#220(5週目土曜日・午後・セイン)

「がーっ、はっはっはー! よくぞ我に挑んできたな! その愚かしい勇気、嫌いではないぞ!!」

「そっすか」

「 …! …!?」


 豪快に笑う獅子将の会話を適当に聞き流す。残念ながらL&Cの会話にはスキップ機能は存在していない。別に、隠すつもりはないが…、この無駄な演出のせいで野次馬が集まってしまう。


 余談だが、L&Cの重要イベントは全て別サーバーで管理されており、周囲に見えている一般フィールドからは独立した空間となっている。本来ならばイベント風景は観戦不可能になっているのだが…、このイベントなどは例外的に、挑戦した事実が周囲にバレてしまうようになっている。別のゲームだと、マップ内にアナウンスが流れたりもするそうだが、L&Cはゲームデザイナーの志向なのか、明確にイベント名やクエスト内容が表示されることは無い。


『兄さん…』

「ん? どうした??」

『今更ですが、よかったのですか? せっかく正体を隠してプレイしているのに、さすがにコレは目立ってしまうかと…』


 今日は土曜日なので、いつものようにアイは露店を放置して、リアルの俺の部屋にいる。ある意味、1番の特等席だ。なにせ、戦闘している俺の視界をモニター越しに確認できるのだから。


「本当に今更だな。目立つのは本意ではないが、目指しているのは頂点であることに変わりはない。転生前のこの時期に魔人陣営に入れるのは、注目を集めるリスクを加味しても充分オツリがくるだろう」

『そうですね。兄さんならクリアは余裕でしょうし、その…、あの、よよよ…』


 突然、歯切れが悪くなるアイ。まぁ、アイの場合はこう言うことは頻繁におこる。大抵は「手をつなぎたい」とか「いっしょに寝たい」とか甘えてくるパターンだ。別にそれぐらい構わないのだが…、要領を得ないせいで相手にしているとどうしても時間がかかってしまう。悪い気もするが、今回も適当に聞き流すことにしよう。


「あぁ、そろそろ試験が始まる。急ぎでないのなら…」

『はっ!? えっと…、ががが、がんばってくだひゃい!!」

「おう。まかせとけ(かんだな)」




「 …やはり武人たるもの、語らうべきはクチではなく拳であるべきだ。さぁ、どこからでも掛かってこい! 生きて帰りたくば、我を…、楽しませて魅せよ!!」


 獅子将が両手を高くかかげる構えを見せると、ギャラリーから歓声が沸き上がる。今回は、ニャン子やスバルだけでなく、ユンユンもちゃっかり撮影している。ナツキや勇者同盟の関係者も見ている。まぁ…、だからと言って特別なことはしないが、手を抜ける相手でも無いので、ほどほどにベストは尽くさせてもらう。


「えっと、よろしくおねがいします」


 なぜか反射的に、お辞儀をしてしまった。全くする必要はないのだが、スバルの影響だろうか?


 とりあえず、バフ目的で事前に用意しておいた料理を使用して最大体力を底上げする。普段の狩りで定番なのはステータスアップ系なのだが…、今回は即死対策でHPを補強する。正直なところ、相手のスキル攻撃は確定で即死。カスっただけでも即死しかねないくらいの火力があるので、HP強化は必須だ。未強化だと、攻撃の余波やエフェクトの追加ダメージ(本来はカスダメ)でも死にかねない。


「とりあえず、安定行動から入ったな。流石はランカーか」


 どこからともなくギャラリーの解説が入る。玄人ぶっている中堅の言葉などアテにならないが…、連中は定番の行動だけは確り押さえている。


 獅子将は、見た目のわりに戦闘は丁寧であり、序盤は自由に立ち回らせてくれる。なので、スタミナが切れたり、回復したいときは距離をとるのが1番だ。まぁ、そんなものに頼る気はないが…。


「おぉ、うめぇ!?」

「上手いPCの回避は、キレキレって言うよりヌルヌルなんだよ。よくみて覚えとけ」


 「オマエは出来るの?」っと心の中で質問を投げかけながら…、相手の攻撃を避けつつ、細かくダメージを刻んでいく。


「あぁやって、デカいヤツが相手の場合は脇の下に回り込む様な感じで避けるのが正解。ついでに余裕があったら避けざまに辻斬りしていくこと。カスダメでも、チリツモだから」

「ん~、避けるのは上手いが、あれじゃあ塵を積み上げているだけ。時間かけすぎて料理の効果が切れたら終わりだな」


 縦横無尽にシナる大木のような獅子将の腕が、豪快に宙を斬る。


 獅子将の爪での攻撃は、通常攻撃でも空気を切り裂くエフェクトが存在しており、実はこれにもダメージ判定がある。そう、空振りではなく、実際に空を切り裂いているのだ。


「しかし、よく休憩なしで避けきれるよな? スタミナ(SP)尽きたら終わりだぞ??」

「あれは相当スタミナを底上げしているな。大ぶりの攻撃でダメージを稼ぐんじゃなく、スタミナを上げて、ひたすら手堅い攻撃をくり返す、典型的なパッシブ型(スキル攻撃に頼らないスタイル)だ」


 振り返りざまにエンチャントで付与した特攻攻撃を急所に何度も何度も、打ち込んでいく。特攻や急所だけでなく、攻撃後の隙を突くのも重要だ。L&Cは同じ攻撃でも、様々な条件でダメージが増減する。実数で正確にダメージを測定することは困難だが、それでも1つ1つの要点は全て有志が検証して攻略サイトに纏められている。あとはそれをどれだけ実戦で使いこなせるか。それが対NPC戦での最初の1歩となる。


「おっ。やっと距離をとったぞ」

「完全にスタミナ切れだな。片手でSPを温存していたようだが、それでも流石に無補給は無理だ」


 無理ではないのだが…、それはさて置き、料理のクールタイムが終了したので(まだ効果は残っている)再使用して、おまけにショートカットスロットも組み替える。本来ならば無防備になるので厳禁なのだが、獅子将の前半戦に関しては条件がそろえば、ギリギリで組み換えが間に合ってしまう。


「つったって何してるんだ?」

「分からないのか? もうすぐ後半だから、精神統一をしているんだよ。後半は一気に攻撃が激しくなるからな。前半の緩い攻撃の感覚をリセットできないと、後半開始直後の突進で終わる」

「なる」


 ………。




 アテにならない解説に若干思うところはあるが…、これより、獅子将・白銀のレオニールとの後半戦…、本当の戦いが始まる。

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