#219(5週目土曜日・午後・????)

 当たり前のことではあるが…、魔人と人族は根本的に価値観や生活習慣が違う「別の生き物」だ。それは当然、軍事にも当てはまる。


 例えば、村を占領した場合、人族なら村の兵士は捕虜にしたり殺してしまう。食糧や資材は当然奪うし、見せしめや憂さ晴らしに人権に著しく反する行為が行われることもある。そして、自軍の兵士で村を占拠して守りを固めて反撃に備えたり、国や領主に取引を持ちかけたりする。


 しかし、魔人の場合は個体数が根本的に少なく、軍と呼べるような規模で集団行動をとることは無い。あっても使役した魔物や魔人側につく人系種族の戦士をけしかけるだけで、魔人自体が一ヶ所に大勢集まることは無い。そんな魔人が村を占拠した場合は…、なんと、村を守っていた兵士や村人をそのまま防衛や監視の任につかせる。では、その者たちをどうやって従わせるかと言えば…、悪魔らしく村の女子供を人質に使う。それはまさに非人道的な行為ではあるが…、山賊などのソレと魔人のソレでは様相が大きく異なる。そもそも、魔人は無暗に略奪や強姦をおこなわない。当たり前だが、他種族の、それも換金できない通貨に価値はないし、異種族の女性メスに欲情する個体は魔人の中でも稀だ。


 そんなわけで、魔人に占拠されたにもかかわらず、村は…、普通に人族の兵士が警備しており、平時となんら変わらない光景となっている。違う点と言えば…、商人などの出入りが途絶えている点と、中に魔人が待機している簡易の塔があるくらいだ。


 よって、無関係な冒険者も、普通に村の周囲に近づけてしまう。流石に王国軍が接近すれば魔人も黙っていないだろうが…、特にこの村を占拠している魔人は、そのあたりが非常にオープンな性格なので…、むしろ兵士や冒険者に限らず、強者の挑戦を心待ちにしていたりする。




「おい、挑戦者が来たぞ!」

「次のヤツは粘ってくれると見応えがあるんだけどな」

「やっぱりさ、挑戦するなら装備は…。…。」


 近からず遠からず、すぐに集まれる距離で狩りをしていたPCたちが一様に集まってくる。見たところ、同じPTの仲間ではないようだが…、お互い、挑戦風景を見るために集まった顔見知り同士、それなりに意気投合しているようだ。


 そんな中、これと言った特徴のないデフォルト設定の男性アバターが、専用のNPCに声をかけている。NPCの会話は選択肢が幾つか出てくるが…、その会話を最後まで進めると「魔人の試験クエスト」を受けることになる。


 クエスト内容としては、この村を占拠している魔人のリーダーである"獅子将・白銀のレオニール"と手合わせをしてレオニールを"納得"させればイベントクリアとなり、魔人陣営に加わることを許可される。


 人間の感覚で言えば「いくら強くてもそんなヤツ信用できるのか?」と思ってしまうが…、レオニールにとっては強さこそが正義であり、「見合った強さがあるなら敵でも味方でも好きな方につけ。まぁ、人族なんかよりも俺についてきた方が楽しいけどな!」そんなセリフを吐き捨てるほど快活な性格で…、NPCの中では人気の高いキャラだったりする。


「そろそろ会話が終わる頃か? 挑戦するのはあのPCみたいだけど、誰か知ってるヤツいるか?」

「ちょっと待ってろ…、って! アイツBLに名前乗ってるぞ!?」

「マジか! ホモ(BL該当PC)だったらマジでクリア狙ってるんじゃね?」


 集まってきた野次馬たちが、最近話題になっているプレイヤー判別ソフトで挑戦者を特定する。挑戦者はどうやら、セクハラやチート行為の疑いで自警団より要注意プレイヤーに指定されている"セイン"と呼ばれるPCであった。


「つかさ、女性PC多くね? なに? あいつモテるの??」

「とりあえず呪っとけ。どうせネカマだろうけど、取りあえず嫉んでおけば間違いない」


 野次馬の会話内容が徐々に試験とは関係のない方向にそれていく。ファンタジーベースではあるものの、L&Cは玄人向けのマニアックなゲームであり、男性PCの割合が高い。よって…、PTメンバーが全員女性と言うハーレム状態のPCへの風当たりは尋常ではなく強くなる。


「ほら、あのPC、猫耳の」

「まだ使ってるPCいたんだな。それが?」

「あれ、6時代のランカーだよ。にゃんころ仮面って聞いたことない?」

「え、マジか!? ランカーなら間違いなくガチじゃん!!?」

「そそ。それで、挑戦者のセインって言うのが、そのにゃんころ仮面のリアル兄で…、ようは兄妹と、妹の友達って関係らしいぞ?」

「いや、マジか。つかさ、なんでそんなこと知ってるの?」

「とあるネットアイドルの放送に、時々出てて…。…。」


 あっと言う間に個人情報が共有されていく。本来ならL&Cのシステムに目の前のPCを特定する機能は存在しない。よほど特徴的な外見なら話も違ってくるが…、これほど個人情報がオープンになるのは、判別ソフトのBLの存在と、そこに紐づけられた関連情報のなせる業だ。とくにのPCは何かと話題になっており、各種コミュニティーで様々な憶測が飛び交っている。そういった確証のない情報が全て関連付けられ、無責任に閲覧者に振舞われる。そこに存在しているPCは…、現実に存在している彼のPCではなく「大衆のイメージにある彼のPC」にすぎない。




「ほら、急いでお姉ちゃん! 試合始まっちゃうよ!!」

「ちょ、まだ細かい設定が…」

「お~ぃ、こっちこっち、あの人だよね! 言ってた強い人って!?」


 そこへ、2人の女性PCが駆けつける。すでにギャラリー席に陣取っていた女性PCと合流するところを見るに、どうやら3人は現地で待ち合わせをしていた知り合いのようだ。




 そんな調子で、有名PCが試験に挑戦する情報はSNSを通して一瞬で拡散し、次から次へとヤジが増えていく…、が、とうの本人にソレを気づかう義理は無く、飄々とした表情でイベント会話が進んでいく。


 もうまもなく…、魔人の試験が始まろうとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る