レベルや装備に差はあっても、基本的にはギャラリーの連中と条件は同じ。俺にしかできない"特別"なんて存在しない。そんな特別があったら、それは「選ばれし勇者」でもなければ「物語の主人公」でもない。そう、そんなものはただのチートだ。違反行為であり、アカウントを凍結するか、運営をクビにするべき事案だ。


「しかし、避けるのだけは本当に上手いよな」

「だな、スキル発動の微妙なモーションの違いを完璧に見切っている」


「 …あっ」

「どうしたの?」

「くるよ!!」

「えっ!?」


 通常攻撃の浅い連撃からの<衝撃波>、そして距離をとった俺に対して追撃の<突進>。


 2度目の攻撃チャンスを見逃すことなく、絶妙のタイミングで<突進>を回避し、獅子将の背後に着地。そのまま一気にSPを使い切る勢いで攻撃を打ち込み続ける。


 いくら高レベルNPCと言えども、中身はAIで動いているだけの「ただのアバター」。俺にチートが使えないのと同様に、獅子将もまた同じようにゲームの基本ルールに縛られている。


 つまり今回なら、SPを使い切ったタイミングで強制クールタイムが入るので、その隙をついたわけだ。獅子将の場合だと、<衝撃波>からの<突進>コンボではわずかにSPが余る。しかし、通常攻撃でSPを使わせすぎると肝心の<突進>自体が不発する。俺が狙っていたのは、ギリギリ<突進>でSPを使い果たすタイミング。


「がーっ、はっはっはー! なかなかやるではないか! 殺すには惜しい、おまえ、我の家来になれ!!」


 獅子将のセリフを切っ掛けに、観客席が今日一番の歓声に包まれる。


 そう、これで試験はクリアだ。大したダメージは与えていないものの、これでもクリア基準のダメージは入っている。


「やべー、本当にクリアしやがった!!」

「マジかよ、俺、よそ見していて見逃した…」

「ワロタ。せめてFEくらい起動しておけよ」

「まぁ、誰か録画しているだろ? あとで検索してみろよ」


 獅子将の会話を適当に聞き流しつつも、俺は"安堵"とは別に…、背中に冷たいものを感じていた。


 獅子将は転生後のレベルカンストしたPCなら、なんとかゴリ押せるくらいの難易度だ。実際には試験なんか受けずに魔人陣営に直接転生する事になるので、あえて挑戦する意味は無いが…、それでもゴリ押し以外の方法で獅子将を攻略できるのなら、それは紛れもなく上位ランカーだ。当てずっぽうかもしれないが、1人だけ獅子将の残りSPを見切っていたヤツが観客にいた。


 まぁ(時間などは言っていなかったが)挑戦する事は宣言していたわけだし、やはり勇者同盟の関係者が見に来ていたのだろう。流石に未転生時の立ち回りを見て、俺を元魔王だと見抜けるヤツは(交流があった)ビーストくらいだろうが…、やはり、少し調子にのり過ぎたか?


 まぁ、多かれ少なかれ騒ぎになるのは分かっていた。別にバレても試験さえクリアしてしまえば指名手配も関係なくなるので、問題ないと言えば無いのだが…。




 こうして、俺は粘りに粘って…、なんとか、獅子将レオニールの試験をクリアした。

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